超大型の10連休を迎える日本では、各地で大渋滞の発生が予想されている。「渋滞学」の研究者である西成活裕氏は「アリのように混雑の予兆を察知して車間距離を詰めなければ、渋滞は回避できる」という――。
「渋滞学」を研究する東京大学先端科学技術研究センター教授の西成活裕氏

■万物は渋滞する

【三宅義和氏(イーオン社長)】西成さんは世界で初めて渋滞を科学的に定義することに成功されましたが、「万物は渋滞する」という言葉をよく使われますよね。

【西成活裕(数理物理学者)】どんなものでも流転するのであれば、どんなものでも「よどみ」が起きるということです。渋滞といっても車だけではなく、群集も渋滞しますし、売れ残った本や積み上がった在庫も商品の渋滞です。あるいは上の世代が詰まっていてなかなか出世できないという人事の渋滞もありますね。

【三宅】渋滞学を始められたきっかけは何ですか?

【西成】私はもともと、水や空気の流れを専門で研究していました。しかし、流れの学問自体、300年ぐらい前からある学問なので、ほとんどのことは解明しつくされています。せっかく勉強してきたのに研究テーマが見つからない、このままでは研究者として生きていけないと悶々していたときに、さきほど言った万物の渋滞に気がつきました。そこから全力で舵を切って、今まで行ってきた研究を捨てて渋滞研究の世界に入りました。

■人生は諦めるかやり抜くかしかない

【三宅】かなり勇気のいる決断だったのではないですか?

【西成】でも戦略もありました。将来、渋滞や混雑は必ず社会問題になるだろうと。それに科学の力で世の中の困りごとを解決することこそ科学者の使命ですからね。

ただ、始めてみるといばらの道で。研究費はもらえないし、学会で発表してもみんなぞろぞろと帰ってしまって司会の方と私だけになってしまうとか。悲惨な生活が6年ぐらい続きました。

【三宅】それでもよく続けられましたね。

【西成】ニーズは絶対にあるという信念はありましたからね。ただ、日本の学会が想像以上に保守的だったので、正直、研究者をやめることも少し考えていたんです。あるとき、5年目のときに尊敬する先輩に今後のことを相談したら、こう言われたのです。「人生って2つあるのを知っているか? 諦めるか、やり抜くかしかないんだ。できなかったというのは諦めただけなんだ。まだ5年だろ。じゃあ7年はやれ」と。この一言で生かされましたね。諦めるかやり抜くかしかない。確かにそうだと。

【三宅】仕事でも英語でも全部に言えますね。

■新聞記事、出版、テレビとブレイク

イーオン社長の三宅義和氏

【西成】本当にそうです。そこからさらに2年弱頑張ったときに一気にブレイクしましたから。

【三宅】『渋滞学』(新潮選書)の一冊ですね。いろいろな賞も取られました。

【西成】直接のきっかけはある全国紙から渋滞特集で取材を受けたことです。当時は理解者が少しずつ増えていて、友達が「西成っていう面白い学者がいるから取材に行け」と勧めてくれたそうです。ただ、記者さんとしてはあまり乗り気ではなく、当初は小さな記事で扱われる予定でした。でもいろいろ話をしたら、これは面白すぎるといってカラーで半面の扱いになり、次の日に新潮社から出版オファー、さらにはテレビ番組「世界一受けたい授業」の出演オファーがきました。

【三宅】環境が激変しましたね。

【西成】まさに継続は力なりです。先輩が言っていたことはこれかと。諦めずにちゃんとやってればちゃんとお天道さまが見てるんだと。もう涙ものです。

■車間距離を詰めすぎてはいけない

【三宅】私は毎日、高速道路を使っていてよく渋滞に巻き込まれます。車が多いから渋滞すると思っていたのですが、必ずしもそうではないという実感を持っています。

【西成】普通はそう思いますよね。でも車が多くても渋滞しないときもあれば、少なくても渋滞するときもある。なにが原因なのかといえば結局、車と車の間隔です。車間距離を詰めすぎている集団がいると、そこが渋滞の種となります。

1時間の間にある地点を通過する車の数が約2000台を超えるのが渋滞発生の目安です。すると5月、8月、12月の連休時期はどうしても2000台を超えやすい。その時期は私もテレビ出演が多くてスケジュールが大渋滞します(笑)。そもそも2000台を超えている段階で私を呼んでも手遅れなのです。

問題なのは1800台とか、本来は渋滞が起きなくてもいい条件のときに渋滞が起きることです。ではなぜ起きるかというと、一部のドライバーが「ちょっと混んできたな。本格的に混む前に早く目的地まで行きたいな」と思って車間を詰め始めることにある。すると局所的に2000台を超えた状態になるんです。下手をしたら1600台でも渋滞は起きますから。この詰めすぎが大きな原因なのです。

■アリは人間より賢く、混雑の予兆を察知して対応する

【三宅】アリは渋滞しないというお話を聞いたことがあります。

【西成】アリは人間より賢くて、混雑の予兆を察知したらそれ以上詰めないでバッファ(余裕)を残します。それを物理の世界最高峰の雑誌に投稿したら一発で載りまして、掲載翌日にはヨーロッパ中の全メディアで「アリは渋滞しない」と報道されました。どれだけ平和なニュースなんだ、と。

