ココネ取締役の石渡真維氏

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グーグルより社員にやさしいというIT企業がある。社員シェフが朝食と昼食を提供し、就業中はいつでもジムが利用可能、平均残業時間は月30時間前後……。スマホ向けアプリ「ポケコロ」を開発するココネ(東京・渋谷)の、社員にやさしい働き方とは――。

■「オキシトシン」経営の静かな挑戦

スマートフォン向けアプリ(主にソーシャルネットワークサービス)の開発運営を行う「ココネ」(本社・東京都渋谷区)は、NAVERやLINEを擁する韓国系巨大ネット企業・NHN(現ネイバー株式会社)の共同創業者、千良明(チョン・ヤンヒョン)氏が2008年に独立して立ち上げた。「感性をカタチに。感性を身近に。」をキャッチフレーズに、ディズニーとタイアップしたアバターアプリや、三頭身のかわいらしいキャラクターが主役の「ポケコロ」という着せ替え育成アプリを開発・運営、10〜30代の女性を中心に人気を呼んでいる。

千氏は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に留学経験を持ち、韓国と日本の双方でオンラインゲーム事業を拡大成功させてきた。CEOの経歴からバリバリのIT企業を想像するが、ココネは熾烈な競争原理とはまったく無縁。「社員を幸せにする会社づくり」をうたい、人事制度やオフィス環境も独特だ。

ココネのオフィスを訪ねて、まず驚かされるのは、ファンシーなエントランスフロアだ。「ポケコロ」の世界観が表現されており、キャラクターが来客を出迎えてくれる。女性比率が65%とあって、若い女性社員が和やかに談笑しながらフロアを横切っていく。会議室の壁はパステル調の色彩で、ほっこりした気分にさせられる。

同社取締役の石渡真維氏は「当社のゲームからは幸せホルモンが出ているのではないかと思う」と話す。

「キャラクターを強化し、合成し、どんどん次のステージに進んで達成感を得る。そういうゲームで遊ぶと、脳内で『アドレナリン』というホルモンが出るそうです。当社の『ポケコロ』は、そういうゲームではないので、アドレナリンはあまり出ないはず。おそらく幸せホルモンと呼ばれる『オキシトシン』が出ていると思います。ペットと触れあったり、母親が授乳のときに出るもので、『ポケコロ』の内容に近いんです」

社内に流れている空気も幸せ感があるようで、来訪者は「ここに来るとホッとします」と話すという。5時近くに打ち合わせに訪れ、「ここにいる幸せな気持ちを持ったまま帰りたい」と、直帰する人もいるそうだ。

石渡氏は、以前、弁護士として日本テレビ系列のバラエティ番組「行列のできる法律相談所」にも出演していた。ココネの経営陣から、企業法務の相談を受けたことをきっかけに仕事ぶりを評価され、経営への参画を要請された。現在は、コーポレート部門を管掌している。

「代表の千は上場や売り上げ拡大を目的にせずに、何が正しいか、どうやったら世の中が良くなるか、社員が幸せになるかという観点から全てを考えています。人事制度を検討するときも他社がやっているからとか、日本一の制度にしたいということは言いません。『ココネらしい制度にしたい。ウチらしい生き方ができればいい』と語っています」(石渡氏)

■不思議な空気感漂う4つの特徴

不思議な空気感が漂う「社員にやさしい会社」。そんなココネの特徴をあげてみよう。

(1)出社後のストレッチと瞑想

最近はマインドフルネスを導入する企業が増えているが、同社も身体と心の健康のために、出勤後に瞑想とストレッチをする。最初は社員たちも意味がわからなかったというが、脳科学で効果が検証されるようになり、研修で効果を説明をした上で導入している。「一人ではなかなか続かなくても、出社したらまずみんなでやるという文化にすれば、続けられます」(石渡)。

 

(2)社員シェフによる朝食と昼食提供

専任シェフを社員として雇い、昼食だけでなく朝食も提供する。朝食はオリジナルのフレッシュジュースと野菜たっぷりスープが無料、昼食は日替わりメニューにサラダバーが付いて300円。「妊婦さんがいたら糖分の摂り過ぎはよくないので砂糖抜きのジュースが出たり、鶏肉が苦手な人がいたらこっそり抜いた料理を提供したり。外注ではこうはなりません」(人事部部長・北村公一氏)と至れり尽くせり。

シェフも社員の体調を気遣いながら家族のように接する。 野菜たっぷりの手作り料理を提供するようになってから、社員食堂の利用者は2倍に増えた。社員同士の懇親等を目的に、レストランのような雰囲気の社員食堂も新設したばかりだ。

