老後資金のやりくりは、予想どおりにはいかないもの。本人もしくは配偶者が定年を迎えたシニア読者に、「わが身を襲ったお金に関する想定外」を尋ねたところ、5つのリスクが明らかになった。その全対策を名うてのFP・中嶋よしふみ氏が提案する。

■退職金は20年間で30%以上も激減

「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯では、老後資金として約2000万円を用意する必要がある」という金融庁の試算が発端となり、大騒動を巻き起こした老後資金2000万円不足問題。ライフプランは人それぞれで、老後に必要な資金は一律に語れるものではない。にもかかわらず政府が具体的な金額を出したことに疑問はある。ただ同時に「そこまで大きな問題にするほどか」と違和感を覚えたのも事実だ。多くの人が反発した気持ちはわかる。しかし、年金だけで生活できないことはわかっていたはず。

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私はファイナンシャルプランナー(FP)としてお金に関する相談を数多く受けている。老後資金に関してこのところ実感しているのは、晩婚化が大きなリスクになっていることだ。破たんしそうな家計といえば、「無駄遣いが多い」あるいは「高額な家を買ってしまった」など、お金の使い方に問題があるケースを思い描くだろう。しかし、それよりも深刻なのは、結婚が遅く、高齢になってから子どもが生まれるケースだ。不妊治療のため、子どもを持つのがさらに遅くなるケースもある。

たとえば40歳で結婚して、子どもが生まれたとすれば、その子が大学進学するころに親は60歳を超える。65歳定年が一般化したとしても定年前後だ。たとえ年収が低くても、働いていれば何とか乗り切ることができる。しかし、給与収入がなくなってから教育費を負担するのは至難の業だ。

定年後の頼りは国民年金、厚生年金などの公的年金や企業年金だが、日本の年金が将来どうなるかは誰にもわからない。明らかなのは増えることはないということだ。横ばいか、少し減るか、たくさん減るかのいずれかだ。今回の老後資金2000万円不足問題は「足りない分は自分で何とかしてください」という政府からのメッセージでもある。これをしっかり受け止めて、準備を始める必要がある。

企業年金にしても確定給付型から確定拠出型に移行している。これは「掛け金は出すけど、あとは自分の責任で増やしてほしい」との会社からのメッセージにほかならない。

退職金もあまり期待できそうにない。厚生労働省の「就労条件総合調査」(2018年)によると、勤続20年以上かつ45歳以上の定年退職者に対して17年に支給した退職金の額は平均1983万円(大学・大学院卒)だった。一方で1997年の支給額は平均2868万円(同)。20年間で退職金は30%以上減額されている(図1)。

退職金の額の減少を会社の規模別に考えると、中小企業はもともとが手厚くなかった分、それほど大きな影響はないと思われる。逆に大企業で働いている人は、これまで優遇されていただけに、大きな環境変化にさらされていることを意識しなければならない。「住宅ローンが残っていても退職金で返済すればいい」という考えは通用しなくなっている。

ではどうすればいいか。年金や退職金を受け取っても不足する老後資金を賄う方法には、大きく分けて(1)貯蓄する、(2)退職金を活用する、(3)働くの3つがある。これらを上手に組み合わせるのが賢明だ

▼5大リスク(1)住宅ローン

■共働きで借入額増のやむをえない理由

3つの方法のうち「退職金を活用する」と密接な関係があるのが住宅ローンの返済だ。住宅ローンを35年で組めば、定年時点で完済できないケースが多くなる。

そこで退職金で住宅ローンを一括返済しようと考える人もいるだろう。新生活を迎えるにあたり完済して身軽になりたいかもしれないが、必ずしも賢い選択とはいえない。1度返済に充てた資金は2度と取り戻せないからだ。

私が勧めているのは全額ではなく一部繰り上げ返済。イメージとしては、退職金を使って、残高の半分程度を返済する。仮に2000万円のローン残高があるなら1000万円分を退職金等で返済するわけだ。また、一部繰り上げ返済では「返済額軽減型」を利用する。

