『はじめての福島学』(開沼博著/イースト・プレス刊)。福島の現状を客観的なデータを用いながら解説した一冊。冒頭にクイズ形式で記されている「福島を知るための25の数字」に加え、開沼さんが歯に衣着せずに書く「福島へのありがた迷惑12箇条」などデータ本にとどまらない読み物としての面白さも秀逸。

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福島の問題について興味ありますか?「ない」と言うと意識が低いと思われてしまいそうだし、「あります」と言い切るほど詳しいわけでもない。そりゃ、福島の人々が一日でも早く元の生活を取り戻して欲しいとは思っているけど・・。少なからぬ人はこう思っているのではないでしょうか。「いえ、福島には関心があります!彼らは現代日本社会の犠牲者なのだから、みんなで手を差し伸べるべきです!」「いやいや、放射能汚染は未だ深刻だから軽々に福島の復興を謳うことは却って放射能被害を拡散することになりかねません!」

未だに様々な角度から議論されることの多い福島の問題ですが、こうした風潮に辟易としている人たちがいます。他ならぬ福島の人々です。「福島の問題って語らなければならない、という雰囲気がどこかあって、『復興が遅れている!』と言いたがる人も多いのですが、前のめりの姿勢に解決策が伴っていない場合がほとんどです」そう語るのは今年の3月に「はじめての福島学」を上梓された社会学者の開沼博さん。

「福島学」という学問ジャンルを聞いたことがないという人も多いでしょうが、それもそのはず。これは開沼さん自身が福島の問題を体系的かつ継続的に分析・考察するために始めたジャンルです。『はじめての福島学』では冒頭に「震災前に福島県で暮らしていた人のうち、県外で暮らしている人の割合はどのくらい?」や「年間1000万袋ほどつくられる県内産米の(中略)うち放射線量の法定基準(1kgあたり100ベクレル)を超える袋はどのくらい?」などといった、現在の福島に関する質問が25個挙げられています。

同書では、丁寧に福島の現状やそれにまつわる問題点を丁寧に説明しながら、それらの数字の持つ意味を解説しています。発売直後から評判になり、アマゾンのカテゴリー別ベストセラーでも1位をキープしていますが、福島のことを知りたい県外の人のみならず、福島県内での売れ行きもいいのが特徴だといいます。

「これまでは県外の人から『なぜあなたは福島に住み続けるのか?』というような上から目線の発言をされたり、放射能被害についても的外れなことを言われてもうまく言い返せずストレスを感じていた福島の人から、数字などの客観的なデータで説明してくれるのでスッキリしたという話を聞きます」(開沼さん)事程左様に“意識の高い”人ほど、トンデモな俗流フクシマ論を展開し、却って福島の人にとってありがた迷惑になっているという現実があるのです。

ちなみに最初の問いの答え、県外で暮らしている人は約2.5%、法定基準値を超える放射線量が検出されたのは年間約1000万袋の内、2012年が71袋、2013年が28袋、2014年が目下0袋。「そんなに少ないの?」と驚く人も多いかもしれませんが、これは信頼のおける客観的データなのです。では福島はもう大丈夫かといえば、もちろんそんなはずもありません。水産業や観光などではまだまだ復興への課題が多いというデータも示されています。

そして本書が秀逸なのは、読み進めればそうした課題が3.11の原発事故だけに起因するものではないということがわかるところです。私たちが「福島の問題」と思っていることは、実は日本全国の地方都市で起きている普遍的な問題であり、それがたまたま原発事故という大きなきっかけを得たことによって先鋭に鮮明に露呈したという側面もあるのです。

またデータを読み解く過程で、農産物の流通過程の仕組みも解説しており、通り一遍にデータをなぞっただけでは見えないことがあることもわかってきます。つまり一口に「福島の問題」といっても単純な話ではなく、様々な問題が重層的に絡みあっているのです。

しかしそう言われるとますます「福島の問題」について発言しにくくなってしまいます。その結果、メディアでも一つの問題に対して「両論併記」し、「それぞれの判断を尊重して判断・行動していくべきだと思います」という毒にも薬にもならない意見が多く見られるようになってきていますが、開沼さんは言論のそうした現状から次のステップに移らなければならいと力説します。

「本にも書きましたが『科学的な前提にもとづく限定的な相対主義』という態度が大切です」本書によるとAという考え方が絶対で、BやCの考えは許されない!というのが絶対主義であるのに対し、Aという考えもBもCもあるよね、というのが相対主義。「福島は危険で、政府が情報操作でそれを隠しているんだ!皆目を覚まして早く福島から逃げろ!」といのが絶対主義で、先述の「両論併記」は相対主義。

それに対して、開沼さんが提唱する「科学的な前提にもとづく限定的な相対主義」というのは、安全なものは安全、危険なものは危険としっかりとしたデータにもとづきながら語り、是々非々で「適切な反応」をしていくというものです。たとえば、確かに福島にはまだ放射線汚染のひどい地区があることは認めながらも、先に挙げた米の全袋検査の結果を踏まえ、福島の米はほぼ安全だと言っていいときちっと発信するといった具合です。

福島の復興を思う人は多いでしょうが、本当に福島を思うなら自分たちが意外と現状をわかっていないと認識して、福島に対する「理解の復興」(開沼さん)から始めなければいけないのかもしれません。
(鶴賀太郎)