『運び屋』特集|クリント・イーストウッド集大成の傑作── 10年ぶりにレジェンドを奮い立たせた前代未聞の実話
御年88歳を迎えた映画界の“生けるレジェンド”こと、俳優クリント・イーストウッドが自身の監督作としては『グラン・トリノ』以来10年ぶりに主演を務める映画『運び屋』が3月8日(金)より全国で公開される。
幾度となくドラッグを運び、巨額の報酬を得ていた90歳の“運び屋”。機知に富み、麻薬取締局の捜査を掻い潜り、伝説の“運び屋”となった老人の前代未聞の実話を描く。
これまで『許されざる者』や『ミリオンダラー・ベイビー』などで、米アカデミー賞作品賞や監督賞に輝き、俳優業のみならず監督業までをも自在にこなす、その類まれなる才能は、もはや世界中の誰もが知るところ。だが近年は『アメリカン・スナイパー』や『ハドソン川の奇跡』といった実話映画化作品で監督・製作をコンスタントに手掛けながらも、「今のハリウッドには自分が演じられる作品がない」と、一時は俳優引退をほのめかしていたこともあり、「イーストウッドが自作で演じる姿はもう見られないのではないか」と心配されていた。
そんなハリウッドきっての名優の心を再び奮い立たせたのが、2011年に実際に起きた、メキシコ最大の犯罪組織による「前代未聞」の麻薬密輸の摘発事件だった。その事件が全米中から注目を集めた理由は、大量のコカインを運んでいた男の年齢が、史上最年長とされる87歳だったことにある。老人はなぜ危険な「運び屋」になり、どうやって麻薬取締局の捜査網を掻い潜ることが出来たのか……?そんな「前代未聞の実話」に着想を得て、『グラン・トリノ』でも原案・脚本を手掛けたニック・シェンクが、イーストウッドを想定して書き上げたのが、この『運び屋』の脚本である。
イーストウッドが演じるのは、若い頃から仕事一筋でさんざん家族をないがしろにしてきた挙句、事業に失敗して家財の一切を失ってしまった90歳の孤独な老人アール・ストーン。高級ユリの栽培に熱中するあまり、愛娘の結婚式まですっぽかしてしまった過去を持つ。そんな愚行を家族が許すはずもなく、まさに「身から出た錆」といわんばかりにすべてに見放されたダメな父親なのだ。
退役軍人でもあるアールは、メキシコ系の男に「車を走らせるだけで金になる」と持ちかけられる。マイペースな安全運転で難なく仕事をこなしたアールは、多額の報酬を手に入れるのだが…オイシイ話には裏がある。それこそがメキシコの巨大麻薬組織によるドラッグの「運び屋」だったというわけだ。
ピックアップトラックを法定速度内の安全運転で走らせている老人が、麻薬カルテルのボスからも一目置かれる“凄腕”の「運び屋」だとは誰も思うまい。そんな「まさか」を利用して荒稼ぎをしたアールは、やがて新車を購入し自宅の農園を取り戻す。さらには退役軍人の施設にも多額の寄付を行い、孫娘の結婚式の準備金まで工面してあげるのだ。裏道に詳しく、気の向くままに寄り道をして、困っている人を見かけたら、迷わず助けてしまうお人良し。いくら仕事ができるといっても、そんな自由奔放なアールに、麻薬組織は監視役を送り込み、麻薬取締局の捜査の手も迫ってくる…。
なんといっても見どころは、190センチ以上あるとされるイーストウッドが、背中を丸めて歩く老いぼれた主人公を演じていることだ。最初こそ「さすがのイーストウッドも寄る年波には勝てないものなのか……」なんてちょっぴり切ない気持ちで見ていたのだが、実は名優が“名優たる所以”はここにある。
その「年寄じみた歩き方」こそが、イーストウッドが「養鶏所を営んでいた祖父を参考にした」渾身の役作りだったというではないか。イーストウッドがいかに現役バリバリであるかは、後半の麻薬カルテルのボスの邸宅で行われるパーティーのシーンから伺い知ることができる。イーストウッド扮するアールは、セクシー美女を2人も同時にお相手するほどの絶倫ぶりなのだ。
そんなアールの魅力をさらに引き立てるのが、かつてイーストウッド監督作『アメリカン・スナイパー』で主演を演じ、レディー・ガガの初主演映画としても話題を集める『アリー/スター誕生』では、監督・主演を務めているブラッドリー・クーパーだ。本作では、じわじわとアールを追い詰めていく粘り強い麻薬取締局の敏腕捜査官ベイツに扮しており、アール同様、仕事に熱中するあまり、家族を最優先してこなかったことを悔やんでいるという役柄だ。アールから「俺みたいになるんじゃないぞ」という言葉をかけられるクーパー自身、イーストウッドとの共演には感慨深いものがあったようで、出番がないシーンでも彼の演技を見学していたという。しかも「セットで2度、彼の演技を見ていて涙が止まらないときがあった」と明かしており、「俳優クリント・イーストウッド」に対するクーパーの想いが、いかに並々ならぬものであったのかが伺える。
アールの娘アイリスを演じているのが、イーストウッドの実の長女であるアリソン・イーストウッドであることも見逃せない。アリソンは自身が演じた役柄について「父親が家族より仕事を選んだことに対して、彼女はとても腹を立てている」と語っているが、まるでそのまま父イーストウッドに投げかけられているかのようでドキッとさせられる。だが、実の娘に共演を持ちかけたのが父であったことを考えれば、まさにこの『運び屋』という映画こそ、クリント・イーストウッドの映画人生の「集大成」ともいうべき作品だとも言えるのだ。
かつての監督作に出演した俳優たちや、実の娘との共演が、俳優としてのイーストウッドと、監督としてのイーストウッドを再び結びつける「蝶番(ちょうつがい)」のような役割を果たしているようにも感じられる。映画界のレジェンドの実人生をも滲ませた映画『運び屋』には、映画の魅力に憑りつかれて数々の傑作を世界にもたらしながら、家族との時間を犠牲にしてきた男の懺悔と贖罪、そしてかすかな希望も詰まっているに違いない。(文/渡邊玲子)
映画『運び屋』は3月8日(金)より全国ロードショー
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