小泉進次郎衆議院議員は、2019年4月、自民党厚生労働部会で「新時代の社会保障改革ビジョン」を発表し、人生100年時代に向けた政策提言を行った。

「社保改革の第三の道(リバランス)の推進」「『現役世代』『高齢者』の概念見直し」などが盛り込まれたこの提言について、『ライフシフト 100年時代の人生戦略』の著者で、英ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏はどう考えるのか。

6月5日、グラットン氏の来日によって実現した2人の対談は、政府の役割、経済界に必要な理解のほか、「人間と何か」という根源にまで深まった。

『ライフシフト』が日本社会を変えた

――小泉議員の提言は、「ライフシフト社会保障改革」とも言える踏み込んだ内容でした。今年5月にはアメリカ・ワシントンのシンクタンクで「人生100年時代は、日本のニューフロンティアになる」とのスピーチもされました。

小泉進次郎(以下、小泉):『ライフシフト』は、1冊のベストセラーにとどまらず、日本の社会を変えていくインパクトがあったと思います。僕はいま、社会保障改革を実際に動かす立場にあり、厚生労働部会長として取りまとめた政策を、政府方針にしていく作業をやっていますが、これが形になりそうなところまできました。


今回の提言では、「リバランス」という言葉を使っています。社会保障改革には、これまで2つの道がありました。第1の道は、社会保障サービスをカットする給付の削減。第2の道は、消費増税などの負担拡大。

しかし、人口構成も含めて極度にバランスの崩れた状態になっている日本では、バランスを正していく第3の道「リバランス」が必要です。具体的には、多様化した生き方に合わせられるように、また、長く働くことを応援するために、より多くの選択肢を国の制度の中に入れていきます。

象徴的なのは年金です。日本の公的年金制度は、現状、60歳から70歳まで、いつ年金を受け取るかを国民が選べるようになっています。60歳で受け取ると、65歳で受け取るよりも30%カットになる。逆に70歳まで待つと、65歳と比べて42%アップする。今回これをさらに拡大することを政府に提言し、その方向で制度設計を進めることになりました。例えば、60歳から75歳まで選べるようにすると、65歳で受け取るよりも8割以上、増額できる可能性が出るわけです。

また、日本は世界と違って、仕事はあるけど人はいない国。労働力不足です。しかし日本には、「これ以上働いてしまうと扶養控除が得られない」など、働く時間を抑えるよう促してしまう制度があります。働きたい人は気にせずに働けるようにするべきです。それを阻む壁は撤廃していきます。

リンダ・グラットン(以下、グラットン):すばらしい提言ですね。労働については、現在、企業も政府も働き続けることを支える環境を提供できていないと言えます。とくに、長寿化し、なおかつテクノロジーの変化が激しい日本のような環境では、人生の中に多くの選択肢を持っていることがとても大切になるでしょう。その選択肢を作るうえで大きな役割を担うのが、政府です。

グラットン:小泉さんの「リバランス」という言葉はとくに興味深いですね。これまでの時代、リソースとして重要視されていたのは「お金」でした。しかし、長寿化社会で大切になるのは「時間」です。つまり、時間をどう使うのかという決断が非常に重要になるわけです。政府は、国民が時間をバランスよく使ってゆくための手助けをしなければなりません。

「長く働く」は、「悪いニュース」なのか

――『ライフシフト』は発売後4年が経ち、現在も世界各地でベストセラーになっていますが、各国の状況はいかがでしょうか?

グラットン:『ライフシフト』の共著者であるアンドリュー・スコット氏とともに、イギリスの財務省に呼ばれて、70歳、80歳まで働くとはどういうことなのかと聞かれました。


リンダ・グラットン/ロンドン・ビジネススクール教授。人材論、組織論の世界的権威。2年に1度発表される世界で最も権威ある経営思想家ランキング「Thinkers50」では2003年以降、毎回ランキング入りを果たしている。2013年のランキングでは、『イノベーションのジレンマ』のクレイトン・クリステンセン、『ブルー・オーシャン戦略』のチャン・キム&レネ・モボルニュ、『リバース・イノベーション』のビジャイ・ゴビンダラジャン、競争戦略論の大家マイケル・ポーターらに次いで12位にランクインした。組織のイノベーションを促進する「Hot Spots Movement」の創始者であり、85を超える企業と500人のエグゼクティブが参加する「働き方の未来コンソーシアム」を率いる(撮影:尾形文繁)

