この時期になると毎年わき出てくる箱根駅伝に対する非難。おそらくは駅伝や長距離走に関心がないけれど、テレビで長時間放送されるので何となく見てしまった人がぶち上げる非難なのでしょう。毎年同じような非難が提示され、同じような議論がグルグルとまわっているように思われます。

そうした非難は、おそらくは「駅伝なんて別に面白くない。興味もない。しかし周りが騒いでいる。テレビを独占されている。気に入らない」という気持ちに端を発し、とにかくケチをつけてやろうということで、後づけでもっともらしい理由をひねり出しているのでしょう。基本的に筋が通らないものばかりです。

箱根駅伝に対する非難の代表的なものには、以下のようなものがあります。

・意識がもうろうとした選手を走らせるのは危険であり、残酷である
・テレビ局や大学に選手が利用され、「やりがい搾取」されている
・関東のローカル大会に過ぎないものを大々的に採り上げすぎである
・マラソン選手の育成につながっていない、むしろ悪影響

しかし、これらは「気に入らないからケチをつけてやろう」としているがゆえに、いかにも無理筋な非難ばかりです。

意識がもうろうとしながら走るのは確かに危険ですが、本当に選手の安全が脅かされた際は、選手を制止して競争を中断しています。過去の大会でも何度もそういう場面がありました。スポーツは多かれ少なかれ肉体を酷使するものであり、ラグビーの試合中の脳震盪や、ボクシングの試合中のダウンなども同様に「危険」であり、サッカーや野球でも骨折等の怪我を負う場合はあります。危険でないスポーツなどないのです。

「危険である」という非難は、ことさらに箱根駅伝だけに向けられるべき非難ではありません。もし、安全管理における不備があれば是正すべきですが、箱根駅伝では「競技中に故障、疾病等によって走行困難となり歩行、立ち止まり、横臥等の行動に移った場合」は「競技続行の意思を持っていても」競技を中止させることが定められており、医務車を含めた車両が安全確保のために伴走しています。取り立てて安全管理に対する不備があるとは言えないでしょう。

「危険であり、残酷である」という意見を持つ方は「スポーツなど無用。危ないだけだからすべてやめちまえ」と言っているも同然。箱根駅伝だけでなく、すべてのスポーツに対して同じように非難するべきでしょう。そして、それはいかにも暴論であります。

「やりがい搾取」論も頻繁に見受けられますが、これもまったくの見当違い。2015年のスポーツ中継で1位となったほどの国民的スポーツコンテンツに選手として参加することが、どれほどやりがいがあることか。テレビ局や大学が自身の営業・宣伝に箱根駅伝を活用することも、しごく当たり前のことであり、箱根駅伝を支え、作ってきた人たちが当然受け取るべきリターンです。

「搾取」されているのではく、青春を賭けるにふさわしいだけのやりがいがある舞台に、選手は全力で挑戦しているのです。誰がやっても同じバイトをやっているのではなく、望んでも叶わないほどの栄光を目指して頑張っているのです。非難する人が腹の底で「こんな長い距離走ってバカじゃねーの」と思っているから、勝手に「搾取」などと決めつけているのでしょう。駅伝を走っても金は儲からないかもしれませんが、素晴らしい青春の思い出は得られるはずです。頑張る価値がある。

「関東のローカル大会」云々に至っては、何をか言わんや。「日本のローカル野球大会」とか「日本のローカル相撲大会」とか「アメリカのローカルバスケット大会」とか、どんなものにでも当てはまることじゃないですか。ローカルだったりガラパゴスだったりすることは、コンテンツの人気や価値とは関係がないものです。むしろ、世界遺産のようにガラパゴスであるがゆえに価値が高まるというケースもあるわけで、「関東のローカル駅伝大会」であることをもってしてケチをつけようなどと言うのは無理筋にもほどがある。