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「便所のような国」発言など、就任1年を迎えてもトランプ大統領の暴言がとまらない。自分の発言が混乱を招くことを、なぜ理解できないのだろうか。精神科医の片田珠美氏は「トランプ氏が攻撃的なのは、『無自覚型』の自己愛性パーソナリティ障害だからではないか」とみる――。

■野に放たれたトランプの「精神状態を懸念」する声

アメリカのトランプ大統領が、就任から1年を迎えた。この1年間にトランプ氏が吐いた暴言と巻き起こした混乱は、枚挙にいとまがない。

そのため、トランプ氏の精神状態を懸念する声があがっている。たとえば、今月発売された暴露本『FIRE AND FURY(炎と怒り)』(早川書房が日本語訳版を2月下旬に発売予定)を執筆したジャーナリストのマイケル・ウルフ氏は、この本を出版した理由の1つに、「トランプ周辺の100%が精神状態を懸念している」ことを挙げている。

こうした懸念に対して、トランプ氏はツイッターで自身について「賢いというより天才に値する。安定した天才だ」などと反論した。さらに、就任後はじめて受けた健康診断の結果を発表した。診断結果によると、トランプ氏は任期終了まで良好な健康状態を維持する見通しで、認知機能の問題もないという。

ただ、一連の言動は、彼が強い自己愛の持ち主であることを示唆しており、自己愛性パーソナリティ障害ではないかと疑わざるを得ない。もちろん、私はトランプ氏を直接診察したわけではなく、確定診断を下せる立場にはないが、彼を観察していると、典型的な「無自覚型」の自己愛性パーソナリティ障害という印象を受ける。

▼トランプは「無自覚型」の自己愛性パーソナリティ障害

アメリカの精神科医、グレン・ギャバードは、自己愛性パーソナリティ障害を「無自覚型」と「過剰警戒型」の2つのタイプに分けたのだが、トランプ氏は、前者の「無自覚型」であるように見える(“Two Subtypes of Narcissistic Personality Disorder”直訳すると、『自己愛性パーソナリティ障害の2つの類型』。邦訳は未発売)

ギャバードは、「無自覚型」の特徴として次の6つを挙げている。

1)他人の反応に気づかない
2)傲慢で攻撃的
3)自己陶酔
4)注目の的でいたい
5)“送信器”はあるが、“受信器”がない
6)他人の気持ちを傷つけることに鈍感

■自分のほうが“上”だと誇示したい欲望

まず、トランプ氏が、「便所のような国」発言をはじめとして他人を侮辱するようなことを平気で言うのは、1)他人の反応に気づかないうえ、6)他人の気持ちを傷つけることに鈍感だからだろう。いずれも、想像力と共感の欠如に由来する。だから、相手が抗議しようが、うんざりしようが、お構いなしに暴言を吐くし、自画自賛する。

これは、5)“送信器”はあるが、“受信器”がないことにもよる。ツイッターで過激な発言を繰り返すトランプ氏は“送信器”の塊のように見えるが、自分がいかに優秀で、どれだけすごい実績があるかを認めてほしいという承認欲求が強いせいだろう。だから、自分の発言を相手がどのように受け止めるかを考えてみようともしない。

この強い承認欲求は、前任者の功績をすべて否定する「ちゃぶ台返し」の形でも表れる。オバマケア廃止、TPPとパリ協定からの離脱、イラン核合意破棄などを決断した一因に、オバマ大統領の功績を否定し、自分のほうが“上”だと誇示したい欲望があることは否定しがたい。

当然、敵意や反感を買う。だが、それを敏感にキャッチする“受信器”がない。あるいは、“受信器”は一応あるのだが、その感度が非常に低い。だから、しばしば「どうでもいい」と軽視して、意に介さない。

トランプ氏が、就任1年目の1月20日に全米各地で開かれた抗議デモについて、「この12カ月で実現した前例のない経済的成功と富の創出を祝うがいい」とツイートしたのも、“受信器”の感度に問題があるからではないか。

▼自分自身を過大評価すると傲慢になりやすい

2)傲慢で攻撃的なのは、強い自己愛ゆえに自分自身を過大評価しているからだろう。古代ローマの哲学者、セネカが見抜いているように、怒りは「己に対する過大評価から生じる」ので、自分自身を過大評価していると、ささいなことで怒って攻撃的になりやすい。

自分自身を過大評価していると、傲慢にもなりやすい。これは、特権意識を抱き、「自分は特別な人間だから、少々のことは許される」と思い込むせいだ。もしかしたら、世界最強の国であるアメリカの大統領になったということは、世界の王様になったも同然だから、自分を過大評価しても、特権意識を抱いても許されるとトランプ氏は思っているのかもしれない。いや、そもそも、自分自身を過大評価している自覚さえない可能性が高い。

この過大評価のせいで、3)自己陶酔にも陥りやすい。「自分はこんなにすごい」と思い込み、周囲が見えなくなるからだ。そのうえ、先ほど取り上げた“受信器”の機能不全があると、周囲の反応に全然気づかず、自己陶酔に歯止めがきかない。

とくに、4)注目の的でいたいという自己顕示欲が強いと、注目を浴びるためなら何でもするので、暴走にさらに拍車がかかる。自分の所有する建物に自分の名を冠し、大学にも自分の名前をつけ、自分のテレビ番組を持っていたトランプ氏は、この自己顕示欲でも横綱級である。