住宅ローンの一部繰り上げ返済には、返済期間を短くする「期間短縮型」と毎月の返済額を減らす「返済額軽減型」がある。期間短縮型のほうが利息負担を減らす効果は高いが、これから老後生活を迎える人には向かない。繰り上げ返済をしても手元の貯金が減るだけで毎月の返済額は変わらないからだ。つまり企業経営でいう「資金繰り」が悪化する。それに対して、返済額軽減型を利用して残高を半分にすれば、貯金は減るが毎月の返済額も半額程度になる。これなら定年後に収入が減っても、資金繰りの悪化は抑えられる。

たとえば、35歳のときに35年返済で5000万円の住宅ローンを金利1.2%で組むと、毎月の返済額は約14万6000円になる(ボーナス返済なし)(図2)。完済できるのは70歳で、60歳時点では約1648万円が残っている計算。退職金を用いて返済額軽減型で800万円を一部繰り上げ返済すると、毎月の返済額は約7万5000円まで下がる。退職金の一部を手元に残しつつ毎月の返済額も大幅に減らすことが可能で、安心感も大きい。

■マイホームは職場に30分程度で通える場所に

もっと安い家を買うべきとアドバイスするFPもいるが、定年時に多額の住宅ローンが残ってしまうのは、働き方の変化も影響している。以前は郊外に居を構え、片道1時間程度をかけて通勤するのは当たり前だった。しかし、共働きが一般的な今、子どもの送り迎えや家事を考えると、夫婦ともに通勤で片道1時間かけるのは難しい。そこで「マイホームは職場に30分程度で通える場所に」となるわけだ。

片道1時間の場所と30分の場所では、不動産の価格に大きな差がある。不動産経済研究所の「首都圏マンション市場動向」(19年上半期)によると、東京23区の新築マンションの平均価格は7644万円。18年の上半期は7059万円だったから、1年で600万円近く上昇していることになる。購入者のニーズが都市部に集まっている証拠ともいえる。

筆者がFPとして開業した2012年ごろは、まだ都内の高額な家を買う人でも「ローンの上限は5000万円程度」という心理的な壁があった。5000万円を金利1.2%、返済期間35年で借りると、前述のように毎月の返済額は約14万6000円となる。賃貸マンションを都内で借りればそれくらいの家賃になることは決して珍しくない。

しかし、最近は物件価格の上昇に伴い6000万円程度の住宅ローンを組まざるをえない夫婦も多い。さきほどと同じ条件で6000万円の住宅ローンを組むと毎月の返済額は約17万5000円へ上がる。

決して贅沢をしているわけではなく、共働きを続けるためにやむをえず購入しているわけだが、定年時にどの程度の住宅ローンが残るかをまずは計算しておいたほうがいい。

一方で返済を焦らないことも重要だ。35年返済で5000万円の住宅ローンを組むと毎月返済額は約14万6000円だが、仮に購入年齢が35歳なら完済は70歳になる。定年後も返済が続くのは不安だからと、60歳までに完済しようとすれば、毎月返済額は約5万円もアップして約19万3000円となる。支払えたとしてもまったく貯蓄ができない状態になるかもしれない。金利が低い今、住宅ローンをゆっくり返済することは資金繰りを重視した立派な選択肢の1つであると考えたい。

手元に一定の貯蓄が必要なのは、不測の事態に対応できるようにしておくため。言ってみれば「生活防衛資金」。最低でも1年分、できれば2年分の生活費相当額を現金で確保しておきたい。

▼5大リスク(2)奨学金

■「実家暮らし」なら子にかぶせてOK

不足する老後資金を賄う3つの方法の「貯蓄する」に大きくかかわってくるのが子どもの教育費だ。特に負担が大きいのは大学の入学・在学費用だ。日本政策金融公庫の調査によると、私立大学文系に進学すると、4年間で約730万円が必要になる(図3)。子どもが2人、3人となれば、莫大な負担を強いられることになる。

なんとか支払いができても、そのツケは老後資金に回ってくる。これを回避する方法は奨学金を利用することだ。

「学費ぐらいは出してあげたい」と考え、はなから奨学金の利用を考えていない人は多い。その背景には、2年ほど前に話題になった奨学金トラブルがある。多額の借金を抱えたまま社会人になり、「返済に窮するケースが増えている」と問題になった。