(3)就業中いつでもジムが利用可能

社内にトレーニングジムを設置し、社内健康士と呼ぶトレーナーを2名配置している。さらに就業時間中はいつでもジムを利用することができ、しかも休憩時間にもカウントされない。トレーナーも社員で、個々の運動・栄養・休養のバランスを考えたメニューのもと健康全般の指導やアドバイスをしてくれる。

利用者が伸び悩む時期もあったというが、社内健康士がタオル片手にオフィスを回り、「肩が凝っていませんか。ストレッチしてみませんか」と声をかけ、席で3分ストレッチを実施するようにしたところ、効果を実感した社員が通うようになった。「今は社員の約3分の2がジムに登録し、行けばほぼ誰かがいます」(石渡)。

(4)10日間にわたる評価プレゼン

評価と言えば直属上司とメンバー間の面談で終わる会社が大半。しかしココネは「評価プレゼン」と呼んで、CEOはじめ役員全員、さらにマスタークラスという最上級グレード社員、人事部長、直属上司が立ち会って、一人ひとり20分の自己評価を聞く。

「メンバーに語りかけながら心が触れ合う対話が生まれました。自己否定が強い人には“できているよ”とフィードバックし、リーダーなのにメンバーの話をしないで自分の成果ばかり話す人にはリーダーとしての行動を促し、再度プレゼン資料を作り直してもらいました。結果が出ない人に対しては、気づきと次の成功体験を一緒に探すみたいな感じの対話の機会です」(石渡氏)

10日間にもわたる評価プレゼンの間、経営者の業務は多少滞っても、有意義な時間だったと石渡氏も北村氏も満足げだ。

■社員の幸せを追求する経営は成り立つのか

ココネは非上場企業で、業績は非公開だ。事業規模は拠点数や従業員数で把握するしかないが、オフィスは東京とソウルにあるほか、仙台と京都にデザインスタジオがあり、2016年には英語教育の研究とアプリ開発、教育支援をする「言語教育研究所」を開設した。

ソウルオフィスも含めた全社員数(正社員・契約・アルバイト)の推移は、2016年1月に168人、2017年1月は238人、2017年6月は289人と、アプリの普及とともに成長していることがうかがえる。

また、社員をいたわる数々の施策を打ち出すとともに、効率的な働き方を推進しているため、むしろ残業時間は減っているという。IT系の開発企業では長時間労働を強いられる企業も少なくないが、同社の場合、従業員の平均的な働き方は、事業部門は9時半〜18時半、コーポレート部門は9時〜18時の勤務時間が基本で、月間の平均残業時間は30時間前後。月平均労働時間は200時間程度である。

恵比寿オフィスでは、9時半と14時の1日2回10分ずつの全社瞑想、正社員の希望者は1日15分のストレッチができる。「ジムトレーニングやマッサージ等は自己裁量で業務時間中に利用が可能なため、実労働時間は上記の200時間よりも短いと思います」(北村氏)。

つかみどころがないように思える経営だが、事業規模を追わず、競争の勝ち負けを重視しないという“逆張り”の経営方針を掲げる企業はココネだけではない。例えばグーグルは、相手を察する「情動的要素」、相手を理解する「認知的要素」、相手を助けたいという気持ちに基づく「動機的要素」を軸にした“思いやり(compassion)の経営”を提唱している。それによって仕事が楽しくなり、社員の創造性が増し、さらに利益が生まれ、他者との駆け引きのルール自体が変わるという発想である。

ココネの社員の幸せを追求する経営も、グーグルに通じるが、決定的に違うのは、利益を最大の目的として問わないことだ。「そういう施策がはやりだから乗ったわけではないし、社員の心身が健康になれば精神的に安定してよく働けるからということでもない。働くかどうかは本人の意思次第。とにかく中にいる人が幸せで健康であってほしい。それ自体が目標になっているのです」と石渡氏は言い切る。

市場経済の中では資本の増大やスピード化が強調され、社員は利益貢献を求められる。しかしココネの経営姿勢は、市場経済の厳しい父性原理ではなく癒しの母性原理、北風ではなく太陽、といったところか。しかし、会社そのものがだれのために・何のために・どういう存在でありたいのか、働く人がどのくらい幸せであるかという基軸で考えれば、同社の取り組みはあながち異質とは切り捨てられない。幸せを愚直に追求する経営は果たして永続するのか、同社のチャレンジは一つの試金石といえそうだ。

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上本洋子
フリーライター。1966年、北海道生まれ。弘前大学人文学部卒。財界さっぽろ、日本能率協会マネジメントセンター「人材教育」編集部を経てフリーのライターおよび書籍編集。 企業経営・組織・人材育成・働きがいに関する記事を執筆。横浜中華街に住む高齢出産一児の母。

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(フリーライター 上本 洋子)