「あなたたちを許さない」。昨年9月、世界のリーダーたちを国連でそう叱ったスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんが注目を集めている。コミュニケーションストラテジストの岡本純子氏は「彼女の『怒り』は世界に広がったが、そのことは対立の溝を深め、問題解決を遠ざけてしまった側面もある」という--。
写真=TT News Agency/アフロ
2020年1月31日、ストックホルムにてグレタさんが会見。アフリカの活動家もビデオ通話で参加。 - 写真=TT News Agency/アフロ

■17歳の環境活動家、グレタ・トゥンベリさんを中高年男性が嫌う理由

記録破りの暖冬だ。雪国に雪がない。

世界各地で平均気温は年々上昇し、災害が多発している。近年、日本近海でイカやサンマや昆布など多くの海産物の水揚げが激減しており、その主な要因として、海水温の上昇が挙げられている。日常的に、地球温暖化の影響を肌で感じ、漠然とした不安感はあっても、なぜか、人々に切迫した危機感はそれほどない。

感染者が増えている新型コロナウイルスに世界中が大騒ぎしているのとは対照的だ。

人間には都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする「正常化バイアス」という傾向がある。真綿で首を絞められるような「じんわり」と迫る脅威には、のんきに構えるようにできているのかもしれない。

そんな大人の「能天気ぶり」に腹を据えかねて、若者たちが声を上げ始めた。

その急先鋒がスウェーデンの17歳の環境活動家、グレタ・トゥンベリさんだ。鬼気迫る国連でのスピーチなどが話題になり、時の人として注目されているが、一部の中高年の男性からは、まるで悪魔のように忌み嫌われている。そこまで「嫌われる理由」とは何なのか、彼女のコミュニケーション戦略の是非について考えてみたい。

■「ヒステリックな10代」「精神的に病的な子供」

グレタさんは、2019年9月、ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットに出席し、地球温暖化に取り組もうとしない世界のリーダーたちに、“How dare you”(よくもそんなことを!)などと訴えたことで話題を集めた。

コンパクトでありながら、熱情的なスピーチは共感を集めた。その一方で、脊髄反射的に嫌悪感を覚えた人も多かったようだ。海外でも、特に保守系の男性コメンテーターが、「ヒステリックなティーンエージャー」「精神的に病的なスウェーデンの子供」「中世の魔女」「お尻たたきの罰が必要だ」などと批判。グレタさんを誰があやつっているのかという「陰謀論」まで飛び出すほどだった。

ここまで忌み嫌われるのはなぜか。

■理想論を振りかざし主張の正当性だけを押し付けてくる

2020年1月31日、ストックホルムにて(写真=TT News Agency/アフロ)

ひとつは、彼女が「ティーンエージャー」だったからだろう。子供が見せる反抗的な言動は、大人にとって時に極めて腹立たしい。人をばかにしたような挑戦的な態度で親の威厳を踏みにじり、理想論を振りかざして、主張の正当性だけを押し付けてくる。特に、上下関係を重んじる権威主義的・父権的な人には、そう見えたのだろう。

しかも、「怒り」という感情の大樽をひっくり返したような、気迫ある話し方が聞き手の心の扉をこじ開けてしまった。感情、特に怒りは伝染しやすい。不倫をした芸能人が徹底的に叩(たた)かれるように、ネットなどで情報が拡散する現代では、怒りの集団感染が起きやすい。グレタさんの支持派は腰を上げない政府や人々に対して、一方、批判派は自分たちの考えや行動を攻撃するようなグレタさんの物言いに対して、怒りをマグマのように膨らませ、爆発させた。

■女性の怒りが男性の怒りに比べ許容されにくいのはナゼなのか

「これは明らかなミソジニー(女性蔑視)」という解説もある。たしかにグレタさんが女性であったことも心理的には大きく影響している。女性の怒りは男性の怒りに比べて、許容されにくいからだ。

これは女性のコミュニケーションのダブルバインド(二重拘束)と言われる。女性が何かを主張する時、大人しく、弱々しいと、相手にされず、怒りをもって強く主張すれば、「ヒステリーだ」と指弾されやすい(参考記事:「怒りながら叫ぶ女」はどうして嫌われるのか)。

この女性のジレンマを、フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグは「女性が職場で話す時、まるで綱渡りをしているようなものだ。一方に転べば、全く耳を貸してもらえない。一方に転べば、攻撃的すぎる、と批判される」と形容している。

