部下が「押しつけられた」と感じない仕事の任せ方 2つのポイント
一般的に、仕事ができる上司ほど「自分でやってしまったほうが早い」と、仕事をなかなか部下に任せられないといわれる。
もしくは、「部下の成長のために」という大義名分をかかげて、何でもかんでも部下に仕事を振ろうとする上司もいるかもしれない。
いずれにしろ、世の上司にとって、部下に仕事を任せるということは、一筋縄ではいかない、難しい問題だ。
特に、ベンチャー企業の場合、ヒト、モノ、カネどれをとっても不足してしまうことが多い。結果、常に切迫した状況になり、一人で何でも解決してしまうようなエース社員に頼りがちだ。
ミドリムシをつかったユニークなビジネスで注目を集める株式会社ユーグレナもまた、社長の出雲充さんに仕事が集中する状況から脱却し創業10周年を迎えた。同社はどのように人を育て、仕事を人に任せられる組織に変わっていったのか。出雲さんにお話を聞いた。
――インタビューの前編で、「仲間を信じること」という話題が出たので、うかがわせてください。他の取材で経営者の方にお話をうかがっていると、「経営者が本来的にすべきでない仕事」については、どんどん現場へ任せていくことが経営のひとつの理想形、といったような声を聞きます。この点について、出雲さんはどのようにお考えですか。
出雲:大きな商談が決まったとき、契約書のサインをしに出てくるのは、社長であることが多いと思います。
弊社でも、創業後6年目ぐらいまでは、「先方も社長が出てくるから」という理由だったり、社内の仲間が「ここはひとつ、社長が案件をまとめたことにしましょう」と気遣ってくれたりして、私がそういった場に出ていくようにしていました。
でも2012年ごろ、ありがたいことに大型受注が相次いだこともあり、「このスタイルのままでいいのだろうか」と疑問に思うようになったんです。実際には、現場の担当者が頑張ってくれたからこその受注なのに、最後の一番おいしいところだけ私が持っていくのはどうなんだろう、と。
――出雲さんはそこでどのような行動をとったのですか。
出雲:あるとき、少しビクビクしながらも先方に「私の代わりに現場の責任者を向かわせてもよろしいですか?」と尋ねてみました。すると、「そういうことなら、出雲さんが出てこなくても構いませんよ」と快諾いただけて。
後日、現場責任者に先方の様子を聞いてみたら、「あなたは、社長からずいぶん信頼されているんですね」とお褒めの言葉をいただいたとのことでした。
以来、案件をクローズさせるときに私が出ていくことは減っていき、今ではすっかり現場の責任者たちに任せています。
――なるほど、「案件をクローズさせる」という仕事は完全に手放したのですね。
出雲:ええ。このような文脈で「手放す」「任せる」といった言葉をつかうと、すばらしいことのように聞こえるかもしれません。でも一歩まちがえると、単なる社長の怠慢ということになりかねない。
だからこそ、「この仕事は、彼・彼女にやってもらったほうがいいものなのかどうか」を慎重に見極める必要があると思うのです。そして、正しい形で現場に仕事を振るためには、前提条件が二つあると考えています。
――その2つの前提条件とは、どのようなものでしょうか。
出雲:まずは、お客様の反応です。私よりも担当者が行ったほうがお客様は喜ぶということが必要です。もうひとつは、彼あるいは彼女が、私よりも立派な仕事をしていると私が思えること。これらがセットになっていない状態で仕事を任せても、それは「やらせているだけ」にすぎません。
――二つ目の前提条件について、もう少しうかがわせてください。出雲さんは部下の仕事を評価するにあたって、どのような点を重視されているのでしょうか。
出雲:どんなものでもいいんですが、「あ、これはちょっと、自分には思いつかないな」と思わせてくれるような切り口をもって仕事に取り組んでいるかどうかですね。ひとつ例をあげましょう。
ある大手百貨店の売り場スペースをお借りして、ゴールデンウィーク明けよりミドリムシに関する展示を行っていました。その最終日が、ちょうど昨日(5月17日)でした。そして、昨日の朝7時の時点で、予算達成状況がギリギリだったのです。
