近年、急速に耳にする機会が増えている「オウンドメディア」は、主にインターネット上の“媒体”を指す言葉。成功しているサイトの秘密を探る。

■企業が消費者と直接繋がる効果とは

企業が運用するオウンドメディアでは、自社製品やサービスをブランディングする目的で、日々多くの記事が公開されている。

写真=iStock.com/golibo

「オウンドメディアに取り組む企業が国内で増えたのは、ここ2、3年のことです。この流れを後押ししている要因の1つには、“売り込み型”の宣伝が効かなくなってきたことが挙げられます。テレビCMは録画ならレコーダーのボタン操作で瞬時に飛ばされますし、放送中に視聴していてもCMに変わった途端にスマホでSNSやニュースをチェックするようになっています。ウェブでも、バナー広告のクリック率は10年前に比べてケタ違いに低くなりました。そこで、企業は消費者の知りたいことを自らコンテンツ化して発信することで、消費者に見つけてもらおうと考えるようになったわけです」

そう解説するのは、イノーバ社長の宗像淳氏。昨今、SNSによるマーケティングが盛んに行われるようになり、企業が消費者と直接繋がる効果が見直されてきたという。簡単に言えば、自社製品に関連する情報を記事化して発信し、それに関心を持つ読者(見込み客)を引き寄せるマーケティング手法が、オウンドメディアなのだ。

「記事制作のための人員を広告代理店から出向させて、社内に常駐させる企業も珍しくありません。さらに、前日のツイッターのデータを購入し、直近の数時間で流行ったトピックを分析し、それに合わせた内容の記事を大急ぎでつくるなど、記事をヒットさせるためのさまざまな工夫がされています」

そうして集客したうえで製品を周知させたり、ECサイトの売り上げを増やすといった成果を上げるのが目的だ。

「また、メルマガの購読や、カタログや資料の配布に繋げる手法もあります。申し込む際に専用フォームから個人情報を入力させることで、その情報に関心を持つユーザーを特定し、その後の営業に活用するやり方ですね」

ただし、相応の予算と労力を要する手法だけに、すべてが成功しているわけではない。なかには1000万円超の大型予算を投じて数千本もの記事を発信しながら、まるでアクセスが集まらなかった失敗事例もあるという。

「いかに検索サイトで見つけてもらうかが大切なので、Googleの検索ランキング決定基準に応じた記事づくりが必要になります。たとえば現状の基準では、1つの記事にどれだけ情報が密度濃く入っているかが重視されるので、短い記事を多く打つよりも、長文の記事をつくったほうが効果的です」

そこで各社は知恵を絞り、多彩な手法でオウンドメディアを運用している。具体的な成功例をチェックしていこう。

▼owned media 法則1
「Lidea」ライオン

■消費者とのコミュニケーションを商品開発に生かす

ライオンがそれまでの生活情報サイトを刷新し、オウンドメディア「Lidea」をスタートさせたのは2014年のこと。オーラルケアやヘルスケア、さらには掃除や洗濯など日々の暮らしに役立つ記事を発信するメディアだ。

「お洗濯」「お掃除」「キッチン」など、6つのカテゴリーで生活のアイデアがまとめられている。https://lidea.today

たとえば最新の記事を覗いてみると、健康な歯を維持するための「予防歯科」のレクチャーや、レインコートを洗濯するコツ、風邪や食中毒を予防する正しい手洗いの方法など、自社の強みを最大限に生かしながら、時節に合わせた記事を発信しているのがわかる。こうして読者を集めることで得られたデータを、商品開発やプロモーションに活用しているのが特徴だ。

「消費者と直接コミュニケーションを取りながら、DMP(データマネジメントプラットフォーム)と呼ばれるシステムを導入し、常に顧客データを蓄積しています。会員登録をすればライオンの商品を購入する際に使えるクーポンが付与されるなどの特典を用意し、消費者とより強固な関係を築く。そのうえで、アクセスデータを自社で一元管理することで、市場分析や広告手法に活用しているのです」

(上)「お洗濯マイスター」など、各分野の専門家が情報を提供している。(下)会員登録をすることでクーポン配布やおすすめ記事のレコメンドを受けられる。

まずは読者の支持が得られなければ始まらないわけだが、そのための工夫は随所に見られる。「みんなのハテナ」というコーナーでは、読者から質問を募集。一方通行の発信ではなく、コミュニケーションの場を設けている。また、「お洗濯マイスター」や「リビングケアマイスター」「オーラルケアマイスター」など、各分野のノウハウに長けた自社スタッフを専門家として立てることで、記事の信頼性を担保するのもそのひとつだ。