例えば、ドナルド・トランプ大統領が怒りを見せると「男らしい」と評価されるが、大統領選挙を争ったヒラリー・クリントン氏が怒れば、「ヒステリック」「冷淡」とレッテルと張られる。女性の怒りは男性の怒りより、確実に反感を買いやすいのだ。

■グレタさんはマッチョな資本主義のシステムを否定した

グレタさんの場合、顔を大きくしかめた迫力ある怒りの表情が、見た人の脳幹を秒速で刺激した。もし、これが、青年であったならば、ここまでの反発は起きなかっただろう。

「そもそも、気候温暖化を否定する考え方は、近代の工業資本主義を推し進めた男性優位的なアイデンティティと深く絡んでいる」と米国のオンライン経済メディアQuartzは指摘している。

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2020年1月31日、ストックホルムにて(写真=TT News Agency/アフロ) - 写真=TT News Agency/アフロ

自然を征服し、大量生産・消費によって、生活を向上させるという近現代の工業化システム。グレタさんは、そうしたマッチョな資本主義のシステムを否定したわけだが、同時に、「(その主な担い手たる)男性の信念、価値観を攻撃し、その『自尊心』を傷つけた」(Quartz)のである。その結果として、「自己防衛反応としての反射的怒り」を買ったというわけだ。

われわれ人類はある意味、全員が環境破壊、気候変動の共犯者たちだ。

それに気づきつつも、生活や生計や生存を優先させ、不都合な真実に目をつむってやり過ごしてきた。気候温暖化を認めることは、自分たちの非を認めることになる。だから否定し続ける人もいるだろうし、「わかっていても、この便利な生活や経済発展を捨てたくはない」という考え方もあるだろう。言い訳をして、問題から目をそらしてはいけない、というグレタさんの主張は正論である。

■グレタさんの発言はリベラルと保守の溝をさらに深くした

しかし、残念ながら、「自分は正しく、あなたは間違っている」と、自らの主張の正当性を示し、相手の間違いを指摘し、批判する手法は、科学的エビデンスをもってしても、決して、説得に効果を持たない。

人は自らが信じる考えを簡単には曲げない「認知バイアス」という脳の癖がある。

「気候温暖化は存在しない」と信じる人に、どのようなエビデンスを示そうが、その考えを変えることは難しい。世界にはいまだに地球は平面であると信じている人がたくさんいて、画像を見せようが、科学的に説明しようが、その信念は変わらないのである。

お互いの正当性を真っ向から主張しあい、侮りあう論争ほど、不毛なものはない。結局のところ、何らかの形で折り合っていくしか、解決策は見いだせないからだ。

グレタさんのこの論法は、ファクトや科学から目を背ける強硬な気候温暖化否定派だけではなく、気候温暖化に一定の危機感を持つ穏健派の保守層をも敵に回してしまったところがある。

トランプ大統領の登場以降、党派を超えて結束すべき地球規模の課題である気候温暖化問題は、リベラルと保守の政争の具と化した。グレタさんの発言は、さらにその溝(デバイド)を広げてしまった恐れがある。

■人々は怒りの種火を常に残しており、次の燃料投下を待っている

2020年1月31日、ストックホルムにて(写真=TT News Agency/アフロ)

とはいえ、これまでさまざまな形で問題提起されながらも、大きなムーブメントにはならなかったこの課題への関心を飛躍的に高め、世論を大きく動かした意味では、グレタさんのエバンジェリスト、アイコンとしてのパワーは驚異的だ。

不倫、あおり運転、マナー違反……。人々は怒りの種火を常に宿しており、次の燃料投下を待っている。お行儀よく、誰からも嫌われないような発言は無視されるだけだ。強烈なエネルギーを持って、怒りをたきつける火の玉のような存在だけが耳目を集め、世の中を動かしていく。

グレタさんがそんな時代の寵児であることは間違いないのである。

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岡本 純子(おかもと・じゅんこ)
コミュニケーション・ストラテジスト
早稲田大学政治経済学部卒、英ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士、元・米マサチューセッツ工科大学比較メディア学客員研究員。大学卒業後、読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションコンサルタントを経て、現在、株式会社グローコム代表取締役社長(http://glocomm.co.jp/)。企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリストとして、グローバルな最先端のノウハウやスキルをもとにしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。1000人近い社長、企業幹部のプレゼンテーション・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手がけ、「オジサン」観察に励む。その経験をもとに、「オジサン」の「コミュ力」改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとしている。
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(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子)