しかし、短絡的に「奨学金は怖い」と決めつけるのではなく、丁寧かつ慎重に考えるべきだ。返済に窮する典型的なパターンは「地方出身で都市部(東京)の大学へ進学し、なおかつその地で就職した人」だ。そうでなければ、過剰に怖がる必要はない。実家暮らしであれば、アルバイトでも奨学金を返済できる。

大学4年間で500万円の学費がかかるとすれば、その半分でも奨学金を利用すれば親の負担は楽になる。

奨学金を利用することは子どもに教育費を負担させることととらえがちだが、それだけでは認識不足だ。「親が負担するか、子が負担するか」というような“人”ではなく、「大学に在学する4年間で支払うか、卒業後に20年ほどかけて支払うか」というような“期間”でとらえてみてほしい。

同じ金額ならゆっくり時間をかけて支払ったほうが、資金繰りは楽になる。しかも奨学金に対する利息は限りなくゼロに近い。日本学生支援機構の貸与型奨学金の場合、奨学金の貸与修了月の利率が適用されるが、19年8月の金利は利率固定方式(固定金利)で年0.015%、利率見直し方式(変動金利)で年0.002%だ。もし、子どもが大学を卒業する段階で自分自身の老後資金の積み立てのめどがたっていれば、その時点で返済の援助をしてもいい。

▼5大リスク(3)年金繰り下げ

■命の長さと金、天秤にかけて見誤る

老後不安とは何か――。改めて考えてみると、働けなくなる不安、給料がなくなる不安にほかならない。70歳、75歳まで働くことができれば、不安の前提をひっくり返すことができる。

定年後も働いて収入を確保できれば、年金を繰り下げ受給して、将来の年金額を増やすことも行いやすい。厚生年金も国民年金も最大5年間の繰り下げ受給が可能だ。それにより年金額を最大42%アップできる(図4)。

冒頭で述べた「老後資金2000万円不足問題」の発端となった金融庁の報告書では、夫65歳以上・妻60歳以上の無職2人世帯(モデル世帯)の収支は、収入が約21万円であるのに対し、実支出が約26万円かかり、毎月約5万円の赤字となるとしている。生涯(老後30年)この状態が続くとして不足分を補うには「約2000万円の貯蓄」が必要だとした。

このモデル世帯の年金額は約19万円であったが、仮に繰り下げ受給で受取額が42%アップすれば約8万円の増額になる。不足分がほぼ賄える計算だ。

さらに、年金の繰り下げ受給は現在、最大5年だが10年まで延長できるようにする案も出ている。現在の仕組みがそのまま適用されると考えるなら、繰り下げ1年ごとに8.4%の増額になるから、10年の繰り下げでは受給額が84%アップとほぼ2倍になる計算だ。受給開始までの生活費は働くなどして確保しなければならないが、できるだけ長く働いて年金受給を繰り下げすることが、最も安心な対策となるだろう。

年金の繰り下げ受給の話をすると「何歳まで生きれば得するのか」を気にする人がいる。たとえば、70歳から受給開始して年金額が増えても結果的に75歳で亡くなってしまえば、「65歳から受給したほうが得ではないか」との議論だ。

計算上はそのとおりだが、年金の最大のメリットは生涯受け取れること。年金はもともと貯金的なものではなく、長生きリスクへの保険だ。どんなに長生きしても受け取れるのだから損得だけの問題ではない。

▼5大リスク(4)再就職

■インフレリスクも長く働くことで軽減

現在は働きながら年金を受け取ると収入の額によっては年金が減額される。これを在職老齢年金と呼ぶ。仮に繰り下げ受給を選択しても、減らされた額が繰り下げされるだけなので「働くと損をする」というイメージがぬぐえない。その在職老齢年金を廃止することも検討されている。実現すれば、定年後に働く環境がより整備される。

また、再就職するなど長く働くことはインフレリスクを軽減することにもつながる。老後資金を貯蓄だけで賄おうとすれば、インフレの影響を受けてしまう。働いて給料を得ている場合はどうか。給料は基本的に物価に連動する。物価が上昇すれば、それに合わせて手取り額も増加する。つまり、働けることは物価上昇リスクにも対応できることにつながる。

