京王線新宿駅は関東の大手私鉄の中で有数のターミナルだ。1日平均の乗降人員数は約73万4000人で、小田急線新宿駅の約48万8000人や西武池袋線池袋駅の約47万8000人よりも多い。

上記の人員数は京王線(本線)と京王新線を合算したもの。両路線の線路は新宿駅でつながっておらず、少し離れた場所にある。
本線のホームは1〜3番線で、京王百貨店とルミネ新宿の地下15メートルに位置する。一方の京王新線・都営新宿線ホームは4・5番線で、甲州街道の直下26.5メートルに造られた。両ホームは連絡通路でつながっている。

よく見ると...「貸付財産票」の文字が

その途中に不思議な札があるとネットで話題になっている。きっかけとなったのはAsami Yuukiさん(@asami vtj)の投稿だ。

問題の札は、特急や準特急が忙しく入線・発車する3番線の南端の柱に貼られている。「貸付財産票」という名称で、東日本旅客鉄道(JR東日本)が発行したようだ。

この情報をキャッチしたJタウンネットは現地に向かった。

普通に通路を歩いていると気づかないような位置に貼られていた。

札の貼られている地点はルミネ新宿1の地下にかかっていると推定される。株式会社ルミネはJR東日本が株式の95.1%を保有している。


先の財産票で「地積」が654平方メートルと記されているのが気になった。縦横にして25×25メートルくらいだが、ルミネ新宿1の敷地で京王線が使っている面積はもう少し広そうに思える。

不動産登記上を調べた。するとルミネ新宿1の建っている土地は複数の「地番」(登記上の番号)に分かれていた。
情報をとった地番は新宿区西新宿一丁目30番1。地積は510平方メートルで、所有者はJR東日本。まだ114平方メートル足りない。


ルミネ新宿1付近の「公図」

不動産登記に関するサイトにはよく、「鉄道の地下構造物には区分地上権が設定されている場合が多くある」と書かれているが、今回請求した登記簿にそれらしき記述はない。
よく考えてみれば先の札は「貸付」――すなわち債権債務関係であることを示している。物権である区分地上権とは性質が異なる。
貸しているのは土地だけか、建築物を含むのか、さらに動産も入るのか――。

よくよく考えると、不思議な新宿駅南口の区画

それにしても、小田急電鉄の商業ビル・新宿ミロードや京王百貨店、甲州街道に囲まれたあの区画に、なぜJR東日本関連の建物がポツンと建っているのだろう。


ルミネ新宿1(Dexsさん撮影、Wikimedia Commonsより)

さらに調べていくと、「京王電鉄まるごと探見」(JTBパブリッシング)に次のような記述を見つけた。

「電圧降下と車両の整備不良等により、京王線が終点の京王新宿まで運行できない事態を重く見た東急本社は、急遽運輸通信省と協議を行い、小田急線新宿駅西側の運輸通信省(国鉄)所有地に京王線を引き込んで応急的に京王線新宿駅とすることにした」
「この用地は、関東大震災後に策定された新宿西口前の都市計画により、鉄道省新宿駅敷地の一部に編入されたもので、新宿への乗り入れを希望している東京横浜電鉄(編集部注:現在の東急東横線)の駅予定地として確保されている土地であった」

京王百貨店の建っている土地は現在、京王グループ所有となっている。
ということは、どこかのタイミングで京王線新宿駅の部分を譲渡し、角地は国鉄に残したと推察される。

ちなみに、国鉄が所有する前の大正時代は、商店や工場などがあったようだ。


「新宿区地図集-地図で見る新宿区の移り変わり 淀橋・大久保編」(東京都新宿区教育委員会)に掲載されている、1925年の新宿駅西〜南口。
「ステイション新宿」(新宿歴史博物館)に掲載されている、1935年頃の新宿駅西〜南口。

京王線新宿駅が地下化されたのは1963年4月。当時の地下ホームは6両対応の2面4線で、1965年6月に都内初の冷房駅となるなど、先進的な施設を誇った。
しかしまもなく利用客数増に対応しきれなくなり、数回にわたってホームの長さを延長、1982年10月にほぼ現在の形になった。
当初は京王の敷地に収まっていたホームが、徐々にルミネ側にはみ出していったと思われる。

一方、ルミネ新宿1がオープンしたのは1976年3月のこと。「新宿駅100年のあゆみ」(日本国有鉄道新宿駅編)にはこう記されている。

「これまでの南口の乗換は複雑で不便な点が多かったが、連絡設備の拡充で、小田急、京王線からの連絡がスムーズになり、混雑緩和にも大きな役割をはたすことになった」

この2年半後、新線新宿駅ホームが供用開始される。1980年3月からは都営新宿線との直通運転が開始された。
ルミネ新宿1が乗り換えの拠点となることを見越して建設されたのだろう。

最後に。「家屋番号」30番1の登記簿情報を取得した。
そこに記されていたのは「木造かわらぶき2階建の店舗居宅」。大きさは小屋くらいで、ある女性の所有となっている。しかも所在は西新宿一丁目30番2。公図にそれらしき場所は見当たらない...。
次に「土地」の30番2を請求したところ、「該当なし」だった。

「不動産登記簿と現況は違っていることが多い」と大学時代に習ったことがあるが、まさにその通りだ。
新宿駅南口の権利関係の全貌を明らかにするどころか、謎はかえって深まる......。