世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第67回 雇用と所得の「質」の問題
日本国内の人手不足の問題が顕在化し、「外国人労働者」の問題がクローズアップされている。中でも土木、建設等の産業分野における人手不足を、外国人で埋めればいい、と主張する人が少なくない(代表が政府の産業競争力会議のお歴々である)。
現在の我が国の人手不足問題は、「働き手」の所得を引き上げる。そもそも人手不足とは、労働者に有利な環境なのだ。長引くデフレや「グローバリズム」により、名目賃金が下がり続けた日本国民にとって、実は現在の人手不足は朗報である。
ところで、人手不足を「日本国民」の手で解決しようとした場合、働き手の賃金水準は上昇せざるを得ない。
すなわち、
「国際競争力が下がる」
というわけである。
企業が「グローバル市場」で利益を上げようとした場合、何しろ国民所得が日本よりも低い国々の企業が競合となるため、国内の人件費は抑制せざるを得ない。
とはいえ、企業の目的は、国民の需要を満たすことだ。グローバル市場で「利益」をひたすら追求することは、企業の本来の目的から外れている。
特に、国民の給与水準を抑制し、海外市場で「国際競争力」を高めるに至っては、本末転倒も甚だしいとしか表現のしようがない。
現在の人手不足を所得水準が低い国々の「外国人」で埋めた場合、当たり前の話として日本国民の賃金も低いままにとどめ置かれてしまう。結果的に、日本国民の購買力は高まらず、国民の消費主導で経済成長するという、我が国の経済にとって「本来、あるべき姿」を取り戻すことは不可能になるだろう。
アベノミクスの好況にわいた2013年、我が国は確かに全体の失業率が改善した。だが、雇用の「質」を見た場合、雇用環境はむしろ悪化したともいえる。
正規雇用が精々横ばいで推移する中、非正規雇用は増え続けた。'13年の失業率の改善は、主に非正規雇用の増加によって実現したわけである。
当然だが、非正規雇用の労働者は、正規雇用に比べて生活が不安定で、お金を使わない。お金が使われなければ、別の誰かの所得が創出されない。
ついでに書いておくと、非正規雇用の増加は我が国の少子化の一因にもなっている。正規社員になれず、雇用が不安定な若い世代は、所得不足が理由で結婚や出産に踏み切れない。
日本における非正規雇用、すなわち派遣労働解禁は、中曽根(康弘)政権期に始まった。その後、橋本(龍太郎)政権下で派遣労働が可能な分野が大幅に拡大し、そして小泉(純一郎)政権期の「製造業への派遣労働解禁」がとどめとなった。
企業にとって、従業員に支払う給与とは「何」を意味するだろうか。
人件費について「利益を圧迫するコスト」としてとらえた場合、派遣労働の拡大は福音だ。それまでは「固定費」であった人件費を、売上に応じて変動する「変動費」と化すことができる。売上が下がった際には、派遣社員を解雇することで「利益」を確保することが可能になる。
特に、グローバル市場で韓国などの企業と競合する大手輸出企業にとって、人件費の変動費化は経営を助けたことだろう。正規雇用を非正規雇用に切り替えることで、頭数は維持したまま人件費を切り詰めることができたのだ。
しかし、繰り返しになるが、企業の本来の目的はグローバル市場で利益を上げることではない。国民の雇用を維持し、所得拡大に貢献し、「国民経済」の成長の主役となることなのである。
わが国で正規雇用から非正規雇用への切り替えが進んだ結果、当たり前の話として国民の購買力は低下した。
購買力が低下した国民は消費を控え、結果的にデフレの真因である「総需要(消費・投資)の不足」が、いつまでたっても解決されない状況が続いたのである。
筆者は、日本の非正規雇用の増加は、デフレを長引かせたのに加え、当の企業の競争力強化の阻害要因になったと確信している。
バブル崩壊までの日本企業の強さは、終身雇用の正規社員が会社へのロイヤリティー(忠誠心)を高め、組織の一員として自らの中に技術、スキル、ノウハウ等を蓄積し、「人材」へと成長したことに起因している。
企業の強さとは、結局のところ所属する「人材」の質により左右されるのだ。そして、短期契約の非正規雇用の従業員が、会社への帰属意識を強め、組織に必要不可欠な人材に成長していくとは思えない。
第二次安倍(晋三)政権は「デフレ脱却」「日本を取り戻す」と訴えた自民党が、総選挙に勝利することで誕生した内閣だ。特に「日本を取り戻す」とは、かつての「強い経済を持つ日本」「国民が豊かになる日本」を取り戻すという意味であると理解している。
アベノミクスの「第一の矢(金融政策)」「第二の矢(財政政策)」のポリシーミックスは、デフレ対策として間違いなく正しい。
それに対し、成長戦略と銘打った第三の矢、すなわち雇用の流動性強化に代表される「構造改革」は、現在の日本には全く相応しくない政策だ。というよりも、構造改革は橋本政権以降の日本国民の貧困化、デフレ長期化の一因となった。
安倍政権は、果たして「いかなる日本」を取り戻そうとしているのだろうか。
労働規制などについて「岩盤規制を突破する」と繰り返している安倍政権は、本当に国民の所得を増やし、豊かになっていく日本を取り戻そうとしているのだろうか。とても、そうは思えない。
挙句の果てに、外国人労働者を増やすことで、折角の「人手不足」という好機を台無しにしようとしている。
