アマゾンの超顧客中心主義はいつ終わるか

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■「当日配送」はヤマト運輸頼みだったのか

今年4月、ヤマト運輸がアマゾンジャパンを含む当日配送サービスから徐々に撤退すると報道された。これを受けて、アマゾンジャパンはデリバリープロバイダ(提携する地域限定の配送会社)への当日配送サービスの委託量を増加したところ、配送遅延が発生。その問題がツイッターなどで拡散した。

このため「当日配送が滞りなくできていたのは、結局ヤマトがすごかったのではないか」など、アマゾンの物流能力を疑う声が高まった。だが私は、アマゾンが何より優れているのが、物流を最適化・合理化するための“ロジスティクス”の部分だと考えている。混乱は体制変更に伴う一時的なもので、すでに落ち着いている。

アマゾンは実際、ロジスティクスを軽視するどころか、最先端の取り組みを続けている。2015年には航空機20機のリース契約をし、今年1月、ケンタッキー州にあるシンシナティ・ノーザンケンタッキー空港に国際航空貨物ハブをつくることを発表。私は6月に見てきたが、空港敷地内に施設を建築する様子だった。自ら航空物流に手を出し始めているのだ。また今年6月には米国の高級スーパーマーケット・チェーン「ホールフーズ」を買収。ホールフーズの流通網を利用することで、食料品配達サービス「アマゾン・フレッシュ」のロジスティクスをより強化した。

■自社による流通網を本気で目指す企業

アマゾンは最終的に自社で完結する流通網を本気で目指している。米国ではドローンで家庭に配送するための実験を続けており、日本でも注文から1時間以内に自社の車両で配送する「アマゾン・プライム・ナウ」のサービスを、2015年11月から始めた。将来的に深夜や早朝にも商品を受け取れるようになれば、配達時間を制限しようとしている宅配会社よりも重宝されるかもしれない。

さらにアマゾンは物流を強化するだけでなく、扱う商品を増やし、さまざまな画期的なサービスを開始し続けている。日本では年内にも、オフィスや工場などで使用する消耗品や商材などを販売する法人向け通販サイト「アマゾン・ビジネス」を開設する見込みで、ユーザーのアカウント登録の受け付けを始めた。今後、日本国内でもアマゾンが成長し続け、より存在感を増すことはほぼ確実だろう。

アマゾンを脅威に感じる企業は多いが、同時に消費者もアマゾンプライムサービスの便利さと安さに、こんな不安を持つかもしれない。生活の中でアマゾンが占める比重が高まり続けて、いつか手のひらを返されないだろうか、はたしてメリットだけを享受できるのだろうかと。

■超顧客中心主義をどこまで貫けるか?

その疑問を考える前に注目したいのが、アマゾンという企業の最大の強みであるロジスティクスである。

ある企業が突然、多種多様な商品を通販するための最先端の設備を備えた物流センターを建てたとしても、それを機能させることはできない。なぜかというと、本やペットボトル飲料、陶器の皿など、さまざまな注文があった場合に、それをどのようにすれば倉庫から効率よくピッキングできるか、割れないように梱包できるか、適切なサイズの段ボールに詰められるか、といったことにはきめ細かなノウハウが必要だからだ。そうしたノウハウを得るのは扱う商品の点数が増えるほど難しく、それを蓄積させるには長い年月がかかる。アマゾンはノウハウの蓄積に20年もの長い歳月をかけており、他の追随を許さない。

物流の高度化で顧客の満足を獲得するアマゾンは、近年驚異的なペースで売り上げを伸ばした。グローバルの連結売上高は16年に前期比20.7%増の1359億ドルに達し、日本でも同年に1兆円を突破。その一方でグローバルの営業利益率はこの数年、0〜3%程度でほぼ横ばいだ。この理由は、売り上げ増加によって新たに得た利益を物流センターの投資などに回し、利便性の高い配送サービスを実現したり、商品価格を下げたりするなどして顧客に還元しているからである。

アマゾンはこのように、投資によってサービスの効率や利便性を高め、優れたサービスと低価格により売り上げを伸ばし、それによって得た利益をまた投資する、というサイクルを続けてきた。あまり知られていないが、アマゾンが創業当時から掲げる2つの企業理念は、「地球上で最も豊富な品揃え」と「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」なのである。

そのような徹底した“顧客中心主義”を貫く企業が、絶対的な一強になった場合、サービスレベルを保つことはできるのか。これに関しては、下がる可能性がある、といわざるをえない。

アマゾンの商品や配送の料金、サービスの内容は、他社との比較や競争によって決まっている。たとえばそれまでアマゾンがつけなかったポイントを日本で採用するようになったのは、ネット通販で評価の高いヨドバシカメラの影響が大きいと私は推測している。

■ライバルの存在を失えば、サービスは緩む

しかし他社が今より競争力のない料金やサービスしか提示できなくなった場合、アマゾンが頑張る理由はなくなってしまう。どんな優れたアスリートでも、ライバルの存在を失った途端、モチベーションが下がり、鍛錬を怠ることはあるのだ。アマゾンも利益を価格やサービスに還元するというスタンスが、今より緩むということは十分にありうる。

また、いくつかのサービスは、今後値上げする可能性が高い。たとえば短時間配送やビデオ配信などのサービスが利用できる「アマゾン・プライム」は、日本での会員価格が年間3900円。米国ではこれを99ドルに設定しており、明らかに割安な状況である。これは利益度外視で会員を増やすための、競合を意識したキャンペーン価格だろう。現在の2000円以上購入すると配送料無料になる価格設定も、もう少し高い値段が適正なはずだ。ただし、どちらも赤字覚悟で提供していると思われるので、仮に値上げがあったとしても仕方ない範囲だと理解すべきだろう。

アマゾンが圧倒的に繁栄したとき、不利益をこうむるのは消費者に限らないかもしれない。法人税が入らない日本にとって、大きな痛手という見方もある。

■独走を止めるのに必要なのは法整備

アマゾンはこのまま行けば、日本のネット通販市場において突出した一強になる可能性が高い。しかし楽天が本気で抜本的な改革に取り組み、ポイント制度により地方での販売に強みを持つヨドバシカメラなどが奮起すれば、競合としてブレーキをかけることはできるだろう。

たとえば楽天のビジネスモデルはさまざまな商店が自身の商品を展示する「市場」の形態であるため、物流の点では自らが小売りでありロジスティクスの強力な仕組みを持つアマゾンに劣る。しかし別の見方をすれば、各商店が自らの商品を消費者に直送できる強みがあるということ。差別化を図り、産地直送の果物のような特定の商品は楽天で買いたい、と消費者に感じさせるサイトをつくることができれば、アマゾンに対抗できるはずだ。

そしてアマゾンの独走を食い止めるのは、競合他社の存在だけではない。私が特に必要だと感じるのが、国内の法整備である。

アメリカでは不公平な競争を回避するため、赤字でものを売るダンピングは禁じられており、ものを売るときに物流にかかった経費を必ず価格にのせる決まりがある。こうした法律が日本にはないことをアマゾンは利用し、価格を下げて自社の強みにしている。過当競争を避けるための法律をつくっていかないかぎり、体力のあるアマゾンが日本で勝ち残ることを防げないだろう。

(イー・ロジット代表取締役 角井 亮一 構成=吉田洋平 撮影=宇佐美 利明)