小林政一の先見の明

第71回日本サッカー史研究会
(3月17日 JFAハウス会議室)

★トラックを400メートルに
 陸上競技場のトラックは1周400メートルである。それを当たり前だと思っていたが、最初から400メートルと決まっていたわけではないらしい。
 言われてみると「なるほど」と思う。
 「スタディアム」の語源は「スタディオン」という古代ギリシャの距離の単位だということだが、古代ギリシャがメートル法だったはずはない。
 近代スポーツ発祥の中心だった英国では、ヤード・ポンド法が使用されていた。メートル法の「1周400メートル」が標準だったとは思われない。
 ところが、現在の国立競技場の前身だった明治神宮外苑競技場は、1920年代の設計当初から1周400メートルのトラックだった。
 これは、競技場の実施設計を担当した内務省明治神宮造営極参与の小林政一の「先見の明」によるものだった。

★フットボールの隆盛を予想
 小林は、その当時の各国のスタディアムを研究した結果、1周400メートルのトラックが、もっとも適当であるという結論に達した。そして内側のフィールドには投擲や跳躍の施設を設けないでフットボール(サッカーとラグビー)のフィールドとした。
 「フットボールは、今後、著しき隆盛を見んとする傾向にある」ので、トラックの内側にフットボールのフィールドを取れるようにするのが将来の利用のためにいいという考えだった。内側のフィールドでサッカーやラグビーができるようにトラックの大きさを決めたのである。
 この話は後藤健生著『国立競技場の100年』(ミネルヴァ書房)のなかに書いてある。3月の日本サッカー史研究会で後藤さんに「国立競技場」の歴史について解説してもらったとき、後藤さんは、とくにこの点に力をこめて語った。

★将来を考えない新国立競技場
 外苑競技場を設計した小林政一は陸上競技場とフットボール場が両立しにくいことも見通していた。
 「我国に於いてもフットボール専用競技場の建造せらるるは遠きに非ざるべしと信ず」と書いているという。
 いま、国立競技場を取り壊して、新国立競技場を建設する計画が進んでいる。開閉式の屋根を持つ8万人収容の大屋内スタディアムに9コースの陸上競技トラックを設け、その内側にサッカーとラグビーのためのフィールドをとる壮大な計画である。
 ところが、この大屋内スタディアムは、2020年の東京オリンピックが終わったあとはスポーツでは使えそうにない。建設費と維持費が莫大なので、使用料がスポーツ競技会では手の届かない高額になりそうだからである。
 将来の利用を考えないで壮大なモニュメントを作ろうとしている関係者に、小林政一の爪の垢を煎じて飲ませたい。