10代の市販薬乱用の背景は?

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 厚生労働省研究班が2018年に行った調査で、全国の精神科で治療を受けた10代患者の41%が、せき止め薬や風邪薬などの市販薬を乱用していたことが分かりました。2014年の同様の調査では一人もおらず、急増しています。現在は「アマゾン」などのネット通販サイトで、簡単にせき止め薬や風邪薬などの市販薬を購入できます。そして、この市販薬のインターネット販売が解禁されたのは2014年からです。

 精神科で治療を受けた10代患者の市販薬乱用が急増したのは、ネット販売が解禁されたことと関係があるのでしょうか。医療ジャーナリストの森まどかさんに聞きました。

新しい税制も乱用を後押し?

Q.せき止め薬や風邪薬のどのような成分が、乱用の原因になっているのでしょうか。

森さん「調査の責任者である国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長の松本俊彦医師を取材させていただきました。今回、乱用市販薬として最も多かったものは、古くから販売されている、せきやたんの薬です。これらの薬は『コデイン』という広い意味では麻薬に分類される成分を含んでいます。この成分を含む風邪薬も市販されています。

頭痛や生理痛に効く痛み止めに含まれる『アリルイソプロピルアセチル尿素』にも依存性があります。こうした成分の中には、体への影響が問題視されて現在の医療現場で使われなくなったものもありますが、発売当時に認められた市販薬をコントロールする規制がないので、現在もそのまま販売されています。

また、本来の目的以外に使用された市販薬を調査すると、『カフェイン』が含まれていることが共通しており、カフェインの急性中毒も急増しています。興奮作用を持つカフェインは、2013年前後にエナジードリンク市場が活性化したことで10代の子どもたちにも身近なものとなりました。

中学受験を目指す小学生に、親がエナジードリンクを差し入れることもあるといいます。カフェインが自分のパフォーマンスを上げてくれることを、小学校高学年のうちから知る機会があるのです」

Q.コデインやカフェインを体に取り入れることで、どのような変化が現れますか。

森さん「『コデイン』『カフェイン』は、何らかの原因で心の痛みを抱えている人を一時的に元気にしてくれます。『消えてしまいたい』『死にたい』とリストカットを繰り返すような生きづらさを感じる10代の子どもたちの緊張感を和らげ、気持ちが上向きになることで、表向きは社交的に振る舞うことを可能にしてくれます。

しかし、これらの薬の成分が体から抜けるときに、禁断症状のような苦痛が現れます。体が動かない、気持ちが落ち着かないなど、薬を飲まないときよりもさらに強い苦痛を感じ、耐えることができなくなります」

Q.せき止め薬や風邪薬を、どれくらい飲むようになれば「乱用している」と判断されるのですか。

森さん「松本医師によれば、市販薬の乱用で精神科を受診している患者さんは、最低でも決められた用量の5倍から10倍の市販薬を飲んでいるといいます。例えば、多い人では、1回2錠で1日に3回(計6錠)と決められた薬を、1回で10錠もの薬を1日に3回も飲んでいたり、1日で1瓶(84錠)飲んでいたりします。少しずつ飲む量が増えていくと体が徐々に慣れ、健康被害を感じないまま大量に飲むようになっていくそうです」

Q.精神科で治療を受けた10代患者の市販薬乱用が増えたのは、市販薬のネット販売が解禁されたことと関係があるのでしょうか。

森さん「2014年の調査でゼロだった市販薬の乱用が2016年、2018年と増えています。この間に何があったかというと、市販薬のネット販売が2014年に解禁され、2017年には、特定の市販薬を購入した場合に税負担が軽減されるという『セルフメディケーション税制』がスタートしました。

つまり、市販薬が入手しやすくなった上に、市販薬の使用が促進される環境になったということです。松本医師によると、実は診察時の聞き取りでは、ネットより店舗で購入する人の方が多かったそうですが、ネット販売の解禁の影響があったのも確かです。街にドラッグストアがたくさんあり、入手しやすいということも市販薬乱用に影響していると考えられます」

30人中2人が市販薬乱用の可能性

Q.厚生労働省研究班の調査対象は、精神科の治療を受けた患者ですが、治療を受けていない人の中にも、潜在的に市販薬を乱用している人がいるのでしょうか。

森さん「神奈川県の高校生を対象にした調査では5.4%、東京都の高校生では6.7%が、市販薬を決められた目的・用量から外れて使用した経験があるそうです。30人クラスの中で2人くらいが市販薬を乱用しているという数字です。

10代の市販薬乱用患者の多くは、学校や家においてさまざまな心理的苦痛を感じ、誰にも相談することができずに1人で抱え込んでいる人です。何らかの生きづらさを感じる若者が増えている昨今、市販薬によって一時的な救いを求める人は一定数存在すると考えられます。

また、10代の市販薬乱用は約65%が女性です。女性は生理痛を緩和するため、中学生の頃から鎮痛剤(痛み止め)を飲み慣れています。痛みの程度で決められた用法用量より多く飲む人もおり、乱用という自覚がなく少しずつ薬の量が増えていくケースもあります」

Q.乱用の恐れのある市販薬をネットで簡単に買える状況を変えるのは、すぐには難しいと思われます。現状、市販薬の乱用を防ぐ手立てとしてどのような方法がありますか。

森さん「セルフメディケーションを促進する動きに逆行するようですが、医療用医薬品から市販薬への転用(スイッチOTC)を慎重にすべきです。また店舗でも、本来は薬剤師の指導のもとに販売することになっている市販薬が、複数購入も含めて簡単に購入できていることが調査から分かっています。年齢、症状、ほかに使用している医薬品がないか確認するなど、販売ルールの徹底が求められます」

Q.わが子や家族、友人で市販薬を乱用している可能性があることを知ったとしたら、乱用をやめさせる第一歩として、どのように対応すればよいのでしょうか。

森さん「松本医師によれば、市販薬を乱用する若者の多くは、親の過度な期待に対するプレッシャーや将来の不安、いじめや虐待など、生きていく中での苦痛が存在しています。誰にも助けを求められないつらさを一時的にごまかすために市販薬を使用するそうです。

もし、市販薬を乱用していることに気付いたら、『薬をやめなさい!』と注意するのではなく、背景に存在する“困っている問題”について聞いてあげてください。自己肯定感を高め、信頼関係を築いていくことが薬に頼らない自立を促すことにつながります。

次のステップとして、薬物乱用の根本にある病気の治療につなげることを目指します。うつ病や、発達の偏り、乗り越えられないストレスなどで追い詰められているケースが多いので、精神科における丁寧な診察と治療により、薬への依存と付き合いながら、できる限り量を減らしていくことが大切です」