徳島県三好市の祖谷渓にある小便小僧(CES~enwikiさん撮影、Wikimedia Commonsより)

断崖絶壁に「小便小僧」が立っている。「危ない!」「気持ちよさそう」など、感想はさまざまだろうが、なんともシュールな構図であることは確かだ。

ここは徳島県三好市池田町、祖谷渓(いやだに、いやけい)である。

観光名所として知られる「小歩危(こぼけ)」から約5キロ東に位置する、祖谷街道(県道32号)で一番の難所で、「七曲(ななまがり)」と呼ばれている。深く切り込んだV字型の渓谷の下を、祖谷川が大きく蛇行している。見下ろすと、目もくらむような高さだ。

小便小僧といえば、ベルギーのブリュッセルにある、あまりにも有名な観光スポットだ。日本三大秘境とも呼ばれる祖谷渓に、いったい、なぜ、小便小僧? Jタウンネット編集部が詳しい話を聞いてみた。

「作者は、徳島県出身の彫刻家」


目がくらむほどの絶壁に立つ(画像提供:三好市観光課)

電話で答えてくれたのは、三好市観光課の担当者だ。

「あの像が立てられたのは、1969年といいますから、もう50年以上も前のことになります。作者は、河崎良行さんといって、徳島大学の教授をされていた、徳島県出身の彫刻家だそうです。当時は、困難を極めた祖谷街道の開設工事がようやく完了したころでした。

工事の作業員や地元の子供たちが、度胸試しをしていたという逸話も残されています。そんな危険な行為に対する警告の意味を込めて、制作されたようです。河崎さんは当時4歳だった自分の息子をモデルにしたとも伝えられています」

しかし、資料があまり残ってないので、よく分からないとのことだった。そこでJタウンネット編集部は、彫刻家の河崎良行さんについて少し調べてみた。


日本三大秘境・祖谷渓が舞台だ(画像提供:三好市観光課)

河崎さんの作品は、全国各地に残されているが、その一つ、山口県宇部市の「球形のフォーメイション」という作品について、次のような経歴が記されていた(宇部市ウェブサイト参照)。

1935年、徳島県生まれ。
1958年、徳島大学卒業。
1968年、東京芸術大学研究生修了

祖谷渓の小便小僧が設置されたのが1969年なので、東京芸術大学研究生を修了したばかりのことだったことが分かる。当時の年齢は、33歳から34歳。芸大で研鑽を積み、徳島に帰って来られたころ、故郷・徳島県で彫刻の仕事を依頼されたようだ。

新進気鋭の彫刻家は、自身の子どもをモデルにして制作に取り組んだという。ベルギーの小便小僧をヒントにしながらも、容姿はあくまでも日本人少年という、機知に富んだ作品だ。

しかも小便小僧が設置されたのは、周囲を1000メートル級の山々が囲む秘境の中。深さ約200メートルの谷底を見下ろす、崖から突き出している岩の先端だ。彫刻を設置する場所として、これほどドラマチックな舞台があるだろうか。「借景」という言葉があるが、まさに祖谷渓を借景とした作品なのだ。若き彫刻家の意気込みが十分に想像できるだろう。


大歩危(画像提供:三好市観光課)

祖谷渓に小便小僧を見に行きたい人へのアドバイスを、三好市観光課の担当者に聞いてみた。

「JR阿波池田駅前から、タクシーやレンタカーを利用される方が多いようです。また事前に予約が必要ですが、定期観光バスも出ています。大歩危(おおぼけ)、小歩危、かずら橋など、祖谷渓の観光スポットを巡りながら、立ち寄られるのが一般的のようですね」

新緑が鮮やかな5月もおすすめだが、全山が赤や黄色に染まる紅葉の時期は、まさに絶景だという。


河崎良行作「円形のステーション」(写真は、Jタウンネット編集部撮影)

その後の河崎良行さんについて、知りたい人もいるだろう。

宇部市ウェブサイトには、こう記されている。1977年に文部省在外研究員として渡仏、パリ国立美術学校で数年学び、ヨーロッパで作品発表し、帰国後も創作を続け、数々の賞を獲得している。

河崎さんの彫刻作品は、前述したように、全国各地にある。宇部市の「球形のフォーメイション」、神戸市兵庫区の「風に吹かれて」などの他、なんと千葉市美浜区のエム・ベイポイント幕張(旧NTT幕張ビル)にも、「円形のステーション」という作品が設置されている。

Jタウンネット編集部はさっそく見に行って来たが、祖谷渓の小便小僧と同じ彫刻家の作品だと思うと、感慨深かった。ダイナミックなエネルギーを感じさせる作品だった。この作品の背景は幕張の高層ビル、借景をうまく活用している気がした。