器にもこだわる「五浦コヒー」

「カフェ経営」に憧れる5つの理由

長年、「人生80年時代」と言われてきたが、最近は「人生設計100年」と言われる。会社員の定年が60歳から65歳に伸びても、いつのまにか、ゴールが20年遠ざかった。年金も当てにできず、「悠々自適」は大半の人にとって無縁の世界だ。


サザコーヒー本店の外観

そんな時代性を反映して、早めに人生のステージ(舞台)を移り、好きなことを仕事にしたい意識が高まっている。その代表例の1つが「カフェの起業」だ。拙著『20年続く人気カフェづくりの本 茨城・勝田の名店「サザコーヒー」に学ぶ』でも詳しく解説しているが、カフェ起業の動機は、次の5つに集約されるだろう。

(1)もともとコーヒーやドリンクが好きで、いろんな店に行っていた
(2)人と会うことも、話すことも好きなので、それらを生かせる仕事をしたい
(3)会社員として勤めるのではなく、自分の思いを反映した“城”を持ちたい
(4)店や仕事を通じて、何らかの形で自分を「表現」したい
(5)カフェやレストランに(社員やアルバイトで)勤めて、飲食の奥深さに目覚めた

上記(4)以外の理由は、昔も今も変わらない。たとえば昭和時代には、男性経営者(マスター)や、女性経営者(ママ)が切り盛りする個人経営の喫茶店(個人店)が人気だった。男性は、コーヒー好きが高じて店を出した例や、“のれん分け”で独立した例も多い。女性の場合は、夫や周囲の人に勧められて店を出した例が目立った。

今より資金が少なくても開業できた時代だ。取材では、当時を知る業界関係者から「昭和時代の2度にわたる“石油ショック”で、勤め先の経営が傾いたのを機に独立した人も多かった」という話も聞いた。

昭和時代の「喫茶店」が「カフェ」(※)となり、「マスター」や「ママ」が「オーナー」や「バリスタ」や「パティシエ」に変わっても、起業の動機はあまり変わらない。

※筆者はカフェ取材を始めた約10年前、「喫茶店」と「カフェ」の違いを調べ、関係者に聞き続けた。結論は「ほぼ同じ」「店主の好み」「カフェのほうが現代的なイメージ」だった。これは今も変わらない。


固いイスのカフェ

昔と今とで違うのは、修業年数だろう。前述した“のれん分け”は、オーナーの店で15年や20年働いた従業員が認められて、同じ店名や別の店名の店を出す――という例だ。それが「徒弟制度」がほぼ崩壊した現在は、数年程度で独立する例も多い。インターネットの浸透で、世界中の情報が安く手に入るようになったのも、それに拍車をかけた。

ただし飲食店は開業も多いが廃業も多く、“多産多死の業態”だ。カフェに関しては裏づけとなる調査データがないが、業界では「3年持つ店は半数」ともいわれる。

「新規開業パネル調査」(2011〜2015年。日本政策金融公庫調べ)によれば、飲食店・宿泊業の廃業率は18.9%となっており、全業種平均(10.2%)に比べて倍近い。同調査は、ホテルや旅館など宿泊業(調査時期的に“民泊”例は少ない)を含む数字だが、実質は数の多い飲食業を反映した数字といえそうだ。

早期「閉店」に追い込まれる共通項

開業して数年で廃業に追い込まれる理由を2つ挙げてみたい。

(1)「自分の城」の理想形にこだわりすぎる

(2)「収支計画」や「採算管理」が甘い

(1)は「ロマン」、(2)は「ソロバン」の話だ。具体的に考えてみよう。

たとえばエスプレッソコーヒーの味を徹底追求しようと、「味の違いがわかる人だけを相手にした」店を開業したとする。 メニューもエスプレッソ中心にし、フードもスイーツも置かない店にした場合、“コーヒー通”は集まるかもしれないが、客層の幅は広がらない。売上高=「客単価×客数」なので、よほど希少価値のあるコーヒーを高く設定し、数をさばかないと売上高も上がらない。

