「ライドシェア」というイノベーションを起こし、世界最大級のユニコーン企業といわれたUber(ウーバー)。2019年に上場するも株価はさえず、2019年末には創業者トラビス・カラニックが保有株式すべてを売却し、取締役も退任した。なぜウーバーは「GAFA」のような存在になれなかったのか。創業者カラニックの半生を追った『WILD RIDE(ワイルドライド) ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語』(東洋館出版社)の刊行にあわせて、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏に聞いた--。
写真=AFP/時事通信フォト
米配車サービス「ウーバー」の創業者、トラビス・カラニックCEO - 写真=AFP/時事通信フォト

■今後、ウーバーに爆発的な成長は望めない

--トラブルメーカーだったトラビス・カラニック(以下、カラニック)が2017年にCEOの座から降りて、昨年末にはウーバーの株式をほぼすべて売却して取締役も退任しています。カラニックと手を切ったウーバーは、今後どうなるのでしょうか。

【田中】ウーバーは2019年5月にIPOしましたが、株価はさえませんでした。一般論として、成長期にある企業は創業経営者が交代した時点で成長が鈍化していくものです。ウーバーも例外ではなく、カラニックがCEOを追われてから成長が鈍りました。

私はカラニックの価値観や手法に批判的ですが、それを脇に置いてウーバーの成長だけを考えるなら、少なくても上場して数年間は彼が引っ張るべきだった。それまでのアセットで上場までは行けたものの、爆発的な成長を遂げることは難しいと見ています。

--企業として成熟期に入ったという見方はできませんか?

【田中】まだ成熟期といえるステージではなく、成長途上の段階です。成熟期なら純粋なアントレプレナーではない雇われ社長でもかまいません。しかし、成長途上は創業経営者の存在が重要です。使命感や大胆なビジョン、とんでもない実行力、壁があっても絶対に諦めない粘り強さ……。これらはスタートアップから成長期には欠かせないもので、創業経営者はときに人間性が欠落していると周りからは思われるくらいにまで、これらの面で突き抜けています。

欠落がひどすぎ欠陥とまで言えるような状況だったカラニックが退場させられたのは当然ですが、それによって企業としての成長の推進力が失われたことはたしか。今後そこそこ成長することはあっても、爆発的な成長は望めないでしょう。

--ライドシェア事業では成長に限界があるのでしょうか。

【田中】ライドシェア企業はプラットフォーマーですが、Airbnbのような他のシェアエコノミー系プラットフォーマーとは決定的な違いがあります。それはグローバルのように見えてローカルであり、規模の経済を広範囲にはつくりづらいこと。

たとえば東京でやろうと思ったら東京でプラットフォームをつくらなくてはいけないし、大阪なら大阪で立ち上げないといけません。そして中国ならDiDi、インドならOlaというようにそれぞれの国や街に競合がいて対峙しないといけない。そういう構造の業態なので、プラットフォームをつくったから一人勝ちというのは難しい。仮にカラニックが続けていても、この壁にぶつかったと思いますよ。

撮影=浦 正弘
立教大学ビジネススクールの田中道昭教授 - 撮影=浦 正弘

■ウーバーの事業戦略は、もはや手詰まりか

--ライドシェア以外の活路はどうでしょうか。

【田中】ウーバーはもともとトランスポーテーション・ネットワーク・カンパニーというビジョンを打ち出して、日本でいうMaaSをやろうとしていました。しかし、そのビジョンへのこだわりは現在では感じられず、実現は期待できない状況です。また、競合のグラブがやっているスーパーアプリ路線でも出遅れていて、いまから巻き返すのは難しいでしょう。収益構造でも、人が運転することから自動運転に転換されないと厳しいビジネスモデルです。

