串カツチェーン「串カツ田中」の業績がはかばかしくない。2018年6月の「全席禁煙」から客単価が下がり、2019年3月からは9カ月連続で既存店売上高の前年割れが続いている。そんな中で、一部店舗で「喫煙ルーム」が設置されているという。これは禁煙の施策と矛盾するのではないか。同社の貫啓二社長に聞く--。
写真=時事通信フォト
全席禁煙に踏み切った居酒屋チェーン店、串カツ田中の赤坂店=2018年7月9日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

■禁煙施策直後は好調だった

混雑する居酒屋でビールジョッキを片手にタバコをプカー、という人たちを見かけるのは2019年末が最後だったのかもしれない。

2020年4月に全面施行される「改正健康増進法」によって、バーやスナックという一部の業態をのぞいて、居酒屋やレストランなどの飲食店は喫煙ブースがない場合は“原則禁煙”になるからだ。“タバコ大粛清”が刻一刻と迫るなか、ある飲食チェーンで異変が起きている。あの「串カツ田中」に、喫煙ルームが設置されているのだ。

串カツ田中」といえば、2018年6月に「全席禁煙」という方針にかじを切ったことが話題を呼んだ。嫌煙家も増えた世の中でこの施策は歓迎され、2018年11月期の連結決算は、3期連続の増収増益。既存店売上高は前期比2.6%増と、好調な様子を見せていた。ところが、2019年に入ってから失速が始まる。ファミリー層が増えてサラリーマン層が離れたことで客単価が落ち込み、3月から既存店売上高の前年割れが続き、11月にはなんと前年比88.1%にまでなっている。

■新たに4店舗が喫煙専用ルームを設置

そんな中でプレジデントオンライン編集部が入手した情報によると、2019年に4店舗が喫煙専用ルームを新たに設置した。たしかに、串カツ田中の禁煙施策はもともとフロア分煙を含んでおり、全席禁煙実施後も全国273店舗(11月度月次報告)のうち、フロア分煙店が10店舗(東京都4、神奈川2、愛知2、三重1、広島1)存在している。それゆえ、串カツ田中の禁煙方針を報じる記事では「ほぼ全席禁煙」と記されていることがほとんどだ。

だが、禁煙実施時からフロア分煙を打ち出すのと、その後に新たに喫煙ルームを設置するのでは、少々わけが違うように思われる。

しばらく前にマスコミにチヤホヤされ、「年間200店舗の新規出店」という華々しい目標を掲げていた「いきなりステーキ」が業績不振から大量閉店へかじを切ったように、栄枯盛衰が激しい外食業界では苦境からの方針転換は決して珍しい話ではない。「串カツ田中」も既存店前年比88.1%という数字から、「全席禁煙」の方針をソフトに変更しようとしているのではないか――。

■「今後分煙店が増えていくことはない」

この推測について串カツ田中の貫啓二社長を直撃したところ、あっさりと否定された。

「うちで今後、分煙店が増えていくことはありません。確かに、新しくつくったお店の中で喫煙ブースをつくったところもありますが、これはフランチャイズが運営する“大箱”で、『串カツ田中』の中でもかなり珍しいケースです」

撮影=プレジデントオンライン編集部
串カツ田中・貫啓二(ぬき・けいじ)社長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

串カツ田中」は基本的に小さなお店、いわゆる“小箱”が多い。ただしフランチャイズに関しては、複数階あってフロア分煙ができる大型店の場合などに限って、「分煙」を選択できるようにしている。しかし、昨今の外食トレンドでも“個性のある小箱”が人気で、“大箱”はこぞって苦戦しているため、このような“大箱”の店舗が今後どんどん増えていくとは考えにくいというのだ。

だが、それでもモヤモヤしたものは残る。伝えられるような苦境から、「分煙店を経営したい」という新規FCオーナーが増えたり、既存オーナーからも「喫煙可店へ転向したい」という声が多くなったりするのではないか。ただ、貫社長は「そのような可能性もない」と断言した。

■FCオーナーから「やめたい」の声はない

「そもそも、うちのフランチャイズをやりたい方は、『串カツ田中=禁煙』ということを最初からわかったうえでやってくる。既存のFCオーナーの場合も、禁煙にかじを切ったのは10年後、20年後に『串カツ田中』を残していくための長期的な戦略だと理解してくださっているので、禁煙をやめたいという声はありません」

串カツ田中」が全店禁煙に踏み切ったのは、客や従業員を受動喫煙の害から守るということより、ファミリー層の取り込みという事業戦略によるところが大きい。そう聞くと、「居酒屋チェーンなのに、なぜ酒をガンガンおかわりしない人々に執着するのか」と首をかしげる方も多いだろうが、貫社長によれば、「未来への投資」だという。