【三宅】人間が詰めている場合ではないですね。

【西成】結局、アリが渋滞しない理由も、間隔を詰めるアリは進化の過程で絶滅したからだと思います。ホモ・サピエンスが誕生して20万年といわれますが、アリは2億年ですから。もっと自然から学ぶべきです。

【三宅】ドライバーはどんなことを意識すればいいですか? 無駄な車線変更をやめるなどでしょうか。

【西成】車線変更は大きいです。せっかく車間距離をとっていても間に1台入ったら車間が一気に縮まるので割り込まれた車がブレーキを踏んでしまいます。以前、東名高速でお盆の時期に起きた40キロ渋滞の原因をデータで調べたのですが、犯人はたった1台の追い込み車線への割り込み。後ろの車がバッとブレーキを踏むと、そのあとダダダっとブレーキのバトンのリレーが始まって、40キロ渋滞の出来上がりです。

【三宅】ブレーキのバトンですか。

【西成】はい。だからバトンを伝えたら負けなんです。100台に1台でもいいので車間距離を多めに開けてる車がいると渋滞を吸収できます。車間距離というものは貯金のようなもので、混んでいないときからゆとりを持って、混んできたらだんだん貯金を使っていけばいい。そういうイメージです。ただ、5月、8月、12月はもっと根本的な対策が必要ですが。

イーオン社長の三宅義和氏(左)と渋滞学の西成活裕氏(右)

■ドイツと日本では休暇に対する理解度が違う

【三宅】根本的な対策があるんですか?

【西成】2011年、民主党政権時にある大臣に助言したのが休暇分散です。例えば関西と関東で連休をズラせばトータルの車の量が減る。少し前に私はドイツに住んでいましたけどドイツは州ごとに休暇が違います。隣のフランスもそうです。

【三宅】ただ、企業としては地域ごとに休むと不具合もありそうですね。

【西成】おっしゃる通りです。日本で休暇分散を議論するなら、いまは4割くらいしかない有給休暇取得率を100%近くまで上げることもセットにして議論しないといけません。ようはドイツと日本で根本的に違うのは、休暇に対する理解度です。「あの会社、今週休暇中だよ」と言われたときに、「じゃあ、仕方ないね」と思えるかどうか。それなのに休暇分散だけを切り出して世間に発表してしまった。だから非難轟々(ごうごう)で撤回したんです。

【三宅】覚えていますよ。先生が助言されていたんですね。

■英語専用チャンネルを開設しよう

【三宅】では日本の英語教育について国への提言などはおありでしょうか?

【西成】すでに官僚の方々には提案していることなんですが、とにかくテレビで英語専用チャンネルを作ってほしいです。なぜヨーロッパの人の英語が上手なのかといえば、日々の生活でテレビをつけると自然と英語が耳に入る環境があるからです。ドイツもやはり英語のチャンネルが多くて、しかも面白いコンテンツが多いのでみんな観ます。だから日本でも、面倒な設定なしで英語専用チャンネルが観られる環境をつくれば、日本人の英語力は一気に上がると思っています。

【三宅】学生さんにも英語のアドバイスをよくされていますよね。

【西成】先日、高校生を相手に「英語ができるようになるためには」というテーマで講演をしたのですが、そのときに彼らに伝えたのは「英語ができるようになりたいならドイツ語を勉強してごらん」と。

【三宅】みんなキョトンとしていませんでしたか?

【西成】おもいきり目が点になっていました。なぜドイツ語かといえば、とんでもなく複雑な言語だからです。たとえば英語だとtheという定冠詞があります。でもドイツ語だとtheに該当する言葉は、そのあとに何がつくかで12通りも変わります。しかも、わからない言葉を辞書で引こうとしても出てこない。文章の最後にあるものを頭に付けるとようやく辞書に出てくるような非常に複雑なルールがあります。

それを少しでも経験したあとに英語に戻ると、英語が本当に簡単な言語に思えてきます。勉強もまったくつらく感じなくなるし、頭にもすんなり入ってくる。実際、私もドイツ語を勉強しだしたとたん、英語力がみるみる伸びましたからね。

【三宅】なるほど。では大学進学を考えている高校生は第2外国語でドイツ語などの習得が難しい言語を選ぶとよいわけですね。

■ドイツ語を学ぶと英語力が上がる理由

三宅 義和『対談(3)!英語は世界を広げる』(プレジデント社)

【西成】はい。他の言語でもいいのですが、私がよく学生さんに伝える格言に「ひとつのことしか知らないのはなにも知らないのと同じ」というものがあります。ようは複数の知識を取り入れることで初めて相対化できて、視野が広がるんです。当時、私が使ったのは英語からドイツ語を学ぶという本で、これを読んだときに自分の中で両言語を相対化することができました。

だからいまでもあるテーマの本を買うときは、できるだけその本を批判している本も買うようにしています。たとえば私はいま利他主義を研究していますが、あえて利己主義を絶賛している本も読む。そこまでして初めて利他主義の輪郭のようなものが見えてきます。

渋滞にしても、政策にしても、勉強法にしても、やはりちょっとズームアウトして全体を見ることが大事だと思いますね。そうすると違う視点が見えてくるものです。

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西成 活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学 先端科学技術研究センター教授
東京大学工学部卒業後、同大大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。専門は数理物理学、渋滞学。主な著書に『渋滞学』『誤解学』『無駄学』などがある。
三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。

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(東京大学 先端科学技術研究センター教授 西成 活裕、イーオン代表取締役社長 三宅 義和 構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)