しかも、昨日は朝から大雨。言うまでもないことですが、平日で、しかも雨となれば、客足は鈍ります。正直、「予算の達成は厳しいかもしれない」と思いました。
――おそらく私が同じような状況に立たされたら、出雲さんと同じことを考えると思います。
出雲:ですよね。ところが、最終日の朝9時、このプロジェクトの担当責任者は意外なことを口にしました。その担当者は、「今日は雨が降っています。ひとり一人のお客様とじっくりお話しできるチャンスがめぐってきたように思います」といったんです。
たしかに、最終日直前の週末、ほんとうに大勢のお客様がお越しになられたために、とにかくお客をさばくことに手いっぱいで、ていねいな接客ができなかった。それは私も間近で見ていたので知っていました。
でも、朝の7時から2時間ほど考えていたにもかかわらず、私は「マスクをして、知らない人のフリをして買い物に行こうか」程度のアイディアしか思いつけなかった。
一方、担当者は「じっくり接客するためのチャンス」と捉えていた。つまり、私にはない切り口をもって仕事に取り組めていたわけです。当然、見ているこちらとしては、「この仕事は、彼・彼女に任せたほうがいいな」と思いますよね。
ちなみに昨日の深夜、その担当者からは「やりました!」という題名の報告メールが送られてきました。無事、予算を達成できたというわけです。
――ちょっと出来すぎなぐらいに(笑)、いい話ですね。
出雲:私もそう思います(笑)。でも、最近は本当にこんなことばかりなんですよ。先方のところへ久々に行ったりすると、「あなたは忙しくてなかなか来てくれないが、御社のご担当は、本当に充実したコミュニケーションをとってくれる」と満足げな顔でいわれることが増えてきました。
正直なところ、「自分を超えられた」という意味で、若干さびしい気持ちもあります。でも、やっぱり嬉しいですよね。
(了)
※『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。――東大発バイオベンチャー「ユーグレナ」のとてつもない挑戦』オーディオブック版も配信中。購入者特典として、出雲社長ご本人からのメッセージ音声も巻末に収録しています。詳しくは https://www.febe.jp/product/233548
もしくは、「部下の成長のために」という大義名分をかかげて、何でもかんでも部下に仕事を振ろうとする上司もいるかもしれない。
いずれにしろ、世の上司にとって、部下に仕事を任せるということは、一筋縄ではいかない、難しい問題だ。
特に、ベンチャー企業の場合、ヒト、モノ、カネどれをとっても不足してしまうことが多い。結果、常に切迫した状況になり、一人で何でも解決してしまうようなエース社員に頼りがちだ。
――インタビューの前編で、「仲間を信じること」という話題が出たので、うかがわせてください。他の取材で経営者の方にお話をうかがっていると、「経営者が本来的にすべきでない仕事」については、どんどん現場へ任せていくことが経営のひとつの理想形、といったような声を聞きます。この点について、出雲さんはどのようにお考えですか。
出雲:大きな商談が決まったとき、契約書のサインをしに出てくるのは、社長であることが多いと思います。
弊社でも、創業後6年目ぐらいまでは、「先方も社長が出てくるから」という理由だったり、社内の仲間が「ここはひとつ、社長が案件をまとめたことにしましょう」と気遣ってくれたりして、私がそういった場に出ていくようにしていました。
でも2012年ごろ、ありがたいことに大型受注が相次いだこともあり、「このスタイルのままでいいのだろうか」と疑問に思うようになったんです。実際には、現場の担当者が頑張ってくれたからこその受注なのに、最後の一番おいしいところだけ私が持っていくのはどうなんだろう、と。
――出雲さんはそこでどのような行動をとったのですか。