安倍政権は、単純に失業率を引き下げるのではなく、国民の雇用と所得の「質」を高める方向に政策を転換しなければならない。さもなければ、日本国民の貧困化は止まらず、支持率は急落するだろう。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。
現在の我が国の人手不足問題は、「働き手」の所得を引き上げる。そもそも人手不足とは、労働者に有利な環境なのだ。長引くデフレや「グローバリズム」により、名目賃金が下がり続けた日本国民にとって、実は現在の人手不足は朗報である。
すなわち、
「国際競争力が下がる」
というわけである。
企業が「グローバル市場」で利益を上げようとした場合、何しろ国民所得が日本よりも低い国々の企業が競合となるため、国内の人件費は抑制せざるを得ない。
とはいえ、企業の目的は、国民の需要を満たすことだ。グローバル市場で「利益」をひたすら追求することは、企業の本来の目的から外れている。
特に、国民の給与水準を抑制し、海外市場で「国際競争力」を高めるに至っては、本末転倒も甚だしいとしか表現のしようがない。
現在の人手不足を所得水準が低い国々の「外国人」で埋めた場合、当たり前の話として日本国民の賃金も低いままにとどめ置かれてしまう。結果的に、日本国民の購買力は高まらず、国民の消費主導で経済成長するという、我が国の経済にとって「本来、あるべき姿」を取り戻すことは不可能になるだろう。
アベノミクスの好況にわいた2013年、我が国は確かに全体の失業率が改善した。だが、雇用の「質」を見た場合、雇用環境はむしろ悪化したともいえる。
正規雇用が精々横ばいで推移する中、非正規雇用は増え続けた。'13年の失業率の改善は、主に非正規雇用の増加によって実現したわけである。
当然だが、非正規雇用の労働者は、正規雇用に比べて生活が不安定で、お金を使わない。お金が使われなければ、別の誰かの所得が創出されない。
ついでに書いておくと、非正規雇用の増加は我が国の少子化の一因にもなっている。正規社員になれず、雇用が不安定な若い世代は、所得不足が理由で結婚や出産に踏み切れない。
日本における非正規雇用、すなわち派遣労働解禁は、中曽根(康弘)政権期に始まった。その後、橋本(龍太郎)政権下で派遣労働が可能な分野が大幅に拡大し、そして小泉(純一郎)政権期の「製造業への派遣労働解禁」がとどめとなった。
企業にとって、従業員に支払う給与とは「何」を意味するだろうか。
人件費について「利益を圧迫するコスト」としてとらえた場合、派遣労働の拡大は福音だ。それまでは「固定費」であった人件費を、売上に応じて変動する「変動費」と化すことができる。売上が下がった際には、派遣社員を解雇することで「利益」を確保することが可能になる。
特に、グローバル市場で韓国などの企業と競合する大手輸出企業にとって、人件費の変動費化は経営を助けたことだろう。正規雇用を非正規雇用に切り替えることで、頭数は維持したまま人件費を切り詰めることができたのだ。
しかし、繰り返しになるが、企業の本来の目的はグローバル市場で利益を上げることではない。国民の雇用を維持し、所得拡大に貢献し、「国民経済」の成長の主役となることなのである。
わが国で正規雇用から非正規雇用への切り替えが進んだ結果、当たり前の話として国民の購買力は低下した。
購買力が低下した国民は消費を控え、結果的にデフレの真因である「総需要(消費・投資)の不足」が、いつまでたっても解決されない状況が続いたのである。
筆者は、日本の非正規雇用の増加は、デフレを長引かせたのに加え、当の企業の競争力強化の阻害要因になったと確信している。
バブル崩壊までの日本企業の強さは、終身雇用の正規社員が会社へのロイヤリティー(忠誠心)を高め、組織の一員として自らの中に技術、スキル、ノウハウ等を蓄積し、「人材」へと成長したことに起因している。
企業の強さとは、結局のところ所属する「人材」の質により左右されるのだ。そして、短期契約の非正規雇用の従業員が、会社への帰属意識を強め、組織に必要不可欠な人材に成長していくとは思えない。
第二次安倍(晋三)政権は「デフレ脱却」「日本を取り戻す」と訴えた自民党が、総選挙に勝利することで誕生した内閣だ。特に「日本を取り戻す」とは、かつての「強い経済を持つ日本」「国民が豊かになる日本」を取り戻すという意味であると理解している。
アベノミクスの「第一の矢(金融政策)」「第二の矢(財政政策)」のポリシーミックスは、デフレ対策として間違いなく正しい。
それに対し、成長戦略と銘打った第三の矢、すなわち雇用の流動性強化に代表される「構造改革」は、現在の日本には全く相応しくない政策だ。というよりも、構造改革は橋本政権以降の日本国民の貧困化、デフレ長期化の一因となった。
安倍政権は、果たして「いかなる日本」を取り戻そうとしているのだろうか。
労働規制などについて「岩盤規制を突破する」と繰り返している安倍政権は、本当に国民の所得を増やし、豊かになっていく日本を取り戻そうとしているのだろうか。とても、そうは思えない。
挙句の果てに、外国人労働者を増やすことで、折角の「人手不足」という好機を台無しにしようとしている。
安倍政権は、単純に失業率を引き下げるのではなく、国民の雇用と所得の「質」を高める方向に政策を転換しなければならない。さもなければ、日本国民の貧困化は止まらず、支持率は急落するだろう。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。