練習試合で猛烈アピールを繰り返している櫛引。開幕スタメンを飾れるか。写真:松尾祐希

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「やっぱり試合に出たいと思っていた。そのなかでJ1を狙える岡山から話をもらったんです。チームの歴史は浅いけど、ここ数年力を付けて確実にステップアップしている。そこに魅力を感じて移籍を決めました」
 
 ここ2年、リーグ戦で出場機会を失っていた櫛引政敏。リオ五輪代表GKは捲土重来を期し、今季より清水エスパルスからの期限付き移籍で、ファジアーノ岡山に加わった。
 
 1月に24歳になったばかりの守護神は、ルーキーイヤーから将来を嘱望されてきた逸材だ。青森山田高を経て2011年に清水に入団すると、3年目のシーズン途中に定位置を奪取。翌年には自己最多の29試合に出場し、世代別日本代表でも正GKの座を確保した。
 
 しかし、プロ5年目となった15年シーズン。第1ステージでチームが不調に陥ると、自らのパフォーマンスも低下していった。気が付けば控えに甘んじるようになり、第2ステージはわずか1試合の出場。翌年、櫛引は再起を図るべくレンタル移籍で鹿島アントラーズに加わったが、ここでも思うような結果を残せなかった。リーグ戦では一度もピッチに立てず、与えられた出番はルヴァンカップの3試合だけ。常勝軍団のゴールを長きに渡り守ってきた曽ヶ端準の牙城は、最後まで崩せなかった。
 
 ただ、そのような逆境にあっても、彼に対する周囲の評価は変わらなかった。昨年8月にはリオ五輪本大会の登録メンバーに名を連ね、同年10月の日本代表・GKキャンプにも招集されている。だからこそ、期待に応えるべく、ピッチに立つ必要があった。
 
「相当な覚悟を持って、ここにやってきたと感じる」。
 
 岡山の長澤徹監督はこう語り、櫛引の並々ならぬ決意をひしひしと感じている。15日のサンフレッチェ広島との練習試合(1-1の引き分け)でも、その覚悟をプレーで示した。身体能力の高さを活かしたセービングを随所で披露し、至近距離からのシュートも抜群の反射神経でブロック。その奮迅の働きを間近で見ていたCB篠原弘次郎は、「前に出るところは出てくれるし、どっしりと構えてもくれている。高さもあるし、身体も強いので安心感がある」と賛辞を送った。広島戦で見せたパフォーマンスを継続できれば、正守護神の座はぐっと近づいてくるだろう。
 
 早速好プレーを見せている櫛引だが、試合に出続けたい理由はもうひとつある。好不調の波が大きいという課題を克服するためだ。
 
 安定感の欠如は15年になって顕在化した問題点だが、それ以降はシーズンを通じてゴールを守った経験がない。公式戦に継続して絡めなかったため、思うように課題と向き合う機会を得られず、櫛引の成長速度は鈍化した。本人もそのことは自覚している。
 
「プレー面よりも、なにより試合に多く出たい。GKは試合に出て学ぶことが多いですから。そのなかで90分間を通じてしっかりと自分のプレーを出し切れるようになりたい。それが継続力に繋がる。90分間やり切ることをシーズン通じてやれれば、きっと良い経験になる。おのずと未来は開けてくると思うんです。そういうところを意識して、しっかりやっていきたい」
 
 幸いにもチームメイトには、世代別日本代表でともに戦ったMF豊川雄太やMF石毛秀樹がいる。とりわけ今季清水からやってきた石毛は2年前まで同じオレンジのユニホームを纏って戦った後輩だ。ピッチ外でも仲が良く、鹿嶋と清水で離ればなれになっていた昨季も互いの家に遊びに行くほど、信頼関係が厚い。そんな石毛も「エスパ時代はプレーに波があったと思う」と櫛引の弱点を指摘する。良き理解者が傍にいるのも、彼にとってはプラスの要素だ。
 
「どんな経験をしでも学ぶモノはありますし、そこからいかに還元するかが大事。そこは良い経験をしても、悪い経験をしても、自分のなかで良い方向に還元していければいいなと思っています。それが次の糧になるので、感じたことをしっかりと活かしていきたい」(櫛引)
 
 逞しくなった男は、どんな状況でも前を向く。ピッチに立ち続ける経験でしか得られない充実感と成長。自らが欲しているすべてを掴むべく、岡山で新たなチャレンジをスタートさせた。
 
 今後のサッカー人生を左右する1年を乗り越えたとき、櫛引政敏はさらにスケールの大きな守護神となっているはずだ。
 
 
取材・文・写真:松尾祐希(サッカーライター)