今週はこれを読め! SF編

 これは凄い。異様生態系SFの傑作だ。



 表題になっている「皆勤の徒」は第2回創元SF短編賞を受賞したデビュー作。これに同じ遠未来宇宙を舞台にした三篇を併せ、壮大な人類未来史を構成している。しかし、歴史の流れが俯瞰されることはなく、その時点・その場所でおこっている情景が、あくまでそこに生きる者(人間由来かもしれないが、もう何だかよくわからない生物)の世界観に即して描かれる。もう端から端まで、ぞわぞわむんむんでろでろの迫力だ。



 異様生態系SFの分野には、オールディス『地球の長い午後』、椎名誠『アド・バード』、筒井康隆「ポルノ惑星のサルモネラ人間」など一読忘れられない作品が多いのだが、『皆勤の徒』の鮮烈さは群を抜いている。まったく新しい生態系をかたちづくるとなれば、そこに生息する各種生物も、それらが備えている器官も、本能や生存機能も、また生物間の相互関係性も、すべて馴染みのないものになり、それを表すには新しい言葉が必要となる。つまり、異様生態系SFは本来的に異様語彙SFとなる。酉島世界における生態系/語彙の独特さ・濃密さはただごとではない。



 涙滴(るいてき)形の閨胞(けいぼう)、筋肉質の搾門(さくもん)、内膜に繁る繊舌(せんぜつ)、自立歩行できる隷重類(れいちょうるい)、沓水(ようすい)に濡れた足。



 最初のページからこんな言葉のオンパレード。表意文字の含意や音感がうまく使われていて、「なんとなくわかるが凄く奇態」な世界が繰りだされていく。



 飛びぬけているのは設定や語彙だけではない。『地球の長い午後』ならば共同体からはじきだされた少年の彷徨、『アド・バード』ならば父を探す兄弟の冒険、「ポルノ惑星のサルモネラ人間」ならばエッチな煩悩のドタバタといったように、異様世界と日常感覚とをつなぐ紐帯がはっきりとあったが、『皆勤の徒』にはそうしたわかりやすい物語は用意されていない。たとえば、巻頭に収められた「皆勤の徒」は会社で仕事する従業員の話、第二篇目の「洞(うつお)の街」は学部へ通って勉強する青年の話なのだが、その会社や学部はとりあえずそう呼ばれているだけであって、ぼくらが知っている会社や学部ではない。似ているところもあるが、そもそもの社会システム、いや、それ以前に世界の根本が異なっているので、そうやすやすと共感できない。まあ、会社勤めはツライよねえとか勉強はダイジだよねえとか言おうと思えば言えないことはないのだけど。



「洞の街」の主人公、土師部(はにしべ)は友人の鳴鏑(なりかぶら)から、性の悩みを打ちあけられる。おおっ青春だねえといっしゅん思うのだが、よくよく聞くと鳴鏑くんは身体多様性に富んだこの街の住民のなかでもとくに変異がはなはだしく、性交方法が合致する相手が見つかるだろうかと心配しているのだ。土師部は「きっと同じ変異種に出会えるって」と慰めるのだが、鳴鏑くんは「同じではだめなんだ!」と激昂する。子細は語られないが、これはもうぼくら人間が忖度できる領域ではない。ちなみに、素形(すがた)に近いと鳴鏑くんから羨ましがられる土師部にしても、最初は骨なしで「骨の種が育つまで二年もかかった」という。



 話しているうちに明るさを取り戻した鳴鏑くんは「ぼくは父さんを育てていくよ」と言いだす。いったい、この世界の親子関係はどうなっているのか?



 土師部も鳴鏑くんもしきりに空模様を気にしているのだが、それは「天降り」があるからだ。光点が全天を覆いつくしたとたんに、瀑布のように埜衾(のぶすま)----土師部たちが暮らす地上にはいないさまざまな生物の死骸や断片、なかにはまだ生きているものいる----が降ってくる。そのなかで重要なのは百々似(ももんじ)だ。百々似は復活者を運んでくるのだ。どうやら、鳴鏑くんが育てている父さんも復活者らしい。



 こうした断片的な異常設定を、読者はジグソーパズルのピースをはめこむように世界の全体性へと組みあげていく。それが『皆勤の徒』の醍醐味だ。かなり手応えがあるけれど、巻末の大森望「解説」が丁寧にガイドしてくれているので、本篇を読みながら随時参照するとよいだろう。ネタバレは楽しみをそぐなんてケチなことは気にしなくていい。この作品は謎解きとか意外な真相が読みどころではなく、ネタバレしたほうがかえって凄さがわかる。そのネタがこんなふうに描けるのかという驚き。



 いちばんの吃驚は、この異様な生態系が物理現実にのみとどまらないことだ。酉島伝法はデビュー作からグレッグ・イーガンの向こうを張っていた。なんという新人!



(牧眞司)




『皆勤の徒 (創元日本SF叢書)』
 著者:酉島 伝法
 出版社:東京創元社
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