出雲:あるとき、少しビクビクしながらも先方に「私の代わりに現場の責任者を向かわせてもよろしいですか?」と尋ねてみました。すると、「そういうことなら、出雲さんが出てこなくても構いませんよ」と快諾いただけて。
後日、現場責任者に先方の様子を聞いてみたら、「あなたは、社長からずいぶん信頼されているんですね」とお褒めの言葉をいただいたとのことでした。
以来、案件をクローズさせるときに私が出ていくことは減っていき、今ではすっかり現場の責任者たちに任せています。
――なるほど、「案件をクローズさせる」という仕事は完全に手放したのですね。
出雲:ええ。このような文脈で「手放す」「任せる」といった言葉をつかうと、すばらしいことのように聞こえるかもしれません。でも一歩まちがえると、単なる社長の怠慢ということになりかねない。
だからこそ、「この仕事は、彼・彼女にやってもらったほうがいいものなのかどうか」を慎重に見極める必要があると思うのです。そして、正しい形で現場に仕事を振るためには、前提条件が二つあると考えています。
――その2つの前提条件とは、どのようなものでしょうか。
出雲:まずは、お客様の反応です。私よりも担当者が行ったほうがお客様は喜ぶということが必要です。もうひとつは、彼あるいは彼女が、私よりも立派な仕事をしていると私が思えること。これらがセットになっていない状態で仕事を任せても、それは「やらせているだけ」にすぎません。
――二つ目の前提条件について、もう少しうかがわせてください。出雲さんは部下の仕事を評価するにあたって、どのような点を重視されているのでしょうか。
出雲:どんなものでもいいんですが、「あ、これはちょっと、自分には思いつかないな」と思わせてくれるような切り口をもって仕事に取り組んでいるかどうかですね。ひとつ例をあげましょう。
ある大手百貨店の売り場スペースをお借りして、ゴールデンウィーク明けよりミドリムシに関する展示を行っていました。その最終日が、ちょうど昨日(5月17日)でした。そして、昨日の朝7時の時点で、予算達成状況がギリギリだったのです。
しかも、昨日は朝から大雨。言うまでもないことですが、平日で、しかも雨となれば、客足は鈍ります。正直、「予算の達成は厳しいかもしれない」と思いました。
――おそらく私が同じような状況に立たされたら、出雲さんと同じことを考えると思います。
出雲:ですよね。ところが、最終日の朝9時、このプロジェクトの担当責任者は意外なことを口にしました。その担当者は、「今日は雨が降っています。ひとり一人のお客様とじっくりお話しできるチャンスがめぐってきたように思います」といったんです。
たしかに、最終日直前の週末、ほんとうに大勢のお客様がお越しになられたために、とにかくお客をさばくことに手いっぱいで、ていねいな接客ができなかった。それは私も間近で見ていたので知っていました。
でも、朝の7時から2時間ほど考えていたにもかかわらず、私は「マスクをして、知らない人のフリをして買い物に行こうか」程度のアイディアしか思いつけなかった。
一方、担当者は「じっくり接客するためのチャンス」と捉えていた。つまり、私にはない切り口をもって仕事に取り組めていたわけです。当然、見ているこちらとしては、「この仕事は、彼・彼女に任せたほうがいいな」と思いますよね。
ちなみに昨日の深夜、その担当者からは「やりました!」という題名の報告メールが送られてきました。無事、予算を達成できたというわけです。
――ちょっと出来すぎなぐらいに(笑)、いい話ですね。
出雲:私もそう思います(笑)。でも、最近は本当にこんなことばかりなんですよ。先方のところへ久々に行ったりすると、「あなたは忙しくてなかなか来てくれないが、御社のご担当は、本当に充実したコミュニケーションをとってくれる」と満足げな顔でいわれることが増えてきました。
正直なところ、「自分を超えられた」という意味で、若干さびしい気持ちもあります。でも、やっぱり嬉しいですよね。
(了)
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