"天才"がセレッソ大阪に帰ってきた。

 2014年7月、柿谷曜一朗はスイス1部リーグのバーゼルに完全移籍した。日本代表の一員として臨んだブラジルW杯で惨敗。柿谷は途中出場で2試合ピッチに立ったものの、自分のプレーがまったくできなかった。その悔しさから、自らの成長を求めての海外挑戦だった。

 だが、海外で自らの価値を証明し、成長の手応えをつかむのは、容易なことではなかった。

 1年目の2014−2015年シーズンは、パウロ・ソウザ監督と起用法について衝突するなどして、リーグ戦は14試合出場3得点という成績にとどまった。2年目の今季(2015−2016年シーズン)は、ウルス・フィッシャー監督のもと開幕スタメンを果たし、ゴールも記録して順調なスタートを切ったかに見えたが、その試合で負傷。戦列を離れている間に新戦力が台頭するなどして、柿谷は居場所を失った。結局、リーグ前半戦を4試合出場1得点という不本意な成績で終えた。

 そして昨年12月、柿谷はクリスマス休暇で帰国した際に"セレッソ復帰"を決心した。バーゼルとは4年契約だっただけに、まさに電撃的なニュースだった。

「いろいろと思うことはあるけど、考えた末の決断なんで、(復帰を)決めた以上は、セレッソで精一杯やる。この時期に完全移籍で獲ってくれ、しかも背番号『8番』を用意してくれたクラブには本当に感謝している。(2年前とは)チームは少し変わったけど、自分も2012年に(期限付き移籍していた)徳島ヴォルティスから戻ってきたときよりも年を重ねているし、チームを引っ張っていかなあかんと思っている。自分だけの力でJ1に昇格させるわけじゃないですけど、それを果たす責任は(自分には)あると思っています」

 相当な覚悟をもって戻ってきた柿谷。その"エースの帰還"には、チームメイトも一様に喜びの表情を見せた。なかでも、下部組織の頃からよく知るMF扇原貴宏は、柿谷の復帰を誰よりも歓迎した。

「セレッソが好きで、『(J1に)昇格させたい』という気持ちを持った人が戻ってきてくれたことは、チームにとってすごく大きい。その思いが強い選手がひとりでも多くなれば、チームとしてのまとまりも出てくると思う。それに、うちには曜一朗くんみたいなタイプがいなかったんで、戦力的にも大きい。僕自身、曜一朗くんの速い動き出しに合わせてパスを出すタイミングを忘れかけていたんで、調整していかないといけない。他のみんなにとっても、いい刺激になっているし、攻撃のバリエーションも増えると思うので、(柿谷の復帰は)プラスでしかないですね」

 宮崎キャンプでは、柿谷はあらゆることに目配りをしていた。セレッソユースの後輩で、ドルトムント(ドイツ)から戻ってきたばかりのMF丸岡満と、練習後に一緒にランニングしてホテルに帰るなど、機会を見ながらさまざまなアドバイスを若手選手に送っていた。

 また、練習中は、いろいろな選手に柿谷のほうから積極的に声をかけ、コミュニケーションを図っていた。その際には、柿谷を中心にして笑いが起こるなど、このチームにおける『8番』の存在の大きさを、改めて垣間見た気がした。

 明るい雰囲気の中でも、練習試合や、戦術的な練習になると、柿谷からは緊張感が漂ってきた。そこから、J1昇格への思いの強さが伝わってくるようだったが、そうしたムードを漂わせた理由は、それだけではなかった――。

 チームは今季、4−4−2のシステムをベースにして、攻撃時には4−3−3、4−2−3−1、4−2−4といった形をとる。その際、1トップの位置に立つのは、柿谷だと思っていた。2013年シーズン、セレッソの1トップを務めた柿谷は、J1で21得点を挙げてベストイレブンにも選出されるほどの活躍を見せたからだ。

 ところが、キャンプ中の戦術練習や練習試合で1トップに配置されたのは、187cmの大型FWリカルド・サントス(ブラジル出身。貴州人和/中国→)だった。柿谷は、主に左サイドを任されていた。ときどきトップ下に入ることもあったが、1トップのポジションに入ることはなかったのである。