主には主婦向けの記事づくりが目を引くが、時には男性向けに発信したり、イベントと連動させたりと、読者層の拡大にも余念がない。

こうして「Lidea」を人気メディアに育てることで、多くの消費者と接触、そこで得られたデータを漏らさずストックし、ビッグデータとして活用する。これぞ、オウンドメディアを用いたマーケティングの王道と言えるだろう。

「また、常に消費者とコミュニケーションを取ることで、人々が暮らしの中で抱えている問題や、関心が高まっている分野などを敏感に察知し、それを商品開発に生かすことができます。さらに、広告手法への反映も行われています。たとえば消費者の嗜好や流行を読み解き、店頭でのポップをより関心を引きやすいものにアレンジすることにも生かされているそうです」

大手企業が“メディア”の読者のデータを自ら直接収集する取り組みは興味深い。

こうした流れを受け、宗像氏は「テレビ局や出版社などの商業メディアと、一般企業の垣根が曖昧になりつつある」と現状を語る。人気メディアを所有する恩恵は計り知れない。

▼owned media 法則2
「wisdom」NEC

■メール会員確保で潜在顧客を掘り起こす

ビジネスパーソンをターゲットに、ビジネスに役立つ経営・戦略やマネジメント、マーケティングにまつわる記事を配信している「wisdom」。運営元のNECはICT(情報通信技術)の機器とシステムを手掛ける最大手企業で、オウンドメディアを通して“見込み客”を掘り起こすことに成功している。

最新トピックをスピーディーに記事化し、潜在顧客の関心を引き寄せている。https://wisdom.nec.com

「2004年に開設された、オウンドメディアの老舗です。当時の広報サイトでは、製品やサービスの情報は充実していましたが、製品の購買を目的とした顧客でない人にとっては興味を持ちづらい内容だった。そこで、新規顧客やビジネスの課題が明確になっていない人たちとも接点を持つ目的で立ち上げられたそうです。商品やサービスを売り込むためではなく、ビジネスパーソンの課題を解決したり、仕事のヒントを与えるコンテンツなので読者目線で面白い。ビジネス誌顔負けですよ(笑)」

モザンビークのバイオ燃料事業、栃木発イチゴ収穫ロボット、世界の働く環境と保育事業――記事は多岐にわたる。

「そうして獲得した読者をメール会員に登録させ、情報配信のほか、セミナーやイベントへの参加を促すなど、読者とのコミュニケーションをうまく販促に繋げています」

会員を囲い込んで継続的な接触を図ることにより、読者を顧客として育成。

「いまは自社製品の導入事例なども入れて、商品やサービスサイトに誘導する工夫もありますが、開設当初は社名も出さなかったぐらい宣伝色を排して運営されていました」

潜在顧客層との関係づくりに徹するという姿勢が、幅広くユーザーを獲得している。

▼owned media 法則3
「SonicGarden」ソニックガーデン

■社長のブログで自社ブランドを強化

オウンドメディアとして独立したサイトを用意せず、ブログを活用して自社ブランディングに生かしているのが、ソフトウエア開発を手掛けるソニックガーデンだ。

定期的に更新される倉貫社長のブログは、読み物としても面白い。https://www.sonicgarden.jp

まだ零細企業だった2011年の設立時から社長の倉貫義人氏が発信し続けているブログは、そのメッセージ性の強さから、絶大なマーケティング効果を発揮している。つまり、最低限のコストで大きな宣伝効果を発揮している事例と言える。

「これは“ソート・リーダーシップ”と呼ばれる手法です。独特のこだわりや世界観で顧客を魅了する。たとえば、スティーブ・ジョブズのスピーチが好例でしょう。倉貫氏が自社独自の考え方や仕事の進め方を積極的に発信することで、有料広告を出稿することなく、ブログだけで新規顧客を獲得することに成功しています」

ソニックガーデンでは、「納品のない受託開発」というコンセプトを掲げ、完成品を売るのではなく、月額定額で受託開発を行うモデルを運用している。そのメリットや自社の思いを強く訴えることで、会社自体がブランディングされる。これはいわば、生産者の顔が見える産直野菜に近い効果があると宗像氏は解説する。

