わずか5館での上映から始まり、口コミで全米2,600館まで拡大した映画が、本日23日より全国で公開が始まりました。「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」(原題『THE BIG SICK』)は、とあるカップルの実話をもとにした感動作。アカデミー賞脚本賞にもノミネートされ、注目を集めています。

 

 

パキスタンで生まれ、シカゴに移住したクメイルは、駆け出しのコメディアン。両親からは弁護士になるよう迫られていますが、Uberの運転手をしながらなんとか暮らしています。ある日クメイルは、観客としてコメディクラブにやってきたアメリカ人大学院生のエミリーと意気投合。互いに惹かれ合っていきます。

 

でも、クメイルにはエミリーに言えない「家族の掟」がありました。厳格なイスラム教徒の両親はパキスタン人との見合い結婚しか認めず、実家に帰るたびにクメイルを見合い相手と引き合わせていたのです。その事実を知ったエミリーは激怒し、クメイルに別れを突き付けます。しかし数日後、エミリーは原因不明の病気で昏睡状態に。病院に駆け付けたクメイルは、エミリーの両親に冷たくあしらわれながらも病床の恋人を足しげく見舞います。果たしてエミリーは目覚めるのでしょうか。そして、ふたりは異文化の壁を乗り越えることができるのでしょうか。

 

この映画をいち早く観賞したのが、お笑いコンビ・飛石連休の藤井ペイジさん。年間200本を映画館で観るほどの映画好きである藤井さんが、この作品を観た感想は? クメイルと同じ芸人ならではの視点で、”芸人あるある”を交えながら語っていただきました!

 

藤井ペイジ:サンミュージック所属、お笑いコンビ「飛石連休」のつっこみ担当。年間200本を映画館で観るほどの映画好き。阪神タイガースファン。ハードロックとマンガが大好き。気象予報士資格あり。FM NACK5「THE魂(ソウル)」木曜担当。AM7局「藤井ペイジ 小噺ツェッペリン」放送中。月に一度、ライブ「ペイジワン」を主催

 

単独ライブでドン滑り… 芸人としてのクメイルの実力は?

――まず『ビッグ・シック』の率直な感想をお願いします。

面白かったですよ! アメリカの若手芸人事情もわかりましたし。でも、それは映画の中ではおまけ要素なんですよね。クメイルが売れない芸人だってことについては、恋人のエミリーも一切つっこまない。「ちゃんと働いてよ」みたいな感じではないんです。観る前はそこが壁になるのかなと勝手に予想していたんですけど、見事に外れましたね。

 

もしかしたら、日本とアメリカで結婚についての考え方が違うんかな。日本だと、結婚したら”財布をひとつにする”みたいなところがありますけど、映画ではそれぞれの仕事を尊重しているように見えました。日本だと「芸人やってます」「劇団入ってます」「音楽やってます」っていうと「いつまでフラフラしてんの」って言われますけど、向こうは「やりたいことやろうよ」って感じなのかも。個人的には、芸人の結婚事情がもう少し絡んできてほしかったなと思いますけど、アメリカの芸人裏話が見えて楽しかったですね。

 

↑芸人・クメイルは、自身のライブに来ていた大学院生・エミリーと恋に落ちる

 

――主人公のクメイルについては、どんな印象を持ちましたか?

芸人どうこうというより、家族を大切にする人というイメージでした。「きっと芸人としては面白くないんだろうな」って描かれ方をしていましたよね。ずっと小さいライブに出て、芽が出ないままきてしまった。単独ライブの場面もありましたけど、めっちゃ滑ってたじゃないですか(笑)

 

――謎の単独ライブでしたよね。

ただただ自分の国を紹介するだけという。あれだけ入念に準備して、何すんのやろと思ったらパキスタンの紹介ですからね(笑)。社会の授業みたいじゃないですか。僕としては、客席がシーンとなってるところも含めてめっちゃ面白かったですけど。

 