この手の話は、有権者にとって印象が悪く、政治家は話しづらいものですよね。でも、私たちが直面する現実なのだから、きちんと伝えなければならないとお答えしました。アメリカでもこの話をしましたら、報道関係者から「なぜそんな悪いニュースを話すのか」と言われました。ですが、これは伝えるべき現実なのです。

小泉さんが年金についてお話しされましたが、多くの国の年金は、日本と同じく退職後10年ほど生きるという想定で制度設計されています。定年後30年間生き続けるという時代になれば、あらゆる国の年金制度がたちゆかなくなるでしょう。

イギリスでは、55歳以上の人が職を失うと、再雇用されるのはかなり難しい状況にあります。個人レベルだけでなく、企業側の支援としても考え尽くさなければならないと思います。

生涯教育についても、もっと話題にする必要がありますね。アメリカのビジネススクールや世界経済フォーラムでも話しましたが、人々の長命化が進み、非連続の変化が起き続ける状況のなかでは、たびたび再教育を受けなければ、長い時間を生き抜くことは難しくなります。世界各国の政府は、年金だけでなく、長く働く時代になるという現実と生涯学習の必要性、この2つをもっと議題に上げなければなりません。

小泉:長く働くということを、国民の皆さんにいかに前向きに捉えてもらえるように話すかは非常に大切ですね。日本の世論調査で「あなたは何歳まで働きたいですか」と聞くと、「働ける限り働きたい」という回答が最大です。この話をアメリカでするとみんなが驚きました。

日本人の持っている、勤勉という強み。これは戦後の発展を支えた原動力でもありますが、人生100年時代においても、日本人の最大の強みになると思います。やはり人生100年時代は、日本のニューフロンティアになる。僕は改めて確信しました。

そして生涯教育。最近取り組んでいるのは、教育訓練給付金です。「ユーキャン」などがわかりやすいでしょうか。一定の条件を満たせば、学費の一部が雇用保険から支給される制度があります。

実はこういった支援制度には国から相当な助成が出ていますが、あまり知られていません。せっかくの制度をもっと活用してもらいたい。そのためには、国民に必要な情報を届けていくコミュニケーション戦略が必要です。

小泉:年金についても、70歳まで待って受給額を42%アップするという選択をとっている人はわずか1%しかいません。制度をしっかり周知すれば確実に結果は出ます。

政治家の仕事は、政策や法律を作って終わりではない。いくらよい政策を作っても、知られなければ存在しないも同じですから。

グラットン:重要なことですね。学びなおしについては、政府は2つの形で役割を果たせると思います。まずは資金提供です。シンガポールのように、政府が毎年国民になんらかの学びができるよう資金を提供している国もあります。

2つ目は、国民がちゃんとした選択を下せるような支援ですね。現代のように労働市場が大きく変わり、いろいろな仕事が自動化されたり、かつてなかった仕事が新たに生まれる時代においては、新しい仕事がどこからやってくるのか、どんなスキル、どんな準備が必要なのかを国民に知らせ一人ひとりが賢明な選択を下せるよう助けることが大切です。例えばドイツの政府は、地域コミュニティーの単位でそのような支援を提供していると聞いています。

「時間のリバランス」という考え方

――日本人の勤勉性は、人生100年時代において奏功する資質ともなるということですが、ほかに何が必要でしょう?

グラットン:日本の労働制度は、日本人の勤勉さを促す仕組みになっていると思いますが、ただ、勤勉さは人生のバランスの代償として実現されてきた面もあるでしょう。とくに、時間を再分配する必要が出てきます。

例えば、引退後に使うはずだった余生の時間を、ちょっと早めの40代に半年だけもってきて休みをとるとか、若者の勉強する時間を、大人になってから学び直しの時間に充てるとか。時間の再分配ができるようになると、選択肢も増え、バランスもとれると思います。でも、そこは日本企業がなかなか気づかずにいるところですね。

小泉:そうですね。人生100年時代、もちろんお金は大事です。しかし、時間という価値がものすごく高まる時代でもあると思います。「ワーク・ライフ・バランス」という言葉がありますが、この言葉ももう一度問い直す必要があるかもしれない。僕はまず、自分自身と向き合う必要があるだろうと思っているんです。


小泉進次郎(こいずみ しんじろう)/衆議院議員、自民党「人生100年時代戦略本部」事務局長。1981年生まれ、神奈川県出身。関東学院大学経済学部卒業、アメリカ・コロンビア大学大学院政治学部修士号取得。アメリカ戦略国際問題研究所研究員、衆議院議員秘書を経て、2009年に初当選。内閣府大臣政務官、復興大臣政務官、党農林部会長、党筆頭副幹事長、党厚生労働部会長などを歴任(撮影:尾形文繁)

