第2回米朝首脳会談の「合意なし」という結果は、北朝鮮にとって誤算だらけだったようです。すでに金正恩体制は、内部崩壊の可能性が高まっていると指摘するのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さん。島田さんはさらに、日米の連携と信頼が高まったことだけが日本にとって良かったことであり、日朝交渉が実現しても行き詰まるであろうと予測しています。

デリケートな外交バランスの崩壊と悲劇の北東アジア?!

2月27日と28日にベトナム・ハノイで開催された第2回米朝首脳会談は、両首脳が合意文書に署名することなく、物別れに終わりました。その理由について、いろいろな可能性が報道されていますが、大事なことは「何も合意に達しなかった」という事実です。

会談終了からおよそ一週間の間、アメリカ側からは「2日目になって、金正恩氏が制裁の全面解除を要求してきたが、それはアメリカには到底飲める内容ではなかった」という内容や、「あくまでも大事なことは、完全かつ不可逆的な非核化であり、それは今後の核開発やICBMの開発のみならず、これまでに製造した核戦力及びICBMの廃棄と化学兵器など大量破壊兵器の廃棄を意味するが、北朝鮮からは寧辺の核施設の破壊のみしか提示されなかった」という内容が語られています。

北朝鮮側からは「全面的な制裁の解除を要求はしておらず、あくまでも国民生活に関係する部分に対しての制裁解除を求めただけで、全面的な制裁の解除は段階的であるとの意識」との反論がなされたり、「非核化については、寧辺の核施設の破壊で十分であり、これまで話し合ってきた非核化は既存の能力を指すものではない」との理解を繰り返したりしています。加えて、外務次官からは「米朝首脳会談の扉が閉ざされるかもしれない。アメリカはラストチャンスを逃した」との声明も出されました。

実際に両首脳と通訳だけを挟んだ会談で“なにが”“どこまで”語られたかは、トランプ大統領と金正恩氏にしか分かりませんが、第3回目の会談の約束が成されないまま、物別れに終わったことで、今は、非核化に向けた前向きの話し合いの継続よりは、両国内と周辺国・同盟国に向けたイメージ戦略に徹しています。もしかしたら、本当に北朝鮮の非核化に向けた話し合いのドアは閉じられたのかもしれません。

両国内の政治経済へのインパクトについては、それぞれに専門家の方が解説されるであろうと思いますので、詳説はいたしませんが、状況は深刻であることでは、アメリカも北朝鮮も共通していることと思います。

粛清か、クーデターか。内部崩壊の可能性高まる北朝鮮

北朝鮮については、今回の“失敗”を受けて、実務者の粛清の可能性が語られたり、不満が溜まりに溜まっている軍部によるクーデターの噂が高まったりしているようですし、さまざまなチャンネルを通じて今回の会談が決裂したことが国民に知れ渡っていく中、金正恩氏の求心力に大きな疑問符が突きつけられる傾向が見られます。

これまでのように国内での密告制度などを用いた締め付けや言論統制といった手法で押さえつけることが、もうかなわないかもしれません。つまり、戦争に訴えるまでもなく、北朝鮮の体制の内部崩壊で、国家としての体をなさない状況に陥る可能性が高まってきています。

それはなぜか?一言で表すなら、今回の会談失敗を受けて、中国が北朝鮮を見放すことになるからです。その兆候は、いくつかの動きを見て予測できます。一つ目には、往復とも中国経由の鉄道の旅となった金正恩氏ですが、本来ならば北京の習近平氏に“成果”の報告をしに立ち寄ることになっていたのを、中国側からキャンセルを入れたことがあります。

米朝首脳会談の結果、何かしら成果があれば、それを対米交渉の材料にしようと計画していたようですが、会談が物別れに終わったことで、北朝鮮の後ろ盾として、米朝首脳会談の合意内容を北朝鮮に履行させるべく働く対価を、切り札として使えなくなりました。反対に、これ以上、北朝鮮への肩入れのイメージが付くと、アメリカからの攻撃がより厳しくなると踏んだようです。

実際に、北朝鮮と距離を置く戦略は功を奏し、米中首脳会談に向けての実務者協議はdeadlockを回避し、いくつかの進展を遂げているとの情報があります。

他には、実は今回の会談前に、金正恩氏が北京を訪問した際に、「経済制裁の撤廃を求めるために、中国にも協力してほしい」との要請をしたようですが、習近平国家主席からは一蹴され、「それよりもまず、非核化が先だ」とたしなめられたようです。