でも、クメイルさんって今では有名なんですよね? そこに驚きます(笑)。日本でもプライベートでいろいろあって、それがきっかけで有名になることもあるので、そういう売れ方なんでしょうかね。

 

――劇中ではクメイル以外にもコメディアンが登場しますが、みなさん漫才ではなく漫談でしたね。

アメリカは、スタンダップコメディが主流ですよね。差別や虐げられてきたことをネタにして、笑いに替えるというのが多いみたいです。ほかの芸人のネタも、身の上話が多かったですよね。みんな毎回同じネタをやってるし。そういう意味では寄席に近いのかな。同じネタを繰り返して話芸を磨いていく、みたいな。日本の漫才のように、ひとりがボケてひとりがつっこむスタイルは少ないんじゃないかなと思いました。

 

 

――芸人同士のやりとりは、いかがでしたか? 舞台袖で話をしたり、一緒にニューヨークに行こうと相談したり。

「今日はどこどこのスタッフさんが来てるらしいよ」って会話が劇中にありましたけど、僕らもそれは言いますね。「あの番組のスタッフが来てるよ」って。マネージャーさんが「今日はあの人が来るからいいネタやれよ」って言ってくれることもあります。そう言われると、こっちも意識するんですよね。意識してるのに「いや、俺は関係ねーよ」みたいな顔する人もいますけど(笑)。あとは、長いことやってるのにあまり売れてない芸人さんは軽く馬鹿にされる、みたいなシーンも”あるある”でしたね。アメリカでも同じようなことやってるんだなと身近に感じました。

 

――ほかに、”芸人あるある”的なシーンはありましたか?

4人でお笑いライブに出ていて、その中の3人でニューヨークに引っ越すシーンがありましたよね。僕が大阪から東京へ来た時のことを思い出しました。

 

 

僕も、先に大阪から出ていった仲間に「そっちはどう?」って連絡してました。一緒にライブに出てた仲間のことってやっぱり気になるんです。でも、昔はネットもない時代でしたから、東京に行った仲間がどうしてるのかなかなかわからないんですよ。当時僕は吉本興業所属でしたけど、「マンスリーよしもと」って冊子ぐらいしか情報がなくて。それを見て「あ、東京行ったあいつ、すごい仕事増えてる」って動向をチェックしてました。

 

――ライバル意識なのでしょうか。それとも同志みたいな感覚ですか?

両方ありますよ。『あいつ、面白いのになんで売れへんのかな』って思ってても本当に売れたら腹が立つ(笑)。映画に出てくるクメイル以外の芸人さんたちは成功したのかな……。その辺りも知りたかったですね。

 

アメリカのお笑いライブは、客との色恋もアリ?

――クメイルは、エミリーとお笑いライブの会場で出会いますよね。いわばお客さんを食っちゃったわけですが、その辺りは共感しましたか?

ワハハ! 僕はどっちかというと、客よりも演者のほうにいってたんで(笑)。そんなに共感するところはなかったです。でも、ずいぶんお客さんとの距離感が近いんだなと思いました。ライブ中もお客さんはお酒を飲みながら観ているし、ライブが終わった後は一緒に飲んでましたよね。モノマネ芸人さんが出るショーパブに近いのかな。ショーパブだとネタを披露したあと、お客さんの席で芸人さんが一緒に飲むこともあるみたいなんです。そういうところなら、出会いがあるのも不思議じゃないのかな。

 

でも不思議でしたよね。クメイルの出番中に、エミリーがヤジを飛ばして「ネタをヤジるのは失礼だ」ってギスギスした雰囲気になったじゃないですか。でも、本番が終わったら「今度遊びに行こうよ」っていい感じになって。あれは『え!?』って感じで、意味わかんなかったです(笑)

 

 

――映画の中盤で、エミリーは昏睡状態になってしまいます。それでもクメイルは舞台に立ちますよね。ああいったシーンについては、どんな感想を抱きましたか?

