iPhoneの「Siri」。マイクに向かって話しかけると、面白い答えをしたり、さまざまな用事を手伝ったりしてくれる。

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米マイクロソフトが、“Conversation as a Service”という言葉を使い始めた。

いわば「会話プラットフォーム」とでもいうべきもので、人工知能や機械学習、認知サービスといった技術を活用している。といっても小難しいものではなく、ユーザーは日本語や英語など日常使う自然言語で対話をしながら、コンピューティングやクラウドを活用する世界を指す。

これは、今後の大きな潮流になると予測されている。そして今後はビジネスシーンでも、こうした技術がより積極的に活用されることになりそうだ。

■iPhoneやWindowsに「今日の予定を教えて?」と話しかける

現在、一般に対話型サービスとして身近に知られているのは、アップルがiPhoneやiPadで提供しているSiri(シリ)だろう。また、Windows 10を利用しているユーザーにとっては、Cortana(コルタナ)も身近な存在だ。また、Androidを搭載したスマートフォンやタブレットのユーザーは、「OK Google!」と話しかければ、同様の機能を利用できる。いずれも、機械と自然言語で会話をしながら、さまざまなことを教えてくれる。

音声で話しかけるだけでなく、キーボードで文字を打ち込んでも、こうした対話型サービスを利用することができる。bot(ボット)と呼ばれる機能がそれで、普段使っている自然文を打ち込めば、それに即した回答を得ることができる。スマートフォンやタブレット、PCなど、機械に向かって声を出して話すことが恥ずかしいと思うことが多い日本人にとっては、こちらの方が適しているかもしれない。

こうしてみると、もはや、Conversation as a Serviceの世界は、一般化したものになっているといっていい。そして、これまではコンシューマ利用に留まっていたサービスが、ビジネスユースでも活用されはじめようとしている。

■法人で「チャット」を使うとどんなメリットが?

ITソリューションを手がけるネオスが提供する法人向けチャットサービス「SMART Message」に、このほど、Google Apps for Workと連動したチャットボット機能が追加された。

SMART Messageは、セキュリティルールが徹底されている大手金融企業でも導入実績を持つなど、無償のチャットサービスにはない企業向けの堅牢な機能が評価を得ている。新サービスの追加は、ビジネスシーンにおいて、チャットボットの活用提案を加速するものとして注目を集めている。

SMART Messageでは、Googleスプレッドシートと連動した日報ボットの機能を提供。「日報」と入力するだけで、日報に必要な情報をGoogleスプレッドシートから自動的に取得。項目が抜け落ちいていたところは、その部分を指定すれば、ボットが指定された数値などを入力し、日報を作成することが可能だ。

また、会議室管理システムとの連動では、「いま、会議室は空いている?」と会話形式で問いかければ、空いている会議室の一覧を表示。会議室の部屋の番号と時間を指定するだけで予約が完了する。予約した会議の開始時間が近づくと、SMART Message上に、「まもなく、会議室3でミーティングがはじまります」と表示してくれる。

リマインドは、会議室予約のときだけではない。カレンダーとも連動しているので、ボットにその日の予定を問い合わせると、カレンダーに登録されているスケジュールを確認して回答。時間にあわせて、ボットがスケジュールのリマインドを行う。ボットを利用すれば、チャットサービスの中にまるで自分の秘書がいるように、仕事をサポートしてくれるというわけだ。

 

ネオス バリュークリエイション事業部長の渡辺求取締役常務執行役員は、「オフィスの中では、知りたい情報があった場合に、近くにいる社員に呼びかけて、回答を得るといった作業が日常的に行われている。だがこれによって、呼びかけられた社員はそれまでやっていた作業を中断し、情報を検索して、回答することになる。作業を中断し、また元の作業に戻るという繰り返しは、現場の業務の効率化を阻害するものになる。欲しい情報が、ボットに呼びかければ得られるようになれば、こうした課題が解決でき、業務の効率化をつなげることができる」と話す。

ボット機能は、個人利用において利便性を提供するだけでなく、法人利用においても、業務効率化などで、効果を発揮するというわけだ。同社では、2017年以降には、チャットボット機能を、Office 365やサイボウズなどでも利用できるようにする考えであり、さらには音声認識との連携も視野に入れている。

