ファンによる「応援広告」はいかにして広がったのか?(写真:ファン提供)

11月頃から、渋谷、新宿、池袋など、都心のターミナル駅を歩いていると、多数のタレントの顔写真を使った「応援広告」が目に入ってくるようになった。

交通広告やデジタルサイネージ広告など形式は多様だが、これらの共通点は、テレビ局や芸能事務所ではなく、一般のファンが出稿したものだということ。一般人がこれだけ大きな広告を出すという発想は、かつて日本にはほとんどなかったのではないだろうか。

日本に「応援広告」が持ち込まれたのは、IZ*ONEらを輩出した韓国の人気アイドルオーディション番組『PRODUCE』シリーズの日本版『PRODUCE 101 JAPAN』がきっかけだ。11日19時から、TBS系地上波で最終回がオンエアされる。

101人の練習生の中から視聴者投票の結果、上位11人がアイドルグループのメンバーとしてのデビューが決まる(締め切りは11日朝5時)。そこで“推し”をなんとかデビューさせようと、投票を呼びかける選挙ポスターのような広告が街にあふれるようになったのだ。

韓国発祥の番組ということもあり、主力はK-POPファン。韓国の応援広告の文化を知っているファンが日本でも交通広告を始めたのだという。

「タレント写真の利用OK」でブームに

今回の応援広告ブームの背景には、PRODUCE 101 JAPAN 運営事務局が「応援用素材」としてアイドル練習生の写真を配布したことがある。都内の駅広告だけでなく、InstagramやTwitterなどのデジタル広告も回っている。

PRODUCE 101 JAPANの番組公式ホームページには、ごく簡単な注意事項だけ記載されている。「屋外広告、デジタルサイネージ広告等、公共の場所において、費用の発生する方法で応援を実施する際には、運営事務局まであらかじめ概要をメールにてご共有ください」。要するに広告掲示の把握だけはしたいが、あとはファンにお任せします、という太っ腹の対応だ。

ファンたちは、どういう心理で出稿に踏み切ったのだろうか。またそのための費用はどう集めたのか。実際に広告を出した団体と、取り次ぎをした広告代理店に取材した。


各駅で展開された広告。デザインのスキルを持つファンが自らビジュアルを制作。クオリティーの高さに驚かされる(画像:ファン提供)

この11月に都内と福島県内に応援広告を出稿した田中さん(仮名)は、PRODUCE 101 JAPANに挑戦中の福島県出身・本田康祐さんの大ファン。

彼の魅力を語り合うためにLINEの「オープンチャット」機能を使って、ファン同士でやりとりをしていたという。その中で突然、「みんなで本田くんの広告出さない?」という声が持ち上がったそうだ。

現在、日本の交通広告は個人としての出稿はできないため、団体名義で申し込む必要がある。すぐに30人規模のファンを集め“組織化”。資金調達のための告知画像も自前で作成。出資者へのリターンとして、オリジナルグッズも準備した。

そうしてTwitterでファンに呼びかけたところ、なんとたった数日で、100人以上から約50万円が集まった。集金のために使ったツールは、PayPayだったという。電子マネーに慣れている世代が多いからか、スムーズに集金ができた。

資金が集まり、早速、ファン有志で推しているアイドルの応援広告を出したいとJRに問い合わせをした。しかし、JR担当者の答えはNO。「代理店を通してください」と回答があった。

そこから代理店を調べ上げ、片っ端から問い合わせをしたという田中さんたち。が、「タレントの応援広告を出した前例がない」と立て続けに断られてしまった。

がっかりしたファン一同だが、駅でほかの練習生の交通広告を見かけた。すぐにTwitterで出稿者を探し出して連絡を取り、受け付けしてくれた代理店を教えてもらった。結果的に、渋谷・新宿・池袋と、本田さんの地元の福島県郡山に広告を出すことができたという。

広告デザインも、ファン有志が手弁当で行った。ファンの中にたまたま、デザイナーとして働いている女性が複数いたというから驚きだ。

広告代理店も驚きの反応

担当した、広告代理店「広正社」に話を聞いた。

同社は地域密着型の企業広告を中心に取り扱っており、「ファンの応援広告」の前例はなかった。タレントの顔写真を使った広告を扱っていいのか、社内で議論したそうだ。K-POPカルチャーに詳しい社員が、営業を説得したのだという。

やがて、口コミでどんどん問い合わせが入るようになり、広告枠の取り合いになる状況に。JRをはじめとする鉄道各社と協力して、普段は使わない枠も急遽、開放してもらった。

同社が取り扱う広告は、小さい枠で約10万円から。都内だけでなく「◯◯くんの地元の駅にも出したい」と地方都市への出稿希望も複数あり、とても驚いたそうだ。応援広告を見るために、地方を旅するファンも多数現れた。

鉄道各社は、掲示場所をずらしながら混乱が起きないように調整したそうだ。Twitterでは各種応援ハッシュタグも盛り上がり、「広告見に行きました! ありがとう」とSNSに感謝の気持ちを投稿する、元練習生たちの姿も見られた。

韓国では定番、日本でもさらに広がるか


川尻蓮さんの応援広告も(写真:ファン提供)

ファンが自己資金でタレントの応援広告を出稿する――。韓国ではすっかり当たり前になっていて、繁華街の駅に大型広告を出すだけでなく、カフェとコラボレーションしてオリジナルスリーブを配布したり、ラッピングバスを走らせたりする。

広告代理店は対応に慣れており、枠を買ってデザインを入稿しさえすれば、スムーズに広告を掲示できるという。肖像権の課題はあるが、事務所側としてはタレントの宣伝になるので「黙認」している状況だ。

今回、応援広告ブームを巻き起こした『PRODUCE 101 JAPAN』以前にも、日本で近しい動きはあった。2016年末、SMAPファンが朝日新聞にメッセージ広告を出稿。写真は掲載できなかったが、解散が決まったSMAPのメンバーに、感謝を伝える意図で出された広告で、大きな話題となった。

最後に改めて、ファンの田中さんに出稿した理由を聞いてみた。

「自分(本田康祐さん)の広告が駅などに展開されるのを見て、喜んでもらいたかったんです。けど、利用できる写真の配布がなかったら、やろうとは思いませんでした。やっぱり、文字だけでは寂しい。なにより、ファンとしてはいろんな人に推しを知ってもらいたいので、写真が入れられてよかったと思います」

そう現在の気持ちを語ってくれた。

当然といえば当然だが、日本では肖像権の管理に厳しい芸能事務所が大半だ。だがこうした場合に写真素材の提供があれば、多くの人目に触れ、ファンではない人にまで伝わる“社会現象”を起こすこともある。必要な手続きを整備したうえで、「応援素材」としての写真の利用許諾を認めれば、今後「応援広告」はどんどん広まるのではないだろうか。