■核のボタンを持つトランプは精神科医を受診せよ

このように、トランプ氏には「無自覚型」の自己愛性パーソナリティ障害の特徴がすべて認められる。ギャバードはトランプ氏を直接診察したことがあるのではないかと思うほどだ。おそらく、アメリカには似たような人物がたくさんいて、そういう人物を診察した経験から6つの特徴に気づいたのではないか。

自己愛性パーソナリティ障害は、病気というよりは性格の偏りなので、薬を飲んだからといって治るわけではない。困ったことに、この自己愛性パーソナリティ障害が最近激増しており、アメリカでは20代の人のおよそ10人に1人、全年齢の16人に1人が自己愛性パーソナリティ障害と診断された経験があるという。

トランプ氏もそのうちの1人であり、核のボタンを持つ立場にある以上、精神科医の診察を受けるべきだと思う。しかし、彼は典型的な「無自覚型」なので、精神科受診を断固拒否するだろう。

▼「薬では治癒しない」トランプ的な性格の人は日本にも大勢いる

トランプ氏ほど強烈ではないにせよ、この手の人物は日本にもいる。とくに、企業の管理職に多い。

たとえば、業績が良く、できる人材が集まった部署に異動してきた40代の男性部長は、前任者のやり方をすべて否定しなければ気がすまないタイプで、部下の多くが困っている。

この部長は、とにかく前任者のやり方にケチをつけ、ひたすら部下にダメ出しすることで威厳を保とうとする。しかも、メディアで新たな手法が脚光を浴びるたびに、すぐに導入したがり、その研修に参加するよう部下に命じる。

そのため、「これまでのやり方でうまくいっていたし、業績も良かったのに、なぜ変えるんだ」という不満があちこちで出ているのだが、この部長はまったく気づいていないようだ。それどころか、「どうだ。新しいやり方のほうが、うまくいくだろう」と同意を求め、自画自賛するので、部下は答えに窮するという。

こういう人はどこにでもいるが、何よりも厄介なのは、当の本人が無自覚なことだ。過去の成功体験が大きく、現在も強い権力を握っているほど、周囲は迷惑する。その典型例を紹介しよう。

■トランプに瓜二つ ある私立大学の学長がしたこと

某私立大学の学長は、名門国立大学の教授を定年退官した後、この大学の学長に就任したのだが、専門がドイツ哲学だったので、就任直後にドイツ語の哲学書を買うよう要求し、購入リストを一緒に連れてきた弟子に作成させた。

しかし、この大学は毎年定員割れしていて、図書購入の予算が少なかったので、図書館の責任者は、学長から渡された購入リストに記載されていたドイツ語の哲学書をすべて購入するわけにはいかない旨を伝え、「うちの大学は、中学生レベルの英語の本も満足に読めない学生さんばかりなので、ドイツ語の本を読める学生さんはほとんどいないと思います」と理由を説明した。

すると、学長は「何を抜かすか!」と激怒し、「私がこの大学の学長になったからには、東大や京大に匹敵するほどの名門大学にするつもりだ。その一環として、戦前の旧制高校の教養教育を復活させたいと思っている。そのためにも、ドイツ語の哲学書は必要なんだ!」と怒鳴った。そして、事務長を呼びつけ、図書館の責任者を庶務課に異動させた。

図書館の責任者の対応は至極まっとうだと私は思う。名門国立大学のように図書購入の予算が潤沢なわけではないので、ドイツ語の哲学書の購入の優先順位が、多くの学生にとって必要な入門書や参考書などよりも低くなるのは当然だ。

▼「ちゃぶ台返し」は日常茶飯事 結局、解任された学長

もっとも、それが受け入れられなかったからこそ激怒したのだろうが、学長にとって何よりも受け入れがたかったのは、この大学のレベルの低さである。偏差値が50に届かないことが、かつて名門国立大学の教授だった学長には受け入れられなかったようで、あの手この手で偏差値を上げようとした。入試システムも頻回に変えたのだが、そのたびに、委員会や教授会で一度決まったことを学長がひっくり返す「ちゃぶ台返し」が日常茶飯事だった。

しかし、偏差値がそう簡単に上がるはずもなく、業を煮やした学長は、大手予備校に電話して、「おたくがうちの大学に低い偏差値しかつけないのは、営業妨害だ。そのせいで、うちの受験生が減っている」と文句を言ったらしい。

大手予備校を怒らせたら、受験指導の際にこの大学を紹介してもらえなくなる恐れもあるのだが、そういう可能性には想像が及ばなかったようだ。案の定、受験生は減り続けた。そういう現実を受け入れられなかったのか、学長は定員割れの責任を教職員のせいにして、「○○はバカで単純」「この大学はバカばかり」などと暴言を吐いた。

学長の暴言と「ちゃぶ台返し」で教職員が疲れ果てたので、一部の教授陣が理事長に「学長は朝令暮改の連続で、みんな振り回されて、クタクタです」と直訴した。

その結果、学長は理事会で解任されたのだが、これは、学長よりも強い権力を持つ理事長がいたからこそできたことだ。アメリカには、トランプ氏よりも強い権力を持つ人間はいない。世界中を見回しても、そんな人間はいないので、トランプ氏は無自覚のまま大統領の座に居座るのではないだろうか。

(精神科医 片田 珠美 写真=iStock.com)