悲願の初優勝を達成した前橋育英【写真:編集部】

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屈辱の0-5惨敗から1年…前橋育英が流通経大柏に1-0勝利、悲願の初優勝を達成

「全ては昨年の選手権決勝から始まった」。それが今大会において、前橋育英の選手や監督が口を揃える“合言葉”だった。

 第96回全国高校サッカー選手権は8日、埼玉スタジアム2002で決勝が行われ、前橋育英(群馬)がインターハイ王者・流通経大柏(千葉)を1-0で下し、初優勝を飾った。

 2年連続の決勝進出で悲願を成就させた前橋育英。試合後の記者会見、山田耕介監督は優勝を振り返ると、1年前の試合を引き合いに出した。

「0-5というのは、本当に強烈だった。練習試合でもあんなことはなかった。あの敗戦を、絶対に忘れるなよと言ってきた。緩くなって忘れそうになる度に、あの映像を見せつけていた」

「あの敗戦」とは、昨年の決勝のこと。青森山田(青森)に0-5とよもやの大敗を喫し、準優勝に終わっていた。悲劇的な結末。しかし、屈辱の惨敗が前橋育英を変えた。

「この1年間、『対戦相手は全てあの時の青森山田だと思え』と監督に言われ続けてきた。自分にとっても、あの衝撃の敗戦は、サッカー人生の転機だった。あの決勝を忘れずに辛いことも苦しいことも乗り越えてきた。私生活も全員が律した。そして、あの敗戦で自分はキャプテンを務めていく覚悟も決めた」

 6日に決勝進出を決めた際、主将を務めるMF田部井涼は、リベンジを果たすべく歩んできた1年間を、そう回想していた。

指揮官が試合前にかけた言葉「前橋育英にビビっているってことなんだよ」

 さらに、この日の試合後、DF松田陸は「練習でも『青森山田だったらもっとやってるぞ』とゲキを飛ばされてきた。ずっとこの1年間、頭に置いて取り組んできた」と振り返ると、DF後藤田亘輝は「あの負けがなければ、これほどまでにこの舞台に戻ってきたいという思いは湧かなかったと思う。あの負けが今日に繋がった」と語った。

 DF角田涼太郎は「あの(昨年決勝の)ピッチに立っていて、ボロボロで歓声も全部、相手チームのものだった。今日は自分たちへの歓声を楽しむことができた。0-5で負けた時の思いを持っているだけで全然違った。それがチームを動かす大きな原動力だった。あの負けがあったから、今の優勝がある」と昨年の明確な違いを実感していた。

 4人とも、2年生ながら昨年の悲劇のピッチに立っていた選手だった。

「準優勝止まりのイメージがついてしまっているのは、私自身が持っていないからなのかもしれない」と山田監督は苦笑いを浮かべながら、自虐的な発言も残してきた。いつの間にか前橋育英には、シルバーコレクターのイメージが定着してしまっていた。

 そして、迎えた今大会の決勝。流通経大柏は従来の4バックではなく、守備的な5バックを導入してきた。これを受け、山田監督は選手たちに熱い言葉を投げかけ、ピッチに送り出した。

「この決勝という舞台で、それまでとは異なるシステム変更を施してきたのは、どういうことかわかるか? 前橋育英にビビっているってことなんだよ。前橋育英はおっかないと思われている証拠なんだぞ」

 5バックの一角を務めるDF三本木達哉が刺客として、今大会得点王を走るエースFW飯島陸にマンマーク。飯島はプレーの制限を余儀なくされたが、割り切ってDFを引きつけてスペースを生み出し、チームメートが入り込める隙間を作り続けた。

シルバーコレクターを経験してきたからこそ生まれた”切り札”

 試合は主導権を握る前橋育英に対し、自陣にブロックを築きロングボールのカウンターを狙う流通経大柏の構図に。前橋育英は何度か決定機を演出したものの、バーに2度弾かれるなど、チャンスをものにできず、不穏な空気が漂い始めていた。そんな中、山田監督は後半19分にFW宮崎鴻を投入した。

「(榎本)樹と宮崎(鴻)のツインタワーは、今大会、今日この日のために取っておいた秘策。あの2人がいれば、高いボールは(相手にとって)きつくなる。それまでは起用を我慢していた。あのタイミングで、こちらのできるすべての圧力をかけに行った」

 連日に渡り、空中戦で無類の強さを発揮していた流通経大柏の最終ラインだったが、足が重くなる時間帯で立ちはだかるツインタワーに悪戦苦闘。ハイボールで競り負けるシーンが何度か生まれ、ゴール前にボールがこぼれ始めていた中で、榎本が終了間際の後半アディショナルタイムに値千金の決勝ゴールを奪ってみせた。

 山田監督は、この日のために手の内を明かさず、“切り札”をずっと隠し持っていた。それも、決勝という舞台が特別な戦場であることを幾度なく経験してきた賜物だった。悔し涙をこらえてきた負けから学んできたものは、1年後、嬉し涙へと変換されることになった。

 そして、悲願の初制覇を達成した試合後、前橋育英の“合言葉”は変わっていた。

「あの決勝での敗戦があったから、今日の優勝がある」(THE ANSWER編集部)