「ファミリー層を大事にしているというよりも、お父さん、お母さんと来るお子さんが大人になるのを待っている、と言ったほうが正しい。マクドナルドが典型的ですが、人は自分が小さい時に食べた味に、親になって子供と一緒に戻ってくる。このような流れは、巨大飲食チェーンに成長するためには絶対に必要だと思っています」

■長期戦略としてのファミリー層取り込み

実際、創業から10年以上を経た「串カツ田中」には徐々にその兆候が見え始めている。2008年にオープンした東京・世田谷の1号店で、貫社長自身がオープン当時接客した家族連れの中にいた小学生が、大人になって最近来店してくれたというのだ。

巨大チェーンへ成長するにはファミリー層の取り込みは不可欠。ファミリー層の支持を得るには、マクドナルドのように「全席禁煙」を進めていくしかない――。そんな貫社長の長期戦略をFCオーナーを支持するのは、信頼関係もあるが、何よりも「串カツ田中」の強みを身をもって感じていることが大きい。

「オーナーからよく言われるのは、禁煙をやる前からどういうわけか家族連れが多くやってきているということ。大衆酒場なのにファミリー層が取れているのは、恐らくうちだけじゃないでしょうか」

■「長くやっていれば紆余曲折は当たり前」

このような唯一無二の強みをさらに際立たせていくには、中途半端なテスト施策や、禁煙スペースに煙が漂ってくるような「名ばかり禁煙」ではなく、「全席禁煙」を進めていくしかない。それを「串カツ田中」のFCオーナーも実体験から理解し、賛同してくれているというのだ。

もちろん、中には「禁煙で売り上げが下がったらどうするんだ」と食い下がるオーナーもいたという。だが最終的には、「自分たちは何も変わらないで売り上げを出し続けられるなんて、そんな甘いものではないですよ」という貫社長の言葉に納得してくれたという。

「箱物ビジネスですから、既存店売上が毎年100%を超えていくなんてことは物理的に考えても無理なんですよ。どんな好調でもどこかで必ず調整に入りますし、長くやっていれば紆余(うよ)曲折するのが当たり前。それを長期的にみてどうにか成長させていくには、なんらかの強い意志をもって戦略を進めていくしかない。今残っているチェーンというのは、それを貫くことができたところばかりだと思いますよ」

■2018年はたまたま実力以上の結果が出ただけ

そう考えている貫社長からすれば、最近報じられる「苦境」も織り込み済みである。2018年から2019年にかけての「串カツ田中」を取り巻く状況を、以下のような冷静に振り返った。

「2018年はテレビに予想以上に取り上げられたおかげでたまたま実力以上の結果が出ただけで、前年比100%割れというのが今のわれわれの実力です。喫煙率は30%をきって今後も喫煙者はどんどん減っていく。そうした計算上、禁煙の飲食店はうまくいくはずですが、酔客の多い酒場では普通にやっても失敗するのはわかりきっていた。ですから、業界で一番最初に『全店禁煙』宣言をするという戦略を選んだ。あれは一番じゃなければ意味がなかった。実際、私たちの後で続いた居酒屋はことごとく失敗してます」

「全店禁煙」というニュースを仕掛けて、メディアの話題をさらうことで、喫煙客離れの穴埋めをしていく。2018年はその狙いが見事に的中したものの、2019年はその効果が薄れていったというのである。

■リクルート面でも効果があった

ただ、やはり禁煙戦略のインパクトは相当なものだったようで、売り上げ以外の「効果」を感じることも多々あるという。例えば、「リクルート」だ。先日オープンした神戸のFC店舗でオープニングスタッフを募集したところ、この人手不足の時代に、80人以上の応募が殺到。しかも、その多くの志望動機が「串カツ田中で働きたいと思っていた」というものだったという。

「この店のオーナーは同じ地域でほかにもいくつかオリジナルの居酒屋を経営していますが、こんなことは珍しいと驚いていました。『串カツ田中』というブランドが少しづつ広まってきているように感じます。禁煙にしたおかげで、いろいろとご批判もいただくし、売り上げ的にも大変なことも多いですが、それだけじゃなく良い影響も出てきているのかなと思いますね」

■「一度宣言したらもう後戻りできない」

貫社長にとって、禁煙宣言は「大勝負だった」という。

「一番の地獄は、話題になった後に既存店売上が60%くらいまで激減して『やっぱり禁煙やめます』と撤退することじゃないですか。会社としての信用も失うし、社会から批判も浴びる。それを考えたら一度、禁煙を宣言したらもう二度と戻れない。本当に踏み切っていいのだろうかと悩んで夜も眠れませんでした。あんな思いはもう二度とごめんです」

売上高前年割れを受けて、愛煙家は「そら見たことか」と嘲笑し、嫌煙家は「禁煙を貫いてほしい」とエールを送る。目論見通り未来への投資として「全店禁煙」を続けていけるのか、注視していく必要がありそうだ。

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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)