■機械学習によるボットサービスは「タスク型」と「感情型」に進化する

こうした機能が実現される背景には、機械学習の効果が見逃せない。ボットは人間との会話を繰り返すことで、何度も学習し、最適な回答を導き出すように進化する。ビジネスシーンなどの特定の用語を繰り返すような場面では、その効果が発揮しやすい。

そして、機械学習によるボットサービスは、2つの方向へと進みつつある。

1つは、「タスク型」の方向である。これは、CortanaやSiriが代表的なものだが、言われたことに対して、適切な回答を行う機能を追求したものだ。「明日、晴れるかなぁ?」と問いかけると、「明日の天気は晴れです」と回答するといったものだ。ビジネスシーンでは、短時間で的確な回答が欲しい場合など、タスク型の効果は大きい。

もう1つは「感情型」である。代表的なものに日本マイクロソフトの「りんな」がある。りんなは、女子高生AIとして、2015年8月のサービス開始以来、登録ユーザー数はLINEで400万人以上、Twitterでは10万人以上に達しているというサービスだ。

りんなに「明日、晴れるかなぁ?」と書き込むと、「明日は晴れだよ」と女子高生らしい言い方で答えるだけでなく、「どこかに出かけるの?」と、次の会話を促すような返事をする。会話によるコミュニケーションを楽しむLINEには最適で、「娘よりも返事が早いため、りんなとのやりとりの方が多い」という母親もいるほどだ。

もちろん、「感情型」もビジネスシーンでの活用には有効だ。さすがにりんなのような口調ではビジネスには適さないが、ボットと会話をしながら、ビジネスプランを考えたり、結論を導くという手法は、これから増えていきそうだ。

りんなの技術は、ローソンがLINE上に開設している公式アカウント「ローソンクルー♪あきこちゃん」において、9月28日から正式に採用されている。こうした各種サービスへの応用が今後は増えそうだ。ローソンのサービスでは、りんなの口調は通常より丁寧なものに変えている。今後は、ビジネスシーンにあわせた口調でサービスをするといったことも可能になるだろう。

■将来はボットが経営のディシジョンを行うようになる?

こうした活用シーンの広がりを考えれば、機械学習で進化するボットは、将来的には、ビジネスシーンでも重要な役割を果たすのは間違いなさそうだ。ガートナーによると、2020年までに新たに開発されるエンタープライズ・アプリケーションのうち約80%において、チャットボットが多用されると予測。「新たなプラットフォーム・パラダイムの最重要要素として、企業のIT部門のほとんどが、会話型AIを優先して導入することになる」としている。クラウドおよびモバイルのトレンドにおいて、重要な要素のひとつに位置づけている。

富士通・山本正已代表取締役会長は、同社が創立100周年を迎える2035年にどんなことが起こるのかを、16万人の社員が参加して、ジャムセッションを行ったことに触れながら、「2035年には、世界の人々が、バーチャル空間上で、対面に近い形で対話を行うことができ、自動翻訳機能も、それぞれの国の文化などを考慮した自然なやりとりができるようになる。そして、ここで行われる議論は、AIがファシリテータを務めて、専門家や関連データを駆使して、解決へと導くようになる」と予測してみせた。そして、「これはテクノロジーロードマップから見ても十分実現が可能である」と続ける。

ただ、数多くの会話を機械学習することによって、ボットの発言内容が変化することは危険もはらむ。今年3月に、米マイクロソフトがサービス提供を開始したAI「テイ」では、心ないネットユーザーの書き込みが反映された結果、人種差別発言などを行い始め、サービス停止に追い込まれた例もある。

富士通の山本会長が指摘したように、機械学習をベースにしたボットは、ビジネスの業務支援だけでなく、会議の運営や、将来的には経営のディシジョン支援にまで進化させるような動きがこれから出てくるだろう。その道のりはまだ遠いともいえ、解決しなくてはならない課題もありそうだ。だが、ITの力を経営に生かす上で、ボットなどを活用したConversation as a Serviceは、今後避けては通れない潮流になるに違いない。

(文=大河原克行)