一見すると単なるニュースアプリのようだが…(撮影:編集部)

学習強国(シュエシーチアングオ)」という中国アプリをご存じだろうか。中国共産党のプロパガンダ機関である中央宣伝部が今年はじめにリリースした政治教育アプリで、習近平国家主席の発言や思想、政策情報などの政治ニュースが毎日配信される。ユーザーが頻繁にログインしたり、政治に関するクイズに正解したりするとポイントがたまるほか、ニュースをシェア・コメントするSNS機能も持つ。

コンテンツは政治だけでなく、経済や地方に関するニュースからサイエンス分野や新作映画のレビューなど、多種多様だ。一見すると日本のスマートニュースやグノシーといったニュースアプリのようだが、コンテンツの総合プラットフォームを目指しているといえる。

アプリのダウンロード回数で中国トップに

今年1月1日のリリースからしばらくの間、中国アプリのダウンロード回数ランキングで1位をキープ。登録ユーザーは4月に早くも1億人を突破した。2017年末時点の中国共産党員は約9000万人であり、党員以外のユーザーも多いと見られる。

「学習強国」という名称は、昨年末に習主席が「学習の姿勢を尊重し、学習を強化すべき」と発言したことに由来するという。1月中旬には、党機関紙である『人民日報』がコラムの中で、「『学習強国』は習近平新時代における中国独自の社会主義思想に関する最も権威があり、全面的な情報プラットフォームになった」と評論。習近平政権の、国民からの求心力を高めたいという思惑は一目瞭然だ。「学習」の2文字には、「“習”主席に“学”ぶ」という意味も隠されている。


北京にある大型書店の政治教育専門コーナー(筆者撮影)

世界第2位の経済大国となった中国は、国民の生活や嗜好が多様化する中でも共産党による支配体制を維持すべく、政治教育に注力し続けている。従来は大型書店に政治教育の専用コーナーを設置し、国家主席の思想に関する書籍をずらりと並べるなど、オフラインでの政治教育が中心だった。

だが、習近平政権の成立後、国家主席の発言や政策などに関してオンラインで情報発信する新メディアである「学習小組(シュエシーシャオズ)」が誕生。『人民日報』がSNSの公式アカウントを開設し、国民がスマートフォンから簡単にアクセスできるようにしている。一般人から国内外のマスコミ関係者や政策研究者に至るまで、多くのユーザーを囲い込む。

中国国内のスマホユーザーは約8億人。決済アプリや出前注文アプリをはじめ、多様なスマホアプリが人びとのライフスタイルに劇的な変化をもたらしてきた。とくにインターネット環境の整った都市部に住む中国人にとっては、スマホが欠かせない存在になっている。こうしたスマホの急速な普及と、従来のオフラインでのプロパガンダに対して抵抗感を持つ国民が増えたことを受け、習近平政権はオンラインでのプロパガンダを強化しているというわけだ。

「政府と恋愛関係をつくっても、結婚はしない」

一方、公式発表はなされていないようだが、「学習強国」を開発したのは、中国のEC(電子商取引)最大手であるアリババグループだ。なぜアリババなのかについてはさまざまな憶測がある。単純に技術力が優れているからだという説もあるが、アリババの創業者であるジャック・マー会長が共産党員だからではないかという指摘も多い。同氏はかつて、「政府と恋愛関係をつくってもいいが、結婚はしない」という興味深い発言を残している。だが、アリババの狙いは、政府との良好な関係の維持にとどまらないだろう。

同社は今、2014年にリリースした、中小企業向けのSNS「釘釘(DingTalk)」のユーザー拡大に腐心している。これまでSNSの分野では、「微信(ウィーチャット)」を手がけるライバルのテンセントの後塵を拝してきたが、企業向けSNSは例外的に急成長を続けている。アリババはこの「釘釘」で、行政サービスへの参入を目指しており、「学習強国」アプリを通して政府職員ユーザーの確保を狙っていると見られる。

もちろん課題もある。政府関係の一部ユーザーからは、同アプリの使用が義務化され、獲得ポイントのノルマまで課されることに対する不満の声も上がっている。ユーザー数も1億人を超えたとはいえ、中国の人口はその10倍以上だ。ただ、共産党と巨大IT企業の手がける「学習強国」が、政治教育の常識と中国アプリの業界地図を塗り替える可能性は決して否定できない。