僕は政治の世界にいて、ほとんど休みがありません。正直イメージも悪い世界で、SNSの時代、何をやってもどこかで何かを言われる。しかし、政治にしかできないことがあるから、打ち込むに値する。そう信じているからこの世界を選択しているわけです。

自分の中で「僕はこれが好きだ」「私はこの道を信じる」と言えること以上に強い理由はありません。それが見つかれば、会社や仕事が変わっても、ずっと自分が好きなことをやっていられる。そんな人生100年は楽しいですね。

グラットン:私は、日本がこの時期に安定した民主主義を守っていること自体が偉大だと思っていますよ。小泉さんのように、長期的な視点から政策を考えられる政治家が日本にはいらっしゃる、これはとても幸運なことです。

私は、ロンドンビジネススクールで、世界35カ国から集まったMBAの学生100人ほどを指導していますが、学生たちに「政治家になりたい人はいるか」と聞きましたら、残念ながら1人も挙手しませんでした。民主主義というシステムにとって非常に大きな課題を突きつけられている時代です。そして、この時代にあっては、政治家になりたいという人そのものが奇特なんですよ。優秀な人のほとんどは、企業の社長になりたいと思うのです。

小泉:僕の場合も、現実にはいつも楽しいわけじゃない。僕は若い人によく話すんです、どれだけ好きなことでも、仕事になれば絶対に嫌なことがある。でも、それに耐えられるのは、自分で選んだ道だからだ、と。

グラットン:その決断を促すためにも、政府がきちんと真実を伝える必要がありますね。世界各国の政府から話を聞きましたが、人々が長く働き続ける必要があるという物語を正面切って国民に伝えている政府はまだありません。伝えることで国民も備えることができるのに、です。

小泉:何がファクトで何がフェイクか、これをジャッジするのが非常に難しい時代です。政治でさえも本当のことを言っているのかが問われている。そんな中で、たとえ厳しいことでも正直に語っていくことですね。でも、多くの人は、苦しい話なんて聞きたくないんですよ。だから政治家も語りたがらない。

「人間とは何か」が問われる時代

小泉:僕には、政治家として絶対に忘れてならないことがあると考えています。それは、どんなに理論上正しいことでも、人の気持ちが動かなければ、絶対に動かないということ。だからつねに考えるんです。どのように届けたらいいのか。

グラットン:人間であるということは、未来へ向けての物語を持っているということでもありますからね。そして人間は、学ぶこと、探索することを求めます。子どもに限らず、人生を通して学んでいく。そこに人間と他の動物との違いがあるわけです。


対談は終始、和やかな雰囲気で行われた(撮影:尾形文繁)

そしてもう1つ大切なこと、それは、人間が他者とのつながりを持っていることです。家族、地域コミュニティーなどとのつながりですね。移行の時代においてこそ、そのつながりは重要になってくるでしょう。

世界では、日本の女性はあまり働いていないと思われていますが、それは誤解ですよね。どんどん職場に進出している。ただ、そこで単に社会に出るというだけではなく、家族や地域コミュニティーがきちんと機能するように制度設計をする必要があると思います。その点で、日本企業が果たせる役割はとても大きいですね。

私は、もっと企業が、人間は家族の一員であり、コミュニティーの一員であるのだという理解を深め、時間の再分配についてよく考える必要があると思っています。しかし、日本の企業の変化はあまりに遅すぎます。

小泉:僕もそう思います。65歳、70歳まで企業が抱え込んで、「退職おめでとう、お疲れさまでした」と手放されるのは厳しい。人生80年ならその後は年金で暮らせましたが、もうそういうわけにはいかない。いままでの幸せが、いまの不幸せにつながっているところがある。ぜひ経済界のみなさんにも、国が進めている人生100年時代への大きなシフトについて、一緒になって考えていただきたいと思います。

グラットンさんがおっしゃる「人間とは何か」に通ずることですが、僕は、みんなが「Who are you(あなたは誰ですか)?」と問われている時代だと思うんです。

選択を力に変えられるのか、それとも、選択を恐れて過去にしがみついてしまうのか。変化を前向きに捉えられるかどうかのカギは、「自分は何をしたいのか」を自分自身がしっかりわかっているかどうか、ではないでしょうか。

僕は、日本を変革の国にしたい。人口減少と人生100年時代を強みに変え、22世紀に向けた変革にスピードを上げて挑んでいきたい。