曲がりくねった線路を高速で走り抜ける車両には、技術改良の粋が詰まっている(写真:くまちゃん / PIXTA)

海岸線や山間路線でしなやかに車体を傾け走り抜ける特急車両。山地や沿岸路線の多い日本各地で見慣れた風景であるが、この車体を傾ける機構は、変化に富んだ地形上の曲がりくねった線路で、少しでも列車を速く走らせるために日本が進化熟成させた高速化技術なのである。

曲線区間の徐行が速達化のネックとなる

電化などで加減速度や最高速度を向上させることである程度の速達化は実現できるのだが、現実には多くの線区で曲線区間の徐行が速達化のネックとなる。そのため新しい橋梁やトンネルを用いて直線化などの改善を図ってきた。しかしそれには多大な経費や手間がかかる。


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そこで、地上改良費を圧縮して速達化を実現するために、車両側を進化させてきた手法が「振り子」や、「車体傾斜」である。厳密には「振り子」も「車体傾斜」の1手法ではあるが、ここでは自然の遠心力を活用して車体を傾ける「振り子」と、アクチュエーター(駆動装置)などで生み出した「動力」を用いて車体を強制的に傾斜させるものを「車体傾斜」として区別して扱うことにする。

自動車のテストコースで路面を傾ける「バンク」と同様に、鉄道において曲線軌道に傾きをつけるものを「カント」というが、台車に対して車体だけを傾ける方策は転覆防止や安全性向上というよりもむしろ乗り心地向上のためである。

高速で曲線を通過するだけならカントをきつくすればいいが、機器や積み荷を床下ではなく床上に搭載し重心が高く、速度も遅い貨物列車や蒸気機関車がカントのきつい曲線上で停止すると、横風などで曲線内側に倒れ込む可能性もある。一方で、電気機器やエンジンを床下に搭載する電車やディーゼルカーは重心が低く曲線通過に有利となる。

曲線を高速で通過すると曲線外側向きの遠心力で乗客は不快に感じる。そのため、車体を傾けることで乗客が感じる真横方向の遠心力成分がやや床面方向になり、遠心力の感じ方が若干緩和される。とはいえ、遠心力自体が減るわけではない。

曲線部の徐行のための減速や再加速といった加減速も乗客にとっては不快感の原因となる。そのため直線とほぼ同じ速度で曲線部を走ることができれば加減速感も薄らいで省エネで速達化にもなる。それを狙って車体を傾けるための方策がいろいろと研究されてきた。

油圧や空気圧などの動力で強制的に車体を傾けようという技術開発は国内外でいろいろ試されており、国内では小田急電鉄の「油圧車体傾斜」や「空気ばね車体傾斜」実験が有名ではあるが、当時の技術では残念ながら実用化には至らなかった。

曲線の位置や速度はどのくらいか、向きと長さと半径はどのくらいであるかといった地点情報と車体を傾ける最適角度や方向、タイミングといった情報を基に瞬時に計算できる制御装置の開発がカギとなるが、近年は計算能力やバックアップ機能、加速度センサーや信号回路のノイズ性などの性能向上で安定して構築できるようになっている。

1970年代には国鉄591系試験電車が試作されて遠心力による車体傾斜を目指した。車体重心を下げ、遠心力が車体下部に働いて外側に引っ張り出すことで車体が内傾するように台車と車体間に「コロ」の役割をする支持装置がある。これが「自然振り子」と呼ばれるものであり、遠心力が働いたらそれを利用して傾くという基本原理に基づいている。

床下が相対的に車体上部より重くなるように車体はアルミ製にして極力軽量化し、空調機器は屋根上ではなく床下に搭載した。もともと床下エンジンが重いディーゼルカーは振り子構成上有利ともいわれている。

「振り遅れ」を問題視し、「制御振り子式」として改善

しかし、自然の遠心力を用いるために、曲線に進入してから傾く。その「振り遅れ」が問題とされ、この改善のために事前に地点を検知してその速度に合ったタイミングで車体を曲線手前から傾け始める小型の空気アクチュエーターが取り付けられ、「制御振り子式」として改善されJR四国で実用化された。

この「制御振り子式」は、全JRや第三セクター鉄道にも採用される大ヒットとなっただけでなく、日本と同じ狭軌ゲージのオーストラリア・クイーンズランド州鉄道や台湾鉄路にも導入されて大幅な高速化を実現した日本の誇るべき国際的鉄道技術でもある。