僕らにもありますよ。親やじいちゃんばあちゃんが危篤で、ライブが終わったらすぐに駆け付けるとか。もちろん、それはお客さんには言いませんけどね。クメイルの場合は、思いっきり言ってましたけど(笑)。「それ言っちゃうんだ!」って思いました。

 

――身の上話をする漫談だから、正直に話してしまったんでしょうか。

この映画は実話ベースですけど、本当に舞台で言ったのかな……。そこが気になりますね。僕らの場合、もしお父さんが危篤状態の芸人がライブのエンディングで「すみません、父が危篤なんで先に帰ります」と言ったら、「言わんでいいわ」って誰かがつっこみを入れて笑いにします。もちろん本人は気が気じゃないってことはわかっているけれど、会場が変な空気にならないようにつっこむんですね。そういう一体感は、日本のお笑いライブにはありますね。芸人が不祥事を起こしてそれをいじる時も、ちゃんとつっこんで笑いにする。変な空気にしないという、チームプレイはあります。

 

――その辺りも、アメリカと日本の違いかもしれませんね。

そういえば、映画「火花」でも似たようなシーンがありましたよね。菅田将暉さんが泣きながら漫才するという。あれも、現実にはあり得ません。でも、めっちゃいいシーンなんですよね(笑)

 

ギリギリまで追い込まれて気づいた”本当に大切なもの”

――では、作品全体のお話を。文化や人種の壁を乗り越えていく二人に対して、どのような感想を抱きましたか?

本当に大切なものは何か、考えさせられましたね。若い頃は結婚って個人と個人のつながりだと思ってましたけど、やっぱり家と家なんですよね。どっちの家もハッピーにならないと気分がよくないじゃないですか。でも、クメイル一家はガチガチのイスラム教徒。宗教的な縛りが強くて、両親がガンガン見合い相手を連れてきます。最初はクメイル自身も、そこから踏み出せなかったわけです。でも、エミリーが昏睡状態になってから、ようやく彼女の大切さに気づきます。「手遅れだったらどうすんねん」と思いましたよ(笑)。一生後悔しながら生きていくことになりますよね。そう考えると、クメイルさんは小心者なのかもしれませんね。そこまで追い込まれないと、一歩踏み出せないという。

 

↑作中では、人種・宗教の違いについても深く言及される

 

――最初は、親にも彼女にもいい顔をしていました。

それがずっと続いていたわけですもんね。どっちにもいい顔をして、とんでもないところに追い込まれて、やっと決断した。そういうところが、いまいち攻め込まない芸風にも現れてるのかもしれません(笑)

 

――結婚観、家族観について、共感する部分はありましたか?

家族のことを思って結婚を考えるという点では、共通するものがありました。『そこは大事にしてる男なんやな』と。僕は日本国内で結婚して、相手も日本人。しかもお互い結婚が遅かったから、向こうのお母さんも『どうぞどうぞ』って感じでした(笑)。でも、クメイルさんとエミリーさんのように国も宗教も違うとなると、乗り越えなければいけないハードルがいっぱいあります。クメイルさんだけでなく、彼女にも家族がいますしね。最終的に、どうやってクメイルさんの両親に認めてもらったのか、そこは気になりましたね。もう少し詳しく見たいところでした。

 

↑恋人・エミリーの両親とクメイルの仲は、三者のエミリーへの想いを通して深まっていく。

 

でも、最近はこういうテーマの映画が多いですよね。アメリカ全体で、人種や宗教の壁を乗り越えて結婚するというのがアツいのかな。大統領がトランプさんに代わってから、特にそういう流れが強いのかもしれませんね。

 

――この映画、どんな人におすすめですか?

いま一歩、結婚に踏み込めない人かなー。あと若手芸人は全員見るべきです(笑)

 

 

まったく違うようで、意外と似ているところもある日米芸人事情。異文化カップルの行く末を見守るとともに、ぜひ芸人の舞台裏もチェックしてみてはいかがでしょうか。なお、この映画の脚本はクメイル自身が執筆し、本人が主演。張本人ならではの熱のこもった演技にも注目です!

 

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』
配給:ギャガ
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全国公開中