マレーシアで3月16日から18日にかけて行われた旅行博「マッタ・フェア」では、日本ブースの存在感が目立った(筆者撮影)

外国人観光客が増えている。日本政府観光局(JNTO)によれば、2017年は2869万1000人で、前年比に比べて19.3パーセント増加。世界の主要20市場すべてで過去最高を記録した。ここ数年、毎年大幅な伸びを示している。

しかしなぜ、ここ数年で日本全国に観光客が急激に増えたのか、疑問に思う読者も多いだろう。JNTOの資料を読むと、訪日旅行が増えた原因として、「訪日旅行のアプローチ」「訪日旅行プロモーション」という言葉が頻繁に出てくる。政府や地方自治体による、世界各国への旅行会社やマスコミへの宣伝活動だ。それが、地道に成果をあげ、現在の観光客増につながっているのだ。今回は、国や自治体、企業がどうやって海外で観光客にアピールしているのかを見ていこう。

急激な観光客増加の背景にあるのは…

かつて「海のシルクロード」と呼ばれ、貿易商人が往来したマレーシア。ASEANの一員で、シンガポール・フィリピン・タイ・インドネシア・ブルネイと国境を接する。首都クアラルンプールで年間通じてもっとも注目されるイベントの1つに、年に2回開催される旅行博がある。

「MATTA Fair(以下マッタ・フェア)」と呼ばれるこの旅行博は、一般の個人客が対象だ。最近、中間層と呼ばれるマレーシア人の多くは、1〜2週間の休暇を取得し、旅行に行くのが一般的。彼らは、こうした旅行イベントで旅行先の情報を集めたり、ツアーや航空券などを購入したりして、旅行に備える。フェアには、その入場料を払っても元がとれるくらいに安い旅行商品を各旅行会社が用意するのだ。期間は3日間。4RM(約110円)と入場有料のイベントながら、今回は約11万人を動員した。

東南アジアではこうした旅行博が一般的。同様のイベントはシンガポールやフィリピン、タイ、インドネシアなどでも盛んに行われている。そして各国の旅行博には、日本から国や地方自治体が参加し、日本観光のPRをしている。


大盛況だった日本ブース。JR各社や地方自治体が積極的に魅力をアピールするなか、熱心に質問する来場者の姿が目立った(筆者撮影)

実際にはPRは旅行博だけにとどまらない。地方自治体は日本観光の窓口を各国に置いて、地元のテレビなどで日本をPRしたり、旅行会社やメディア、SNSで力を持つインフルエンサーを訪問して営業活動をしたり、ニュースレターを配信したりという地道な努力を続けているのだ。

今回は、まずこの展示会をのぞいてみよう。

マッタ・フェアで旅行先としての日本の存在感は大変大きい。2018年2月のマッタ・フェアでの事前調査では、日本が初めてトップの旅行先に選ばれた。マレーシアでは2013年のビザ解禁以来、日本への観光客が伸び続けており、昨年度は過去最高の43万9500人。JNTOも、2018年3月にはこれまでシンガポールで統括していたオフィスをクアラルンプールにも設置している。

その理由をJNTOでは「日本各地への航空路線の新規就航や増便に合わせて、航空会社各社が実施したセールスプロモーションや、訪日旅行のピークシーズンに向けた旅行博出展や共同広告の実施」など「露出の強化」が影響していると分析する。ここでも、やはり旅行博への出展には意味があると結論づける。

今回のマッタ・フェアにもJNTOはジャパン・パビリオンを出展。東京都、千葉県、和歌山県、岡山市、沖縄県、群馬県などの地方自治体、JTBやH.I.S.などの旅行会社、JR各社や私鉄、ホテルなど、20以上のブースがひしめく。日本や日本文化を紹介するイベントや和服の着付け体験なども開催され、どこも盛況だ。

日本への旅行客が伸びているのは「VIP」3カ国

こうした訪日客への地道なプロモーションの最前線にいるのが、日系の旅行会社といえるだろう。

JTBアジア・パシフィック本社はシンガポールにあり、アジア太平洋地域14の国と地域を統括する。今回のマッタ・フェアでも日本パビリオンに大きなブースを構えていた。

シンガポールから、このフェアのために来馬したのが、同社の企画部マネージャー大倉恭子さんだ。


JTBブースにて。左からJTBアジア・パシフィック本社企画部マネージャー大倉恭子さん、ブース責任者のJTBマレーシア・マネージャーの岩崎アキラさん、ANAマレーシアのロイ・ゲイ支店長(筆者撮影)