「理念の啓蒙によって、採用面で強みを発揮しているのもソニックガーデンの特徴でしょう。ソフトウエア開発の現場では、いかに優れた人材を確保できるかが勝負のわかれ目です。いいエンジニアがより多く入社すれば、結果として、企業の競争力アップに寄与することになるのです」

多額の予算を投じなくてもできることがある、という好例だろう。

▼owned media 法則4
「ひつじ不動産」ひつじインキュベーション・スクエア

■積極的な情報発信でニッチな市場を開拓

「オシャレオモシロフドウサンメディア」なるキャッチフレーズが添えられた「ひつじ不動産」は、シェアハウス専門の情報サイトだ。運営元のひつじインキュベーション・スクエアは不動産仲介業者ではなく、サイトは物件情報の出稿料で成り立っている。

ベースは賃貸情報サイトで情報量は膨大。思わず読みたくなる切り口を重視。https://www.hituji.jp

「競合の多い不動産業界において、『ひつじ不動産』が圧倒的な知名度とアクセス数を誇るのは、シェアハウスというニッチな市場にいち早く着目したからだと言えるでしょう。さらに各物件の紹介記事では、間取りや賃料などの情報だけでなく、その周辺の地域ネタも豊富に用意し、入居後の生活を読者がイメージしやすいよう工夫されています。これはオウンドメディアならではの手法です」

サイトを見ると、単に賃貸物件の羅列ではなく、ひとつひとつの物件情報が質の高いレビュー記事として展開されている。すべての物件をスタッフが直接訪問し、時には最寄り駅からの道中に見られるトピックまで取材することで、信頼性が高い記事づくりがなされている。シェアハウスに関心の低い読者でも、巧みに潜在ニーズを喚起する構成だ。

「問い合わせなどのデータを蓄積して分析し、『シェア住居白書』というレポートも掲載しています。シェアハウスの実態を数値データで示すことにより、入居を検討する読者の不安を軽減するほか、シェアハウス周辺ビジネスの活性化を狙っているのですね」

ニッチな市場だからこそ、見せ方次第で伸びしろがあることを実感させてくれる。ジャンルを問わず、あらゆるオウンドメディアを制作する際のヒントになるだろう。

▼owned media 法則5
「北欧、暮らしの道具店」クラシコム

■背景をコンテンツ化して商品の購入を促す

今やインターネットは重要な販路のひとつだが、だからこそ、情報過多の中でいかに存在感を発揮できるかが肝となる。どれだけ優れた商品が並んでいても、その魅力が伝わらなければ購買に繋がらないのは言わずもがなだ。

クラシコムが運営する「北欧、暮らしの道具店」は、食器や日用雑貨といった北欧発のプロダクトを中心に扱うECサイト。注目すべきは、ショッピングページでは伝わりきらない商品の情報を、コラムや特集記事で補完している点だ。

「読みもの検索」のコマンドも用意され、商品の魅力を伝える一助に。https://hokuohkurashi.com

「ECサイトで重要なのは、何げなく訪れた“見込み客”に対し、また訪れたくなる仕掛けがあるかどうかです。その点、『北欧、暮らしの道具店』は、商品の使い方や購入後の生活が具体的にイメージしやすい。これによって、偶然サイトを訪れたユーザーであっても、このジャンルや商品に好感を持つ“態度変容”を起こしやすくなります」

いかに態度変容を起こさせるか。これはオウンドメディアの至上命題というべきポイントだろう。商品ページを開くと、スタッフが実際に使った感想や、使っている場面を思い起こさせる写真や文章も掲載。さらに、プラスアルファのコンテンツが充実しているのも成功の秘訣だという。

「バイヤーの買い付け日記や、北欧の現地生活レポートなど、商品にまつわることをさまざまな手法で伝える工夫がされています。“北欧”というキーワードから、サイトを訪れる客は女性が多い。その嗜好をしっかりと読み解いているのがわかります」

最終的には商品購入に繋げるため、まずはファンを増やすことが大事なのだ。

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宗像 淳(むなかた・すなお)
イノーバ社長
東京大学文学部卒業、ペンシルべニア大学ウォートン校MBA。富士通、楽天、ネクスパス(現トーチライト)を経て、2011年イノーバ設立。オウンドメディアを活用したマーケティングを数多く手掛ける。

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(友清 哲 写真=iStock.com)