では、特定のキャラクターが好きで「キャラクターの世界観を実現した店」にしたらどうだろう。やはり“キャラ好き”は集まるかもしれないが、こちらも客層の幅は広がらない。関連グッズ(雑貨)を販売して客単価を上げる方法もあるが、ライセンス料などを考えると(自社製作でない限り)高収益の商品にはなりにくい。

また、「私の得意な料理を幅広く提供したい」(ロマン)という店をめざしても、メニューの幅を広げすぎると、少人数で運営する店では、仕込みも調理も大変になる。取材では「週に1度の休日も、翌日以降の仕込みに追われて休めなかった」という話も聞いた。

また、カフェはレストランに比べて客単価が低い。そのため原価率の低い“ドル箱商品”を多く売る必要がある。普通は「コーヒー」だ。ある程度高い豆でも、原価は1杯50円未満となる(コーヒーオークションで落札したような高額豆は除く)。きちんと利益を取れる商品を、お客にとっての“納得価格”にして多く売れば、経営は安定する。

「コメダ」に見る“ソロバン勘定”

その見本例となるのが名古屋に本社を置く「コメダ珈琲店」(コメダ)と茨城を地盤とする「サザコーヒー」(サザ)だ。


現存する最古の「コメダ珈琲店 高岳店」(1972年開業)

コメダは約770店の国内店舗数のうち、98%がFC(フランチャイズチェーン)店だ。現在はFC開業資金も高騰して、個人オーナーが開業しにくい店になったが、非常によくできたビジネスモデルだ。ひとことで言って「FLRコストを抑えた店づくり」である。


「FLRコスト」とは、F=フードコスト(原材料費)、L=レイバーコスト(人件費率)、R=レンタルコスト(家賃比率)を合わせた費用を、売上高で割った比率を示す。フードビジネスコンサルタント・永嶋万州彦(ますひこ)氏(元ドトールコーヒー常務)によれば、「経費の合計であるFLRコストの数値は70%未満、できれば65%が理想」だという。

たとえば、コメダが朝の時間帯の「モーニングサービス」で無料提供する「ゆで卵」は、エッグトーストやエッグサンド、ミックスサンドといったメニューの具材に応用する。メニューの数に比べて、利用する食材が少ないことで「F」を抑えている。冬の時季は温かいコーヒー(原価率も低い)が多く出るので、より「F」も低くなる。

店の立地も「郊外型店」は、幹線道路よりも生活道路沿いに出店することが多い。クルマ社会の地方で、広い駐車場を確保した店にしても、生活道路沿いなら「R」が安くすむ。

“ロマン”を上手に販売する「サザ」


サザコーヒー本店のカウンター

東証1部上場企業に成長したコメダに対して、サザは、コーヒーを徹底追求する個人店だ。店で出すコーヒーは400円台から1000円を超えるものもある。土産用のコーヒー豆も多数あり、コーヒーのおいしさにファンとなったお客が買う、コーヒー豆も“ドル箱商品”だ。たとえば200グラムで1500円の「徳川将軍珈琲」は、月に1000個以上も売れる。単純計算だが、同じ客が500円のコーヒーを飲み、この豆を買えば「客単価=2000円」だ。

自家製スイーツもある。「カステラショートケーキ」のような生菓子もあれば、「サザ特製カステラ」(焼き菓子)も人気だ。本店(茨城県ひたちなか市)では雑貨売り場も充実し、地元・茨城の「笠間焼」食器を買うお客も目立つ。これらも客単価の上乗せに貢献している。

この両店は以下の共通点もある。

・「ごはんモノ」は出さない (コーヒーに合うパンメニュー主体)

・「常連客」に配慮するが、特別視はしない


ホットドッグとクラムチャウダー

下の項目は、店の永続性としても欠かせない。常連客のたまり場で、一見客が入ってきたら、〈オレたちのシマに何しに来た?〉といった視線で迎えられる店は長続きしない。

3年続く店は少ないという現実はあるが、カフェ(喫茶)業界は、近年は市場規模も拡大する再成長市場だ。目的意識を持つ、若い世代の開業が相次ぐ業界でもある。まもなく新しい年を迎える。年末年始に好きなカフェを訪れながら「夢を描く」のも楽しいかもしれない。