 なぜ、柿谷の1トップではないのか。大熊清監督が厳しい表情を見せて、その事情を説明してくれた。

「1トップは、柿谷にとって、一番気持ちのいいポジションだと思う。宮崎キャンプの前に行なったタイキャンプでは、1トップの位置で生き生きとプレーしていた。でも、相手が守備の人数を増やしてきたときや、J2の強烈なストッパーを前にして、はたして柿谷は勝てるのか? というと、そんなに甘くはないと思う。逆に、粘り強いDF陣に対しては、リカルドの高さや強さのほうが(チームには)生きてくる。それで今は、(柿谷には)左サイドをやらせているけど、実際にそこがいいかな、と思っている。

 例えば、ガンバ大阪の宇佐美貴史は昨季、左サイドで窮屈そうにプレーしていたけど、それをどう乗り越えていくのかが、彼の課題になっている。日本代表FWの岡崎慎司(レスター/イングランド)にしても、サイドに置かれた最初は何もできなかったけど、最終的には自分のモノにしていった。同様に柿谷も、窮屈なサイドでどういうポジションを取ったら、相手の脅威になり、守備のバランスを崩さずにやれるか、それらを学んでいく必要がある。守備もキチッとできて、選手としての幅を広げて育っていったほうが、柿谷のためにはいいと思っている」

 大熊監督は、2014年シーズンの前半戦で柿谷が研究されて力を発揮できなかったことや、スイスでほとんど試合に出られなかったことを憂慮していた。ここ2年間、柿谷はまったく結果を出していないからだ。しかし"柿谷再生"なくして、J1昇格は語れない。それには、柿谷も選手としての完成度をより高める必要がある。そのため、大熊監督はあえて柿谷の主戦場をサイドにしたのだ。

 だからといって、柿谷のレギュラーが確約されているわけではない。左サイドのポジション争いは、かなり熾烈だ。新加入のFWブルーノ・メネゲウ(ブラジル出身。大連阿爾浜/中国→)は、迫力のある突破が持ち味で、球際での強さを誇る。大熊監督の評価も非常に高い。また、ツエーゲン金沢から移籍してきたMF清原翔平も、動きが素早く、当たり負けしない選手として、高い存在感を示している。柿谷が最もレギュラーの座に近い位置にいるとはいえ、うかうかしてはいられない状況だ。

 さらに、海外でプレーしてきた選手は、日本のサッカーに慣れるまでに、ある程度の時間を要することがある。特に攻撃の選手は、海外と日本のサッカーとでは、やり方もリズムも異なるので、その対応に苦労するケースが多い。柿谷も例外ではなく、そうなる可能性はある。

「海外から戻ってきたら(日本のサッカーに)慣れるのが難しいという話は聞いていますけど、それは試合をやってみないとわからないんで、それほど気にはしていないです。ポジションについても、今はまだキャンプ中なんで、トップとかサイドとか、特にこだわらないし、気にしていない。最終的に監督が決めることなので、自分は与えられたポジションでやるだけです。ただ、どこにおっても、自分は点を取ることに集中しているし、自分の仕事をそこでしっかりできればいいかなと思っています」

 さまざまな不安について、柿谷はそう淡々と語って一蹴した。

 初めて一緒にやる選手もいるが、勝手知ったる古巣でのプレーである。そこに、不安を感じることはないのだろう。しかも、J2の舞台は徳島時代を含めて148試合を戦い、十分に経験している。キャプテンとしての重責もあるが、柿谷なら無難にこなせるに違いない。

 だが、大熊監督が柿谷に要求しているモノは、かなり高いところにある。

「柿谷は、攻撃のセンスがあるし、ボールを奪う守備でも努力はしてくれている。あとは、攻撃も、守備も、粘り強く同じことを繰り返しできるか、でしょう。例えば、セレッソと対戦するとき、相手は前に出てこないことが多いので、攻撃では、狭いスペースの中で何度も裏を狙い、何回も敵のラインと駆け引きすることが必要になってくる。守備でも、最初にかわされたあと、休むんじゃなくて、2回、3回と(相手を)追い続けることが重要になる。でも(柿谷は)まだそれらができていない。それらをすべてやれてこそ、柿谷は自分の殻を打ち破って、もうひとつ上のレベルに行けるんだと思う」

 サイドで"新たな"柿谷を見せること。それは、かなり高い壁だ。その壁を打ち破るのは、ある意味、バーゼルに残留してレギュラーを奪うことよりも、難しいミッションかもしれない。しかしそれができれば、「責任を負う」と語ったJ1昇格へ、柿谷は誰よりも大きな貢献を果たしてくれるはずだ。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun