■「安倍首相からノーベル賞に推薦された」

アメリカのトランプ大統領が2月15日のホワイトハウスでの記者会見で、こんな発言をした。

「日本の安倍首相からは、彼がノーベル委員会に送ったというすばらしい書簡の写しをいただいた。日本を代表して私をノーベル平和賞に推薦したと話してくれたので、私は『ありがとう』と伝えた」

テレビのニュースでトランプ氏のこの発言を聞いたときは自分の耳を疑った。「推薦された」などと記者会見という公の場で自慢すること自体がばかげているが、それ以上に推薦したという安倍晋三首相はどうかしている。それほどトランプ氏に花を持たせたいのか。

トランプ氏がヒラリー・クリントン氏に勝ち、アメリカの第45代大統領に決まったとき、安倍首相はどこの国の首脳よりも先にトランプ氏の元を訪れてお祝いの言葉を述べていたが、あのときの安倍首相の顔を思い出すと情けなくなる。どこまでもトランプ氏に擦り寄ってひざまずきたいのだろう。もはや安倍首相はトランプ氏の愛犬だ。

首相主催の夕食会でドナルド・トランプ米大統領と乾杯する安倍晋三首相=2017年11月6日夜、東京・元赤坂の迎賓館(写真=時事通信フォト)

■今度はロシアのプーチン大統領を推薦するかもしれない

そもそもノーベル平和賞自体がうさんくさい。政治的であり、かつ皮肉っぽいところがある。

たとえばかつてナチス・ドイツのヒトラーが候補のひとりに推薦され、「ノーベル戦争賞」と揶揄されたこともある。過去の受賞者の中には国際社会の平和に多大な貢献をした人も数多いが、中には「なぜ」と首をかしげるような人物もいる。

安倍首相は18日の衆院予算委員会で、推薦したかどうかについて「コメントすることは差し控えたい」と述べていたが、コメントできないのだったら最初から推薦などしなければいいのである。

アメリカ社会を分断させたトランプ氏に対し、皮肉の意味で「推薦した」のなら、それはそれで偉業だ。しかし安倍首相にそんな度胸はないし、芸当も持ち合わせていない。だから推薦したことが事実だとすれば、安倍首相は本心から推薦状を送ったのだろう。

この調子だと、今度はロシアのプーチン大統領をノーベル平和賞に推薦して念願の北方領土問題を解決しようと画策するかもしれない。

■「日本を代表して敬意を込めて推薦した」

トランプ氏の発言は、北朝鮮問題で自分がいかに実績を上げているかを記者団に示そうとして飛び出したものだ。トランプ氏によると、安倍首相は「日本を代表して敬意を込めて推薦した」と語り、ノーベル賞関係者に送ったという5ページの“素晴らしい書簡”を手渡した。トランプ氏は「ありがとう」とお礼の言葉を述べたという。トランプ氏はこの安倍首相とのやり取りがいつどこで行われたについては明かしていない。

トランプ氏は安倍首相が推薦した理由について「日本の国土をまたいで飛び越えるようなミサイルがこれまで度々、北朝鮮から発射されていたが、いまはなくなり、日本国民は安心している。私が北朝鮮と話をつけたからだ」と説明している。

だが日本にとって肝心の拉致問題は解決されていないし、北朝鮮は核・ミサイルの開発を水面下で続けている。トランプ氏にはこう申し上げたい。

「私たち日本人は安心などしていない」

■安倍首相を韓国・文大統領と間違えたのか

アメリカの一部メディアでは「安倍首相と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領とを間違えたのではないか」という憶測記事も出ている。なぜなら文氏は「トランプ氏はノーベル平和賞を受けるべきだ」と話したことがあるからだ。確か、米朝首脳会談が開かれる前の昨年4月だったと思う。ちょうどそのころ、集会などでトランプ氏は支持者たちから「ノーベル賞に値する」と騒がれていた。

ノーベル平和賞の推薦者が安倍首相であろうと、韓国の文氏であろうと、拉致と核・ミサイル開発の問題が解決されていないことは事実である。

トランプ氏と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)・朝鮮労働党委員長との2回目の米朝首脳会談が、2月27日と28日の両日にベトナムで行われる。拉致と核・ミサイル開発の問題解決にどこまで迫ることができるだろうか。

■来年の大統領選に勝ちさえすればいい

2月7日付の朝日新聞の社説は「米朝再会談へ 真の成果へむすびつけよ」と見出しを掲げ、トランプ氏の「一般教書演説」に触れた後、こう書き出す。

「昨夏以来、2回目となる。長く敵対してきた両国の首脳による対話自体は好ましい。しかしトランプ氏の場合、目先の成果の演出と妥協に走り、本来の目的を見失う懸念が拭えない」

「本来の目的を見失う」。まったくその通りである。支持者にアピールすることで、来年の大統領選に勝ちさえすればいいというトランプ流を、朝日社説はよく理解している。

「あくまで朝鮮半島の和平と非核化への道筋を描くことが、会談の狙いであるべきだ。前回のように事前の調整が乏しいままでは真の成果は望めない」

これもその通りだ。沙鴎一歩が前述したように核・ミサイル開発の問題解決へ向けたはっきりした具体的な道筋を米朝間で確認し合う必要がある。いや確認し合うだけでは不十分だ。トランプ氏と金氏の2人が“血判状”を取り交わし、その決意を国際社会に示すべきである。

■日本のことを考えて北朝鮮と会談したのではない

朝日社説は続ける。

「北朝鮮は表向き、核・ミサイル実験を自制しているが、国連で制裁状況を監視する専門家たちは、いまも開発が続いていると分析している。洋上で違法に物資を積み替える『瀬取り』の通報も絶えない。米国は、これらの追及も心がけるべきだ」

北朝鮮の核・ミサイル開発の自粛が表向きにすぎないことを一番よく知っているのは、アメリカ政府だ。諜報活動や軍事行動によってトランプ氏には詳細な北朝鮮情報が届いている。

そうした情報に基づいてトランプ氏は昨年の米朝首脳会談の際、金氏に「アメリカ本土まで飛ばせる能力を持つ弾道弾ミサイルの開発は許さない」と忠告したはずだ。北朝鮮がミサイルを飛ばさなくなったのは、その忠告が効果を上げたからだろう。トランプ氏は日本のことを考えて金氏と会談したのではない。米国本土を守るために会談したのだ。自国の利益を最優先にする。それが外交の基本である。

朝日社説はこのように続ける。

「韓国政府は、朝鮮戦争の終戦宣言を出すことも、北朝鮮を動かす誘因策になりうると訴えている。確かに、和平の象徴としての宣言で北朝鮮が軟化するならば検討に値するだろう」
「しかし、宣言を大義名分として、在韓米軍などの軍事力の削減や制裁緩和を一方的に求めるようであれば話は違ってくる。どのような交渉になるにせよ、日本や韓国との緊密な調整のうえで取り組むべき問題だ」

「和平の象徴としての朝鮮戦争の終戦宣言」を表だって肯定する姿勢は、朝日社説らしいが、予想される北朝鮮の「在韓米軍の軍事力削減や制裁緩和」の要求に対し、ストレートに釘を刺そうとするところは以前の朝日社説のスタンスとは少しばかり違う。北朝鮮を完全否定する産経新聞の社説の方向に向いている。それだけ北朝鮮の脅威が強いわけだ。

■北朝鮮の脅威はなくなっていない

それでは2月7日付の産経新聞の社説(主張)を読んでみよう。

「トランプ氏は、北朝鮮が核実験やミサイル発射を行っていない現状を外交成果として強調し、『私が大統領に選ばれていなければ本格的な戦争になっていただろう』とも述べた」
「軍事力を含む米国の強い圧力が北朝鮮に危険な挑発をやめさせ、金氏を交渉のテーブルに着かせたことは事実である。だがそれは、初の米朝会談があった昨年6月の状況だ」
「問題はその後である。非核化へ向けた具体的な進展はなく、北朝鮮は核や弾道ミサイルを保有したままで、脅威は減じていない」

