絵師、彫師、摺師…職人たちのコラボアート!江戸時代の浮世絵の製作過程を工程順に紹介

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江戸に花ひらいた大衆文化、浮世絵。実は浮世絵は浮世絵師1人で作るものではなく、業務分担して制作されていました。たった1枚の浮世絵には出版社と本屋を兼ねた版元、彫り師、摺り師など多くの人たちが携わり、1人1人の膨大な作業によってようやく完成します。

今回、江戸時代の浮世絵の製作過程を工程順にまとめました。

歌川国貞「 今様見立士農工商 職人」

絵師:画稿を描く

浮世絵の制作過程は、「浮世絵師」と呼ばれる人たちが版元の企画依頼を受けて構成を練り、だいたいのイメージを画稿に描き起こすところから始まります。

絵師:版下絵を描く

絵師が作成した画稿を明確な線で清書します。

丁寧に毛割り(髪の生え際)や着物の柄など細かい部分まで自ら描く絵師もいれば、おおざっぱにイメージを描いた後は「着物はこういう柄で埋めといて」とぽんと同門の後輩や弟子に渡してしまう絵師、毛割りも着物の柄も彫り師にお任せで版下絵には一切描かない絵師もおり、やり方は様々だったようです。

版下絵を描く紙は、トレーシングペーパーよりも薄く透き通った薄美濃紙という和紙でした。裏返しても表と変わらないくらい線画がはっきり見えるのが特徴。くしゃみをすれば飛んでいきそうな薄さなので、絵師は繊細に扱いました。扱いに気を遣う和紙が使われた理由は、絵師の手を離れた後の工程で明らかになります。

版元:検閲を受け、改印をもらう

出来上がった版下絵は、版元から地本問屋仲間や名主に提出され、内容を検閲されます。幕府を揶揄する内容や、当時の世相をあからさまに批判するような内容の絵はこの時点でアウト。逆に合格なら「極」という字を模した改印を押してもらえました。

この検閲の目をかいくぐるのが上手かったのが歌川国芳です。彼の浮世絵のいくつかは出版後に「ぱっと見は分からないが、よく見ると世相を揶揄しているのではないか」と巷で話題沸騰して出版禁止になり、その度に罰金を払ったりしていました。

歌川国芳「浮世又兵衛名画奇特」ボストン美術館蔵

こちらは、出版後に発禁となった国芳の「浮世又兵衛名画奇特」。左右の端にある「一勇斎」の黄色の長方形の上の部分に、改印もしっかり押印済みです。

彫り師:主版を彫る

検閲を合格した版下絵は彫り師のところに届けられ、彫り師が黒い墨で摺る主線を彫って主版を作ります。ほとんどの場合は版元専属の彫り師に彫らせましたが、難しい作品だと他の版元のベテラン彫り師の手を借りる事もありました。

浮世絵の主版(Wikipediaより)

版下絵に使われるのが薄美濃紙でなければならなかった理由はここにあります。彫り師は、絵師が描いた版下絵をそのまま裏返して版木に貼り付け、裏から透けて見える線画をもとに彫りました。つまり、版下絵は削られてしまい、彫り上がりには紙は残りません。たとえそれが北斎の直筆画であっても、容赦なく削るしかないのです。まれに現代に残っている版下絵は超レアな存在なので、お目にかかった際は要チェックです。

彫り師:校合摺り

主版が彫り上がると、墨1色で摺った校合摺りを10枚ほど絵師に渡します。彫り師が摺るので綺麗に摺られているわけではなく、けっこうアバウトだったようです。

校合摺り

絵師:色さし

色さしとは色指定の事。絵師は戻ってきた校合刷りを使って色指定します。たとえば1枚目は赤で摺る場所だけ塗ってマークし、2枚目は緑で摺る部分だけマークします。1色指定するのに1枚使うので、何枚も校合刷りが必要なのです。

色さし

どんな色を指定する場合でも、色さしは朱色で描きこみました。版下絵と同じく、自分でこだわって色指定する絵師もいれば、色彩センスの優れた後輩や弟子などを選んで任せる絵師もいました。また、このタイミングで細かい着物の柄などを描きこむ場合もありました。

彫り師:色版を摺る

絵師から彫り師の手元に色さしした校合摺りが戻ってくると、版下絵同様に1枚1枚版木に貼り、彫っていきました。版木は必ずしも1色にまるまる1枚という訳ではなく、例えば目尻の赤など、色がつく範囲があまりに小さい場合は木がもったいないので、他の色板の裏など空いているスペースを使って彫りました。

色版

色版には、紙を正確な位置に置いて摺れるように「見当」というマークを彫りました。版木の端にL字型のかぎ見当と一の字の引き付け見当の2種類を彫り、そこに紙の端を揃える事で、多色でもブレずに摺る事ができました。

ちなみに、推測や判断、方向を間違えることを意味する「見当はずれ」の語源はここから来ています。

摺り師:板合わせ

さて、ついに摺り師の出番です。馬連(ばれん)という紙をこする道具を使って全ての色を1枚の紙に試し摺りします。見当がずれていないか、色抜けや彫り忘れはないかなどのチェックはここで行います。

ちなみに和紙はそのまま摺ると墨や水を吸いすぎて滲むので、摺る前に礬水(どうさ)というニカワとミョウバンを混ぜた液を薄く均等に引いて滲み止めの加工しました。絵具が滲まずに紙に定着するかどうかは、摺りの技術だけでなく、礬水引きの腕にもかかっていました。

こちらは、歌川国貞が描いた礬水引きする摺り師。手桶に入った液体を大きな刷毛で和紙に塗っています。

歌川国貞「 今様見立士農工商 職人」(部分)

絵師、彫り師、摺り師:見本摺り

版元や絵師、彫り師の立ち会いのもと、色を微調整したり見当を直したりして摺りあがりを完成形に近づけていきます。版元と絵師がOKを出せば、見本摺りのできあがりです。

摺り師、版元:本摺り

摺り師は見本摺りをもとに、本摺りと呼ばれる実際に販売する商品を摺ります。

腕の良い摺り師が朝から晩まで摺ると、目安として約200枚が摺りあがりました。その200枚を「一杯」と呼び、「初摺(しょずり)」(=初版)として絵草紙屋や地本問屋の表に並べられて販売されました。

歌川豊国「今様見立士農工商之内商人」国立国会図書館蔵

この初摺、よほどの人気絵師でない限りは50枚ほどでした。版元は売れ行きを様子見してから増刷したようです。

新作発売日の朝、ファンは何が何でも初摺をゲットするため地本問屋に押しかけました。その理由は簡単。初摺は丁寧で、後摺は雑だからです。後摺になってくると版木が摩耗してだんだんと線が潰れてきますし、慌てて増刷するために、こだわって絵師と調整した色彩もアバウトになって暗くなったり、グラデーションをサボってベタ摺りになったり、しまいには絵具が足りなくなったとかで最初の絵師の色指定と全然違う色で摺ったりしていました。絵師のファンはその絵師がちゃんと立ち会って監修したものが欲しいので、初摺りを買い求めたのです。

記事内絵・加工:筆者
【画像出典】

歌川国貞「 今様見立士農工商 職人」Wikipediaより歌川国芳「浮世又平名画奇特」ボストン美術館蔵「浮世絵の主版」Wikipediaより歌川国貞「今様見立士農工商 職人」TheBritishMuseum歌川豊国「今様見立士農工商之内商人」国立国会図書館蔵