曲線の少ない欧州で開発されたボルスタレス空気ばねだが、この曲線外側を膨らませて車体を傾ける簡易な車体傾斜方式が日本で開発された。過去に日本ではアメリカのバス用空気ばねを参考として旧国鉄・鉄道技術研究所の松平精博士や国内メーカーが空気ばね台車開発を行った。

高さ調整弁で左右の空気ばねの高さを一定に保ち、乗客や搭載重量の変化に対しても空気圧の調整でつねに一定になるように保たれる。その高さ調整機能を片側だけ利用して空気だけで簡単に傾斜できる空気ばね車体傾斜の開発で、保守に手間のかかる高価な振り子梁はもう不要であるとして注目されることになる。


トンネルを抜ける東海道新幹線(写真:T2 / PIXTA)

急曲線がなく車体傾斜は不要とされた新幹線においても、他線区よりは曲線が多い東海道新幹線では速度向上のためにこのシステムが活用されている。

空気圧で簡易に車体を傾斜する方式は新幹線のように曲線が多くない線区には大変マッチするのだが、その他の事例ではどうなのだろうか。曲線の多い在来線区間におけるたび重なる車体傾斜は、新幹線とはまったく違う困難を伴う。車体が軽量化されたといっても、それでもトン単位であり決して軽くはない。手動やフットポンプでタイヤに空気を入れるのが大変なように、車体の片側をわずかでも持ち上げるためには大量の圧縮空気が短時間に必要となる。

その圧縮空気は使った分はすぐに補充しなければならない。大容量のコンプレッサーを各車両に搭載して必要な空気量を補う必要がある。連続使用の耐久性はどうなのだろうか。

架線電力でいくらでもコンプレッサーを回せる電車は有利だが、走行用エンジンでコンプレッサーを回すディーゼルカーの圧縮空気確保は容易ではない、アイドリング程度の低い回転では圧縮空気が十分に作れない。そのためにエンジンを空吹かしするのは自動車用エアコンのアイドルアップに似ている。


特急用ディーゼルカーキハ261系(写真:Kobayashi / PIXTA)

「空気ばね車体傾斜」の始祖はJR北海道のキハ201系通勤用ディーゼルカーであり、この技術を利用して作られた特急用ディーゼルカーキハ261系がある。宗谷線への投入以降はなぜかコンプレッサー能力を低下させて各線区への投入が続いている。

近年JR四国が相次いで新型「空気ばね車体傾斜」車両を投入した。電化された予讃線は従来の「制御振り子」から空気ばね車体傾斜に切り替えられ、他の非電化線区用のディーゼルカーも同様に「空気ばね車体傾斜」が導入されることとなった。

線区により間に合う条件は分かれる

ところが急峻な山間部で曲線の連続である土讃線(多度津―窪川間)での使用には問題があり、直線区間が多い高徳線(高松―徳島間)で使うとの発表があった。土讃線用の次世代特急車には再び「振り子」車両を投入するという。ディーゼルカーでは車体傾斜用の圧縮空気が不足ぎみであるのか。線区により「振り子」が適する線と「空気ばね車体傾斜」でも間に合う条件に分かれるという解釈が正しいのかもしれない。


E351系特急スーパーあずさ(写真:F4UZR / PIXTA)

先に「スーパーあずさ」の置き換えが完了した中央東線でも、鉄車体で屋根上機器もある重厚なE351系「制御振り子」からE353系「空気ばね車体傾斜」へのシステムチェンジを果たした。直線イメージの中央線は関東平野や甲府盆地以外はほとんど曲線線形なのだが、電車という恵まれた条件ゆえ「空気ばね車体傾斜」で十分との理解だろうか。

仕様では編成中1両を除いてコンプレッサーを搭載する重装備だが、音は静かになってもコンプレッサーは回転機器で性能劣化もするし保守も厄介だ。車体傾斜機器不調の徐行遅延などを都心部に持ち込まないことを願うばかりだ。

「かいじ」系のE257系もE353系で統一の予定といわれている。形式統一でダイヤ乱れ時の車両運用が楽になるだけでなく、車体傾斜によるかいじの速達化も実現できれば理想的かもしれない。

高価で保守も面倒な「振り子」だが、傾斜角を大きくしすぎて車内居住性が悪化しない範囲で用いれば、その安全性と安定性において「空気ばね車体傾斜式」よりも大きなメリットもある。採算性を考慮すればシステムを簡略、統一化することも重要だが、安全定性を考慮すれば、線区要件に最適でマッチした方式の見極めが鉄道技術者には必要となろう。