それにも関わらず、アメリカ側のポジションを読み違えたのか、28日の米朝首脳会談2日目に「制裁の全面解除」をトランプ大統領に要求してしまったことで、見事に墓穴を掘り、それが習近平国家主席からの信用やサポートも一気に失ったと思われます。

これで体制保障の後ろ盾を失い、実質的に頼れる(うまく使える)のは、韓国の文大統領のみという図式になりましたが、日米の支持を失い、中国やロシアからも相手にされなくなった韓国政府に北朝鮮を支える力はないと思われます。(実際に、各国からは文大統領は、周辺国に対し出来もしない約束をばらまき、北朝鮮の手下になり下がって、今や完全に信頼を失っているという批判を受けています。)

「合意なし」による日本への影響は?

今回の会談で合意がなかったことは、日本にはどのような影響があるでしょうか。

良い点から指摘しますと、メディアも報じているように、トランプ大統領が大幅な妥協に走り、日本が孤立するという状況は避けることができました。No deal is better than bad dealが、まだうまく機能し、日米の連携と信頼は高まったかもしれません。

しかし、良い点は、恐らくこれだけでしょう。実際には対北朝鮮の交渉ではより複雑な状況になりましたし、北朝鮮の核の脅威は少しも和らいでいません。実際に3月6日は東倉里のミサイル発射場は復旧工事が始まっていますし、今回、廃棄対象として北朝鮮から差し出された寧辺も、報告されていない近隣の施設とともに、稼働中です。

そして、日本にとっては、ずっと前からテポドンやノドンという短中距離のミサイルの脅威は存在し、話題に上るICBMよりもはるかに技術的にも進んでいるため、つねに攻撃(もしかしたら核攻撃)の脅威にさらされ続けています。今回の首脳会談の失敗は、その脅威を取り除くことについても失敗と受け取るべきでしょう。

そして、私が懸念するのは、拉致被害者の問題を巡る日朝交渉についてです。会談後、安倍総理も含め、日本政府は、「会談中にトランプ大統領が2度にわたり拉致問題の解決について話した」ということに嬉々としていましたが、どの程度の話だったのか、その内容については確証がありません。

また、今回の会談決裂を受けて、北朝鮮が日本との直接交渉に傾くのではないかという淡い期待も表明されていますが、今、日朝首脳会談や協議を行うことは、非核化と制裁というマルチのゲームをよりややこしくする危険性があり、日本にとっては、アメリカとの微妙な外交的なバランスを悪化させかねないことになり得ます。

あくまでも日本の主目的は、拉致問題の解決だと思われますが、仮に何かしらの譲歩および情報が北朝鮮からもたらされたとしても、その対価として経済支援や日本も参加する国際的な対北朝鮮制裁を弱めるようなことを求められたら、交渉上、袋小路に陥ります。

韓国や中国は当てになりませんし、ロシアも当てにならない中、トランプ大統領は、拉致問題の解決に対してモラルサポートはしてくれるかもしれませんが、実質的な交渉の後押しにはなりません。もしかしたら、第2回米朝首脳会談前よりも、外交的には(交渉的には)難しさを極めている気がします。

あえてポジティブな材料を探すとすれば、今回の第2回米朝首脳会談が決裂したことで、完全にうろたえる韓国の文大統領が、3月1日の矛盾に満ちた演説で、日本への攻撃姿勢を弱めたことで、日韓の武力衝突はしばらく回避できそうな希望が出てきたことでしょうか。

全アジア、特に北東アジア地域を見た際、南シナ海における米中の軍事的な緊張は平行線を辿る中、極東アジア地域に広がるロシアの軍事的なプレゼンスの高まりが顕在化し、そしてそれに対抗する日米の連携がより密になる中、南北朝鮮、つまり朝鮮半島が、北東アジア地域における力の空白地帯として、大いに混乱材料となる(悲劇の根源となる)可能性がより高くなってきてしまいました。

第3回米朝首脳会談の見通しがしばらく立たない中、どのようにこの混乱のかじ取りをするのか。とても懸念すべき複雑な情勢になってきたと思われます。

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