週刊文春が報じた経営コンサルタント、ショーン・マクアードル川上氏の学歴詐称問題が世間を賑わせている。川上氏は公式ホームページ上の英文経歴に「テンプル大学でBA(学士)、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得。パリ第1大学に留学」と記載していた。ところが川上氏は、学士を含め学位、また修了書が発行される類のプログラムに一切参加したことがなかった。これを受けて、同氏は出演するテレビ、ラジオ番組も降板になった。


川上氏が偽った学歴には、米国の大学に加えてフランスにあるパリ第1大学も含まれていた。パリ第1大学とは、どのような大学なのか? じつはフランスにおける大学の仕組みは、日本とは少々異なっている。

「パリ大学」「ソルボンヌ大学」留学の曖昧さ


現在において「パリ大学」とは、パリおよび近郊に散らばる13の大学の総称である。それぞれ1から13まで数字が付いており、パリ第1大学は「パンテオン・ソルボンヌ」とも呼ばれる。各大学で扱う学問分野も異なり、パリ第1大学は主に経済、経営、政治、法律、歴史などだ。

日本でも有名な「ソルボンヌ」という名前を冠している大学は、13あるうち3大学に限られる。今回の騒動で名前が出たパリ第1大学と、パリ第3大学「ソルボンヌ・ヌーベル(新ソルボンヌ)」そしてパリ第4大学「パリ・ソルボンヌ」である。



今回の件とは別に、フランスに留学経験がある人の中には、自らの経歴にしばしば「ソルボンヌ大学留学」と記している場合がある。前述の説明と照らし合わせれば、ソルボンヌとは「パンテオン・ソルボンヌ」「ソルボンヌ・ヌーベル」「パリ・ソルボンヌ」のどれか、ということになる。ただ通常、現地の学生は各大学のことを数字で呼ぶか、または「パンテオン・ソルボンヌ」といった個別の名称で言うため、「ソルボンヌ大学」という書き方は、現地で学んでいたことからすれば少し不自然だ。

一方でパリ第4大学は、フランス語を母語としない人向けの文化・語学コース「Cours de civilisation francaise de la Sorbonne※(ソルボンヌ文明講座)」を開いている。「ソルボンヌ大学留学」と書いている人の中には、このコースを意味していることもある。ただし、同コースはパリ第4大学の学士課程の一部ではない。校舎も別の場所だ。よって現地の学生と同じように学んでいるわけではなく、厳密に言えば「大学留学」とは意味合いが異なる。



フランスのエリートは大学に行かない


フランスの高等教育を理解する上で少しややこしいのが、大学は必ずしも高等教育の頂点ではないということ。将来、高級官僚または大企業の幹部を目指す学生は、大学とは別のグランゼコールという学校へ進学する。

グランゼコールとは、その分野における高度な専門知識を持った人を養成する実学重視の学校だ。フランスの大学は、高校修了および大学入学資格であるバカロレアを取った学生なら誰でも入れるが(その代わり卒業は難しい)、グランゼコールは入学も卒業も難しく、学費もかかる(大学の場合、学費はそこまでかからない)。

グランゼコールにも難易度はあり、名門校に入るには、それなりの努力と費用がかかる。そのため期間限定の交換留学ではなく、現地の学生のように入学・卒業した日本人がいれば、その人は相当頑張った人である。

このことから、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを修めたことを前提にしていた川上氏が、HEC(フランスを代表する経営大学院)など名門グランゼコールを書かず、パリ第1大学を選んだのは、少し控えめな印象を受けた(だから真実味があったのかもしれないが)。

川上氏の問題は残念だったが、まだ40代後半。経歴が嘘だったらこれから真実にすればいいし、学ぶということに年齢は関係ない。過ぎたことに落胆するのではなく、再チャレンジしてほしいと願うのは、私だけではないはずだ。
(加藤亨延)

※francaiseのcは、本来はcにセディーユを付した文字