今季、育成型期限付き移籍で山形に加入した柳。首位攻防の水戸戦で決勝点をアシストした。(C) J.LEAGUE PHOTOS

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[J2リーグ18節]山形1-0水戸/6月15日/NDスタ
 
 勝点33で並ぶ首位・水戸と2位・山形の直接対決。J2前半戦の天王山は、息詰まる緊迫の90分をホーム山形が1−0で制した。
 
 ひりつくような0−0の均衡を破る阪野豊史のゴールを演出したのは、今季FC東京から育成型期限付き移籍で加入した柳貴博である。66分、右サイドでパスを受け前に運ぶと、低い弾道のクロスを蹴り込んだ。誰かが入って来てくれるはずだと信じたゴール前には阪野が走り込んでいたが、ボールは阪野のわずか手前でバウンド。
 
「正直、難しいバウンドでウワーッ!と思ったのですが、阪野選手がうまく決めてくれました。自分の中では満足していないクロスでしたが、決めてもらえたことは自分にとって自信になる。本当に今日は助かりました」
 
 簡単ではないシュートをきっちりと決め、自分に1アシストの数字を記してくれたエースへの感謝の言葉には、実感がこもっていた。
 
 中学生年代からFC東京の下部組織で育ち、トップチームに昇格。U-18から年代別日本代表にも選出されてきたタレントだが、プロ入り後はもっぱらFC東京U-23のメンバーとしてJ3を戦って来た。今季新たなチャレンジの場、成長の場として選んだのが山形だ。
 
 しかし、新天地でポジションを取ることはそう簡単ではなかった。主戦場となる右ウイングバックには、精度の高いキックを武器にビルドアップにも得点にも絡む三鬼海がいた。今季も三鬼は序盤の快進撃に貢献。柳の出場機会は15節まで4試合、いずれも10〜20分程の途中出場だった。
 
「一緒にやっていて、(チームの)三鬼選手への信頼が厚いのを感じていました。でも、それを超えて自分を出したいと思わせるプレーをしなければいけない。だからいつチャンスが来てもいいように、準備はしていました」
 
 実は、初めての移籍に戸惑う柳を誰よりも気にかけていたのは他ならぬ三鬼である。山形で出会うまで面識のなかった5歳下の柳と「なぜか波長が合う」と三鬼。キャンプを終え、山形に戻ってから柳の住居が決まるまでの約1か月、自分の部屋に住まわせ、食事、洗濯、不動産会社との連絡と、文字通り衣食住に渡って面倒を見た。柳もまた「めっちゃ仲がいい」と言う間柄だ。
 
 その三鬼の負傷を機に、柳にチャンスが巡って来た。16節・鹿児島戦から木山隆之監督は柳を先発起用。先発3試合目となったこの水戸戦で、柳はやっと自分のプレーを出せたという手応えを得た。
 
「前の2戦は自分の思うプレーができなかったが、今日は自分が1対1で相手に仕掛けられるシーンを多く作れた。仕掛けてクロスを上げたりコーナーを取るのが自分のプレーだし、ずっとやりたかったこと」
 
 中に絞って守備をした後にも、いち早くサイドに開いてポジションを取り、フリーで受けて縦に仕掛ける。得点シーン以外にも何度かそうしてチャンスを作った。それは同時に、水戸のストロングである同サイドの攻撃を封じることにもなった。
 
 柳の後ろで守るCBの熊本雄太は、「攻撃力のある志知選手(水戸の左SB)を柳が守備に回してくれたおかげで、大きな脅威にはならなかった」と話す。まさに「攻撃は最大の防御」だった。
 
 戦列を離れた三鬼からは「自分なりの特長をしっかり生かせ」と言われた。「それが今日は少しできた」と安堵しつつ、いずれは復帰してくるライバル以上の信頼を勝ち得たとはまだ考えていない。
 
 「もっともっと海君を怖がらせるようなプレーをして、ポジションを争っていきたいなと思います」
 
 首位に立っているとはいえ、山形は今、怪我人が続出している状況。しかし、代わりに出た選手がその穴を埋めるパフォーマンスで勝点の積み上げに貢献している。離脱した選手が戻って来るまでの間に試合経験を積んだ若い選手が成長すれば、チーム内の競争レベルが上がり、選手層は厚みを増す。柳と三鬼はその好例となってくれるはずだ。
 
 水戸との頂上決戦に勝ち、山形は前節明け渡した首位の座を奪回した。J1では柳の古巣・FC東京が、今節敗戦を喫したとはいえ首位を走る。
 
 「東京も1位、山形も1位。自分、持ってるなと思います(笑)。シーズンが終わった時に1位でいられるように、もっと上を目指してやっていきたいです。どっちも優勝できたら最高ですね、マジで」
 
 この日、山形のファンを湧かせたニューヒーローは、そう言って破顔した。
 
取材・文●頼野亜唯子(フリーライター)