もちろん、貯蓄や、iDeCoなどの非課税で有利に運用ができる制度を利用して備えるべきだが、長く働くことこそが最大の備えであることを忘れないでほしい。

できるだけ長く働くために必要なのは体力と能力。多忙な人も、老後のことを考えて健康の維持に努めてほしい。加えて、心構えの1つのとしては、新しいものを毛嫌いしないこと。最近でいえばスマホ決済が普及し始めているが、話題になったものや新しいことをバカにせず、使ってみる積極性が必要。能力とは環境の変化に対応する力ともいえる。現役世代が当たり前に受け入れているものに対応できなければ仕事がしにくくなる。

▼5大リスク(5)医療費

■「人によりけり」のオプションは慎重に

老後生活で誤算が生じるとすれば、想定以上に長生きすること。「平成30年簡易生命表」(厚生労働省)によると、平均寿命は男性が81.25年で女性が87.32年。しかし、平均寿命を基準にしてマネープランを立てるのは危険だ。多くの人が必ずしも平均寿命で亡くなるわけではないからだ。

同じく「平成30年簡易生命表」によると、90歳まで生存する者の割合は男性26.5%、女性50.5%となっている(図5)。人生100年時代といわれているとおり、100歳まで資金が底をつかないマネープランを考えておく必要がある。

出費を抑えるには生命保険の見直しも効果的だろう。子どもが独立してしまえば高額な死亡保障は必要ない。一方で年齢が上がるほど病気になる確率は高くなるが、医療保険に加入することはさほどお勧めしない。支払った保険料分を取り戻すことはほぼ不可能だからだ。

たとえば、30歳男性が入院日額1万円の医療保険に60歳払込満了で加入すると保険料は4500円ほどだ。30年間で支払う保険料は総額で162万円になる。入院や手術でこの金額を取り戻すことはほぼ不可能。であれば保険料分を貯蓄しておいて、いざというときには、その資金を活用したほうが合理的だ。

■老後に向けてより多くの備えが必要

おひとりさまの場合にはさらに注意が必要。夫婦で暮らすことによって住居費や食費などのコストを下げることができるが、1人暮らしであればそれは難しい。また、夫婦であれば片方が病気になればもう片方が看病するなど、いざというときに支え合うことも可能。おひとりさまはそれができないから、家事代行を頼むなど有料サービスを使わざるをえない。入院する場合には身元引受人も必要だ。つまり、老後に向けてより多くの備えが必要かもしれない。ただし、子育て費用が不要など資金的な環境は大きく異なる。

最近では有料老人ホームを終の棲家に選ぶ人も増えているが、生涯安心とは言い切れない面がある。女性のほうが平均寿命は長いので夫が先に亡くなるのが一般的。その後も老人ホームの月額費用を支払えるかが問題になる。夫が亡くなった後、妻は自分自身の年金額と遺族年金の額を比較し、遺族年金のほうが多い場合には差額を遺族年金として受け取ることができる。しかし、夫婦2人で受け取ってきた年金よりトータルの額は少なくなる。結果的に月額利用料の支払いが難しくなれば、退去せざるをえない。

住まいが賃貸の場合には、老後生活でも住居費がかかることを考えて多めのキャッシュを用意しなければならない。ただ、賃貸であれば、生活が苦しくなれば家賃の安い公営住宅に引っ越す選択肢もある。子どもが独立したら、郊外の小さな住宅で家賃を抑えることもできる。資産状況を見ながら柔軟にコース変更するのがいいだろう。

孫への教育資金贈与も慎重に判断したほうがいい。教育資金であれば1人最大1500万円まで非課税で一括贈与できる制度が13年にスタートしたが、過剰に贈与をすると自身の老後資金が足りなくなる可能性がある。そもそも教育資金や生活費は必要な都度、贈与すれば税金はかからない。一括で贈与するのではなく、進学などに合わせて贈与すればいい。

老後のマネープランは家族構成やライフプランによって大きく変わる。老後資金2000万円不足問題が話題になったこの機会に考えてみてはどうだろうか。

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中嶋よしふみ
ファイナンシャルプランナー
保険や住宅などを売らないFPとして、2011年にシェアーズカフェを開業。プライベートレッスン、セミナーなどのサービスを提供。各種専門家が書き手として参加するウェブメディア「シェアーズカフェ・オンライン」編集長も務める。

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(ライター 向山 勇 撮影=岡村隆広)