国鉄時代の切符。現在は薄い紙の磁気券が主流だが、横幅はずっと変わっていない(写真:alfataro / PIXTA)

最近は交通系ICカードの普及で切符を買う機会も少なくなっているが、「切符の大きさ」を気にしたことはあるだろうか。近距離の切符は小さく、遠くに行くときの特急券はそれより大きい。でも、どの鉄道会社でも基本的には同じサイズだ。

交通系ICカードも、SuicaやPASMO、ICOCAなど、相互利用可能な主要カードはどれも同じ大きさである。最近見掛ける機会が減った磁気カードの定期券やプリペイドカードなども、各社共通の大きさだ。

何らかの規格があるのだろうと想像はつくが、いまの切符や交通系カードの大きさは、どのようにして同じになったのだろうか。

切符のスタイルを生んだ男

鉄道発祥の国、イギリス。切符もこの国で生まれたが、最初から今のような形ではなかった。

1830年に本格的な鉄道が開業したときの切符は、発着駅のみが紙に印刷され、発車時刻や発売年月日、発行者のサインは手書きであった。すべて手書きのものもあった。1832年には真ちゅう製の円形金属乗車券も登場し、使用後に回収して再利用されたが、これは普及せず紙の手書き乗車券が使われ続けた。そのため時間がかかりクレームも多く、列車は遅れ、売り上げも正確に把握できなかった。

そこに現れたのが、トーマス・エドモンソン。イングランド北部を走るニューカッスル・アンド・カーライル鉄道のミルトン駅長だ。彼は駅の売り上げをチェックするのに苦労していた。小駅なので、当初は切符を発行していなかったのだ。

この状況をなんとかしないといけない。そう考えたエドモンソンは、ボール紙に発着駅名、運賃を木版印刷し、通し番号を手で書き入れることでミルトン駅発の乗車券を作った。その後、日付押印機、乗車券棚、印刷機も開発。通し番号も手書きではなく印刷するようになった。ここで誕生したのが、現在の日本でも使われている57.5mm×30mmサイズの切符だ。

この発明により、エドモンソンの人生は変わった。彼が開発した乗車券は勤務先の鉄道では普及しなかったものの、マンチェスター・アンド・リーズ鉄道の支配人が目をつけ、倍額の給与でエドモンソンを引き抜いた。エドモンソンは特許権を取得し、このスタイルが世界に広まっていった。日本でも鉄道運行開始時からエドモンソン式乗車券が使われるようになった。

共通の数字「57.5mm」


各種の乗車券。短距離の切符(左側)の長辺と特急券など(中央上)の短辺は同じ57.5mm、私鉄の特急券(右下)も同寸だ。横長の大型の券は幅120mm。右上はサイズが異なるフランス・パリの切符(編集部撮影)

現代の日本では、多くの鉄道会社で同じサイズの切符が使われている。中でも、短距離の乗車券はエドモンソンが開発した乗車券のサイズのまま変わっていない。手のひらに収まる57.5mm×30mmのサイズだ。

一方、特急券や長距離の乗車券は、57.5mm×85mm。定期券もこの大きさだ。「青春18きっぷ」など横長の大型の券は57.5mm×120mmである。

この寸法を見て、あることに気づかないだろうか。エドモンソンが定めた乗車券の長辺の長さである57.5mmが、特急券など大きなサイズの乗車券の短辺の長さと同じであることだ。


「みどりの窓口」にあるマルス端末。ここで発券される切符も1辺の長さは57.5mmだ(撮影:尾形文繁)

券売機で発券される切符は、機械の中でロール状になって発券を待っており、発券の指示が出ると同時に印刷され、裏面の磁性体にも情報が入力されて券売機から出てくる。このロール紙の幅が57.5mmなのだ。小さい切符は長辺、大きな切符は短辺を57.5mmとすることで、1種類のロール紙ですべての種類の切符に対応できるようにしているわけだ。指定席券売機やJR「みどりの窓口」にある端末である「マルス」や、私鉄の特急券券売機も同じだ。

かつて発売されていた「パスネット」などの磁気カードや磁気式の定期券も短辺の長さは57.5mmだ。これは自動改札機の投入口が切符のサイズに合わせて設計されているため、ここに投入できるようにつくられたためだ。

最近では、交通系ICカードで鉄道に乗る人がほとんどだ。交通系ICカードの寸法は前述の磁気カードとは異なり、85.6mm×53.98mmである。これはISO/IEC7810という、身分証明書カードの形状を定めた国際規格のうち「ID-1」という規格に基づいている。

これは交通系ICカードに代表される非接触ICカードだけではなく、クレジットカードや銀行のキャッシュカードなどでも使用されているサイズだ。1:1.618の「黄金比」と呼ばれる比率に近い。


交通系ICカードの寸法はクレジットカードやキャッシュカードと同じだ(写真:y_seki / PIXTA)

日本の交通系ICカードで使われている「FeliCa」は、ソニーが開発した技術である。まずは香港で1997年に導入され、2001年にはJR東日本の「Suica」に採用されたことで日本でも広まっていった。鉄道以外に、「楽天Edy」「nanaco」「WAON」などの電子マネーや、会社などの入退室の鍵を兼ねた身分証明証にも使用されている。

これらのカードと同じサイズのクレジットカードやキャッシュカードといった磁気カードの技術は、立石電機(現在のオムロン)によって確立された。カードの裏面に貼った磁気テープに情報を記録し、それを機械に読み込ませるというシステムは、日立マクセル(現在のマクセルホールディングス)との共同開発である。

磁気カードによるオフラインの現金自動支払機は1969年、オンラインのシステムは1971年に稼働した。磁気テープに情報を記録し、機械で読み取る技術が開発されたことによって現在見られるようなオンラインのATMも可能になり、多くの人がキャッシュカードを持つようになった。

サイズの共通化が生んだ便利さ

この際のクレジットカードやキャッシュカードの大きさ――黄金比に基づく大きさ――が、現在の交通系ICカードの大きさのもととなっている。従来の磁気カードとは異なるサイズとなったが、クレジットカードなどと同じサイズとなったことで新たな便利さを生んだ。交通系ICカードとクレジットカードの融合だ。

2003年には、Suicaの機能を搭載したクレジットカードである「VIEW Suicaカード」が登場。交通系ICカードとクレジットカードとの一体化を果たした。銀行系のクレジットカードでもSuicaやPASMO搭載のものが次々と現れ、交通系ICカードをID-1規格にしたことの成果が表れている。

イギリス由来のサイズがいまだに続いている切符。日本が開発した技術やそれによる規格が由来となっている交通系ICカード。サイズにはそれぞれ、理由があるのだ。