脅威はなくなっていないのだ。だれもが分かっていることだと思うが、「私が大統領になっていなければ戦争になっていた」というトリッキーな発言にだまされ、ついトランプ氏を信じてしまう。日本としては2回目の金氏との会談で、トランプ氏の一挙一動に目を離さず、彼の口から発せられる流暢な言葉に気をつけなければならない。もちろん金氏の動きと言葉にも注意をはらいたい。

■「安易な取引は止めるべきだ」と忠告すべき

今度の米朝首脳会談ではどうすべきなのか。

産経社説は「2度目となる米朝会談では、北朝鮮に全ての核戦力の申告、検証を受け入れさせるなど、完全な非核化に向けた具体的な行動を引き出さなくてはならない」と主張し、「北朝鮮は米側に『相応の措置』を求めている。体制保証や制裁緩和を指すとみられる。段階的に見返りを与えれば圧力が緩み、核・ミサイルの温存につながる」と指摘する。

そのうえで産経社説は要求する。

「安倍晋三首相は、米朝再会談前にトランプ氏と電話会談を行う意向を表明した。安易な取引に応じぬよう念を押すとともに、中距離ミサイルの廃棄や、拉致問題の全面解決に向けた協力も取り付けてほしい」

安倍首相がトランプ氏と親しい関係にありう、擦り寄るだけの“愛犬”ではないと言うなら、産経社説が指摘するように「安易な取引は止めるべきだ」とはっきり忠告すべきである。

アメリカの大統領に忠告ができてこそ、独立した日本の首相と言えるのではないだろうか。

■過去最高の35日間も政府機関の一部が閉鎖

トランプ氏の強権政治によってアメリカは国家の危機に追い込まれている。

2月15日には、メキシコ国境での壁建設の巨額費用を捻出するため、異例の「国家非常事態」を宣言した。この国家非常事態宣言は、戦争や大規模なテロの発生時に大統領に広範な権限を与えるものである。議会承認なしに国家の運営ができる。1976年以降、これまで計約60回発令されてきた。2001年9月11日のあの同時多発テロのときにも発令されたが、たびたび権力の乱用につながると批判されてきた。

トランプ氏にとって壁の建設は第1の公約である。だが、壁建設をめぐっては下院多数を握る民主党と激しく対立。その結果、予算の失効で過去最高の35日間も政府機関の一部が閉鎖される事態を招いた。

トランプ氏は自らの公約を実現するために、本来国民のために行うべき国家非常事態宣言を発したのだ。その政治姿勢は歪んでいるとしか言いようがない。

■日本の民主政治もいつ崩壊してもおかしくない

2月17日付の朝日社説は「米政治の混迷 真の非常事態は分断だ」との見出しでトランプ氏を批判する。

朝日社説は冒頭から「1兆円近い公金を議会の承認もなく大統領の一存で使うという。いまや米国は独裁に近い国に成り果てたのだろうか」と皮肉を込めて書き、「トランプ大統領が、メキシコ国境での壁の建設費を一気に増やすために異例の手段に出た。国家非常事態の宣言である。大統領の権限で国防費などを振り向けるという」と指摘する。

さらに朝日社説は筆を進める。

「これまで外国への制裁や、災害、テロ、伝染病などに関連して出されてきたが、今回はまったく様相が違う。議会が認めない予算を大統領が確保する政争の具として宣言されたのだ」
「米国が長い歴史をかけて築いてきた民主政治が揺らぎかねない事態である。内閣が予算を作成・提案する日本と違い、米国の予算編成は議会の専権事項とされている。トランプ氏の独断は、その厳格な三権分立の破壊行為に等しい」

朝日社説が指摘するように、これは民主政治の危機だ。そして日本の安倍首相は、そんなトランプ氏に擦り寄り、多数の力に頼る強権政治を続けている。日本にとってアメリカの政治の混迷は対岸の火事ではない。日本の民主政治もいつ崩壊してもおかしくないところまで来ている。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)