矢部太郎『大家さんと僕』(新潮社)

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90代でも「健康長寿」な人は、どこが違うのか。シニア女性誌の元編集長・矢部万紀子氏はベストセラー『大家さんと僕』(新潮社)から、3つのポイントを見いだす。それは「優しくて、好奇心が強くて、イケメンが好き」。どういうことなのか――。

■大家さんの第一声は「ごきげんよう」

『大家さんと僕』(新潮社刊)という本が売れている。お笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎さんによるエッセイ漫画だ。10月30日に発売され、翌日には重版が決まり、現在15万部だそうだ。

不動産屋さんから紹介されたアパートは2世帯住宅だった建物で、1階に大家さんが住んでいる。高齢でとても上品な人だと聞かされた矢部さんが挨拶に行くと、第一声が「ごきげんよう」。とても小さな大家さんが、ゆっくりゆっくり歩いてくる姿が愛らしく描かれ、「ごきげんよう」は吹き出しの中に描かれて、その横に「僕は生まれて初めて『ごきげんよう』と挨拶する人に出会いました」と矢部さんの独白が入る。

そのスタイルで、二人の暮らしが描かれる。大家さんの年齢は「終戦の時十七だったから」と答える。2018年の8月15日には90歳、という計算になる 。

最初は距離をとっていた矢部さんが少しずつ話をするようになり、次第に親しくなり、一緒に買い物に行ったり、旅行に行ったりと、まるで二人暮らしのようになっていく。

帯に「誰かと暮らす、幸せ」とある。それぞれがそれぞれを思いやる気持ちがしみじみと伝わってくる、とても温かなエッセイだから、ヒットも当然だと思う。

そして、最近までシニア女性誌の編集長を6年余りしていた私には、すごくステキな発見があった。それは、大家さんという人のさまざまな特徴、いや特長が、私がひそかに思っていた「健康長寿」な女性の特長と重なっている、ということだった。

■みな優しくて、好奇心が強い

今どき、健康に活動している70代は男女ともに珍しくないだろう。だが80代、それも後半、ましてや90代となると、そうは多くない。私は仕事柄、80代、90代でも元気に仕事をしている女性とお目にかかることが少なからずあった。そしてその方々に共通する点を発見していた。

一つは優しいこと、もう一つは好奇心が強いこと。その二つだった。

優しくて、好奇心の強い女性が、必ずしも健康長寿で活躍するとは限らないだろう。だが、健康長寿で活躍している女性に出会うと、みな優しくて、好奇心が強いのだ。『大家さんと僕』の大家さんも、優しくて好奇心が強いとお見受けした。

エッセイの最後の方で体調を崩し、入院する場面も描かれていたので、大家さんの現在が知りたくて、12月18日に新潮社が開いた矢部さんのトークイベントに参加した。終了後、矢部さんによるサインの列に並び、こっそり大家さんの体調を聞いてみた。

「お元気です。『大家さん、生きてる』って帯に書いとけ、心配になるって、先輩にも言われました」と、ある芸人さんの名前をあげて答えてくれた。

なので安心して、「大家さんから読み解く、健康長寿の秘密」について書いていく。

■困ったことがあれば、自然と励ましてしまう

まずは「優しさ」だ。矢部さんと大家さんが親しくなり始めた最初の頃に、こんなことがあった。矢部さんが出たバラエティー番組を大家さんが見る。ガリガリに痩せた矢部さんが、プロレスラーに投げられるという企画だ。大家さんはびっくりする。「矢部さんは何も悪いことをしていないのに、なんであんな仕打ちにあうの」と尋ねる。

そして、「元気出して、お米よ」と袋に入ったお米を矢部さんにくれる。「大家さん あれが 僕の仕事です」と矢部さんの独白が入り、ペーソスを感じさせるのだが、私はもうこの時点で、「あ、大家さん、これは長生きポイントです」とつぶやいていた。

知っている人を、優しい目で見ているのだ。困ったことがあれば、自然と励ましてしまうのだ。何かをプレゼントするという行為はおまけ。心配の形。

矢部さんは大家さんからいろいろな品をもらう。スーツケース、すいか、お皿……。疎開していた長野からと「おやき」ももらう。

長野時代は食べ物がなく、東京から送ってきたものも親戚が食べてしまった。でもお友達はみんなやさしかった、と思い出を語る。仲良くなりたくて、長野の言葉を覚えようとした。「私」は「おら」、「です」は「ずら」。でも「にあわんだよ、そのままでいいずら」と言ってくれたお友達がいてうれしかったわ、と大家さん。その人とは今も仲良しで、おやきも送ってくれたという。

優しい人が優しい人を語る。とても温かな場面。「そのままでいいずら」のお友達と大家さんは今も仲良しで、その日も電話で1時間も話したそうだ。ほら、お友達も健康長寿でしょ、と私は思う。

■大家さんの辞書に「断捨離」という言葉は多分ない

優しさとはなんだろう。心のゆとり、キャパシティー。そんな感じだろうか。それが大きいから自分のことばかり考えずに済む。そういう人は心身共に健康で、その蓄えが大きいから長寿。そんなことだろうか。

長寿で健康な方に会うと、優しさと同時に感じたのが、ある種の厳しさだ。自分にも、他人にも、計算でない優しさと厳しさがあった。

例えば大家さんは、矢部さんが驚くほど、部屋をきれいにしている。身の回りのモノを減らそうとしているし、大切なもののポラロイド写真を矢部さんに撮ってもらい、譲る人の名前を書き入れいている。「断捨離」という言葉は、多分、大家さんの辞書にはないだろう。何やらはやっているらしい、そういうものとは関係ない 。自然と己を律している。

時に厳しさは矢部さんにも向かう。庭の雑草取りの手伝いで連れてきたチャラい後輩芸人のチャラい発言に、矢部さんはちょっと頭をたたく。芸人さんの世界の「ツッコミ」。だが大家さんは、「今日の矢部さんは、なんだか暴力的ね」とたしなめる。優しさ+強さがあっての長寿と思う。

好奇心は健康長寿への道としては、わかりやすいと思う。外へのアンテナを持つこと。閉じこもらないこと。とても大切だ。

■大家さんは「恋ばな」が大好き

大家さんの好奇心たるや、すごい。夢がバンジージャンプなのだ。「外国の橋の上から 飛び降りるの ビヨーンて」と表現するのだが。トーク番組への出演依頼も、「矢部さんとなら楽しそう 出てみたいわ」と引き受けてくれる。しかもそこで、矢部さんよりも笑いをとってしまう。とても難しい気象予報士の資格を持っていると矢部さんを褒め、自分で天気を予想して洗濯物を干すから参考にしていると言う。「でも矢部さんが干すといつも夕立で 私は干すのをやめるの」と。

自分のこと、日々の出来事を、面白く話せる人。これも私の発見していた健康長寿ポイントの一つだ。

さて最後に、矢部さんのトークイベントで聞いた、とっておきのお話。

「大家さんは恋ばなが大好き」なのだそうだ。

本の中にも、「男子のタイプ」についてのエピソードはたくさん出てくる。「テレビで民放を見るのは、羽生結弦くんの時だけ」というキュートな話、「マッカーサーは哀愁があり、どこかに連れてってくれそうで好きだった」という意表を突く発言、「芥川と太宰は、顔がタイプ」という語録……。

優しくて、好奇心が強くて、イケメンが好き。この三拍子がそろうこと。これが、最強の健康長寿への道かもしれない。

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矢部万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。

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(コラムニスト 矢部 万紀子)