「以前は日本から海外に行く観光客が圧倒的に多かったのですが、それが近年逆転しました。日本国民が海外旅行へ行かなくなる一方で、ASEAN諸国ではどこも国民の所得が上がり、旅行する人が増えているのです」と話す。

「近年特に日本への旅行客が伸びているのはVIPと呼ばれる3カ国。ベトナム、インドネシア、フィリピンですね。どこも経済が強くなって国民の所得が伸びています。弊社ではこのほか、シンガポール、マレーシア、タイでの訪日旅行プロモーションに力を入れています」

そう。日本の人気はマレーシアだけではなく、アジア全体で増えている。旅行オンラインサイトのアゴダの調査によれば、2018年の春節の旅行先で東京が初めてトップに選ばれるなど、日本旅行は今ブームなのである。

マレーシア人にはすでに日本に行ったことがあるという人が多い。JNTOの統計でも、半数以上が日本への渡航経験がある。

そのため、マレーシア特有の現象として、いわゆる「ゴールデン・ルート」が飽きられてきているというのがある。

日本観光のゴールデン・ルートとは、東京、箱根、富士山、名古屋、京都、大阪など日本の主要観光都市を周る観光周遊ルートのこと。

旅行会社を訪問すると、よく聞かれるのが「もう東京や大阪、温泉や買い物は飽きた。何か新しい観光地はないのか」という意見だ。

そしてゴールデン・ルートに代わって一昨年あたりから、北海道や飛騨高山、中央アルプスなど、新しい旅行先がマレーシア人に注目されつつある。なかでも北海道は直行便の運航開始もあり大人気。南国のマレーシア人にとって雪はあこがれで、流氷ツアーやスノースポーツなどに人気が集まる。また、合掌造りの写真で知られる白川郷も注目されている。

白川郷が人気になったのは、何といっても写真の力が大きい。人々はあの合掌造りの写真をみて、「ここに行ってみたい」と即決する。マッタ・フェアでお客様に対応していても、「あそこに行きたい」と白川郷の写真を指差すお客様は少なくないのだ。

実は、筆者もマレーシア人の友人に誘われて、2014年に生まれて初めて飛騨高山を観光したが、外国人の多さに驚いたことがある。

ちなみにこの友人は過去に10回以上来日しており、北海道や九州はそれぞれ1週間以上滞在している。東京マラソンにも河口湖マラソンにも参加し、もはやありきたりな観光地では満足しなくなってきている。求められているのは「新しい体験」、そして「SNSで友達に自慢できる写真」だ。

四国のお寺に宿泊してみたい人、北海道でスキーを楽しみたい人、誰にも知られていない新しい場所に行ってみたい人、地方のマラソン大会に参加したい人など、好みは千差万別になってきた。ある旅行代理店では「ツアー客は物作りや農業体験など、個人旅行では行きにくい体験型の観光を希望しています」と明かす。

出展者にも見られる変化

こうした消費者の嗜好に合わせ、出展者側にも変化が見られる。「以前は出展していた大阪や北海道などが出展せず、一方で知名度が低い県の出展が増えている」と話す関係者もいる。ゴールデン・ルートに代わる新しい体験を求める人々の出現で、地方にチャンスが回ってきたのだ。

マッタ・フェアではマレーシア人来訪者が日本地図をにらみながら、自作の旅程表を広げて、熱心に質問する姿がよく見られる。また、マレーシアでは以前は中華系の旅行者ばかりだったのが、最近ではマレーシアの過半数占めるムスリム(イスラム教徒)の旅行者がじわじわ増えつつある。


「ムスリムフレンドリー」をアピールする岡山市産業観光局・観光コンベンション推進課の片岡高明副主査(筆者撮影)

その変化をとらえようとしている自治体もある。岡山市は近辺の真庭市、吉備中央町とともに「ムスリムフレンドリー岡山」を掲げて、イスラム教徒の誘致を狙う。「体験型観光」を求める外国人に向けて、自宅を改造して寿司握りの体験ツアーができる施設を作る市民も出てきた。

岡山市産業観光局・観光コンベンション推進課の片岡高明副主査は、「岡山市には世界遺産がありません。そこで、観光拠点作りと、観光客誘致を同時に始めました。なければ作ってしまおうと、外国人の嗜好に合わせた観光素材を準備しています」と意気込む。この体験型観光は、現地の旅行社から聞くマレーシア人観光客の不満点を押さえているので驚くほどだ。

インバウンドはこれからいよいよ多様化する。観光地でなかった地方にも外国人がやってくる時代がくるのかもしれない。