いまウーバーは、自動運転より空飛ぶ車にシフトをしています。ただ、空飛ぶ車が実現するのはかなり先です。また個人的には、使命感やビジョンよりテクノロジー企業としてアピールしたいという動機が透けて見えて、あまりわくわくしません。空飛ぶ車を開発しているスタートアップが多いことを考えると、むしろテック企業としてありきたりな印象すらあります。

もう一つは、ウーバーイーツに代表されるギグエコノミーの横展開です。ただ、これもどうでしょうか。『WILD RIDE(ワイルドライド)』を読むと、カラニックはウーバーのスタート時点から人に価値を置いていなかったですよね。ウーバーは車もいらないし人も直接雇わなくていいビジネスモデルで、だからこそ素晴らしいんだと。

そういう価値観がトラブルを生んでカラニック退任の一因になりましたが、経営者が代わった現在もビジネスモデルは同じ。私の眼には、カルチャーもそのまま踏襲されているように見えます。同じ価値観で同じビジネスモデルを横展開しても、結局また同じ問題を引き起こすのではないでしょうか。

--田中先生はギグエコノミーをどのように評価していますか。

【田中】どこに目を向けるかでしょう。働き方が多様化して“副業”ならぬ“複業”が増えてくると、ギグエコノミーを上手に活用する人も増えてくるのでしょう。

しかし一方では、好きでやっているわけではなく、食べるために専業としてフルタイムでやる人もいます。そういう人は本来、社員とみなして扱うべきです。その責任から脱法的なやり方で逃げている企業は、法的に許されるかどうかだけでなく、消費者や社会からは評価されない時代が到来していると思います。

■株主第一主義からステークホルダー主義へ

--「便利だから」だけでは通用しない時代になった?

【田中】かつてはそれが通用したアメリカも、確実に流れが変わりつつあります。決定的だったのは、2019年8月、ビジネスラウンドテーブルの宣言です。ビジネスラウンドテーブルはアメリカの経済団体で、AmazonやAppleなど新旧の大企業が名を連ねています。その会長であるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOが、従来の株主第一主義から脱却して、ステークホルダー主義、つまり社員や地域社会の利益を尊重する方針を打ち出したのです。

その流れを受けて、今年のダボス会議でもステークホルダー資本主義がテーマになりました。建前で言っているだけだという見方もありますが、気候変動への取り組みなどを見ても、本気度は高いと思います。時代の潮目が変化した中で、ウーバーが自分たちの価値観をどう位置づけていくか、注目ですね。

■今こそ「日本式」を見直す絶好の機会

--翻って日本企業はどうでしょうか。この変化は有利に働くでしょうか。

アダム ラシンスキー(著)、小浜 杳(翻訳)『WILD RIDE(ワイルドライド) ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語』(東洋館出版社)

【田中】ステークホルダー主義が世界の潮流だというと、日本は「三方良し」に象徴されるように、昔からステークホルダーを大切にしてきたという人もいます。しかし、私の見方は違います。たとえば「わが社は家族経営だ」という経営者は少なくないですが、社員を本当にわが子と同じく扱っている経営者がいますか? わが子にするように自分の資産を社員に譲渡する経営者などいないですよね。むしろ自分の都合のいいときだけ家族と言っている経営者も多く、ウーバーと似た欺瞞を感じます。

アメリカでステークホルダー主義が出てきたのは、テック業界を中心とする構造的な人手不足が背景にあります。エンプロイーエクスペリエンスあるいはエンゲージメント、つまりは本当に社員価値を重視しないと優秀な人材はもはや採用できないし採用してもすぐに離職してしまう。だから社員価値の向上や社員の成長に投資することに、本気で取り組んでいるのです。

人手不足は日本も同じです。いまは、これまでの「日本式のステークホルダー主義」を見直す絶好の機会。本当に社員の働き方や成長を考えているか、本当に会社の芯から地域社会に貢献できているか。ウーバーの成長と失速も参考にしながら、自社が目指すべき方向を考えてみてはどうでしょうか。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 聞き手・構成=村上 敬 撮影=浦 正弘)