マスコミに跋扈する 金正日「心臓手術」説は疑問
「将軍様」こと金正日総書記の健康状態についての憶測が飛び交っている。07年に入ってからの登場回数が例年に比べて半分に激減し、「重病説」が唱えられるようになったのだ。5月にドイツの医師団による心臓バイパス手術を受けた、と週刊現代が報じ、英紙が後追いしたかと思えば、米通信社は「動脈閉塞の切開手術」説を唱えた。その一方で、6月上旬には、1日に3箇所の現地指導を行った、という報道もある。たった半月でそこまで回復するとは考えにくく、専門家からは「手術説」を否定する声も聞かれる。
心筋梗塞を起こし、心臓バイパス手術を受けた?
金総書記の「健康悪化説」が本格的に報じられるようになったのは、5月末からだ。5月21日、韓国の聯合ニュースが、07年初めから5月20日にかけての金総書記の公式活動は計23回で、06年同時期の42回に比べると半減した、と報じた。これが憶測を呼び、大手紙「朝鮮日報」が2007年5月29日、米韓の情報当局が「健康悪化説」の確認に乗り出した、と報じた。金総書記は、従来から心臓病や糖尿病を患っているとされるが、同記事では、金総書記がサングラスではなく透明の眼鏡をかけていたことを指摘した上で、眼科専門医の
「糖尿網膜症か何かで治療を受けたなら視野が狭くなって透明の眼鏡を掛けざるを得ない」
とのコメントを紹介、糖尿病の症状が進行していることを示唆した。
6月8日には、週刊現代が、ドイツ人外科医の話として、金総書記が5月末に心筋梗塞を起こし、心臓バイパス手術を受けた、と報じた。執刀を担当したのはドイツの「ベルリン心臓センター」の医師6人で、手術は5月半ばに行われたという。同誌の取材に対して「ベルリン心臓センター」は、5月11日から19日の日程で医師6人が初めてピョンヤンを訪れたことを認めたが、金総書記の手術は否定。人道支援の一環として労働者の手術を行い、手術は成功した、と主張した。
6月10日には英デイリー・テレグラフ紙が西側政府筋の話として北京発で、同様の「心臓手術説」を報じ、最近の金総書記の健康状態を以下のように伝えた。
「休みなしに30ヤード(約27メートル)歩くことができない」
「どこに行くにしても、しばらく座って息を整えるためのイスを持ち歩くアシスタントが同行しなければならなかった」
6月14日には、経済専門の米通信社「ブルームバーグ」が東京発で、「金正日政権とつながりのある人物」の話として、「金総書記が5月にドイツの医師団による動脈閉塞の切開手術を受けた」と報じた。記事によると、1箇所の動脈閉塞が見つかったが、手術で健康を回復したという。経済専門の通信社が北朝鮮情報の特ダネを放つのは異例だが、執筆した記者2人のうち1人は、北朝鮮の訪問記を出版しているほか、もうひとりの記者は長い間「ニューズウィーク」で朝鮮半島問題を主に執筆してきた日本人記者だ。02年に脱北者一家が中国・瀋陽の日本総領事館に駆け込もうとして中国警察に連行された事件が発生した時には、「難民が問う日本の『毅然』」という記事を書き、日本政府の対応を猛烈に非難した。
「重病ならば、米国は交渉しないで死ぬのを待つ」
これらの(韓国からすると)外国メディアの「健康悪化説」を韓国メディアでは大きく伝えているが、これらを否定する見方も少なくない。韓国の北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNK」は、北朝鮮の内部消息筋の話として、金総書記は6月7日、農場や工場など3箇所の現地指導を行ったとした上で、「現地指導の訪問に関連した行事が夜明けの1時まで続いた」と報じた。この消息筋は
「工場の人たちの話では、ここの労働者の技術の成果に満足して表情は明るく、細かい指導を下したという」
と話し、1日に3箇所を回るという「強行軍」であったことから、
「健康がよくなければそのようにすべて回ることができるだろうか」
と、健康悪化説を否定したという。確かに、心臓手術からわずか半月後の「強行軍」は、ちょっと考えにくい。
韓国の李在禎(イ・ジェジョン)統一部長官も6月14日に記者団に対して「特別な兆候はない」と語ったといい、同様に健康悪化説には否定的な見方だ。
コリア・レポートの辺真一編集長も、「重病はない」説を唱える。
「金総書記の健康悪化説は、今に始まった話ではありません。65歳なのだから、病気の1つや2つあってもおかしくありません。問題は、それが業務に支障がでるほどひどいのか、ということ。公式活動は行っており、その写真も発表されていることを考えると、重病はない、と考えるべきです」
では、ドイツの医師団はピョンヤンに何をしに行ったのか。J-CASTニュースが聞くと、辺編集長からは、意外な答えが返ってきた。
「『ベルリン心臓センター』が言うように、労働者の手術をしたんです。金総書記の健康状態は国家機密で、中国やロシアならともかく、西側の医師を呼べば、たちまちその病状はCIAの知るところになります。もし重病ならば、米国は核放棄に向けての交渉なんて真剣にやるはずがない。死ぬのを待ちますよ」