エリート男にも解けない謎。結婚を前提にやり直そうとしている元カノに広がる、不穏な噂
エリートとはフランス語のéliteが由来で、「選び抜かれた人」という意味だ。
日本で言われる“エリート”とは、学歴が高く且つ年収の高い男性を指す場合が多い。
東京大学出身、その後大学院を経て世界的IT企業のアメリカ本社への転職が決まっている亮介は、まさに世に言う”エリート”。
ビザ取得のため、日本に一時帰国している半年の間に、亮介は日本での婚活を決意する。
パーティーで出会った香奈との出会いによって、少し女性不信になる亮介。
けれど、恵という彼氏持ちの女性を見て、“恋愛っていいな”と思い始めた。
そんな時、元カノの里緒が別れ際に言った言葉の真相が分かり、亮介は再び里緒に惹かれ始める。
「ごめんね、ちょっと今仕事に追われていて。また時間取れそうなら連絡するね。」
ロック画面に表示された、里緒からのLINE通知。
5年前に別れたときの誤解が解け、それから2度ほど食事に行った。里緒はあの頃と変わらず細かい気遣いのできる大人で、会話も楽しく、亮介はある決心をしていた。
ー里緒とやり直したい。結婚を前提に。
しかし里緒の仕事が忙しくなったため、最近はなかなか会えず、関係は進展していない。
ー次に会ったら、思いを伝えよう
気がつけば、亮介が日本にいる期間も残り3ヶ月を切っている。前回のように里緒を不安にさせない為にも、すぐにでもやり直して一緒の時を過ごしたい。
気持ちばかり焦る中、里緒からは予定以外のLINEのやりとりもなく、一人思いを募らせていた。
◆
「うわ、今朝はやけに寒いな…」
悶々とした気分を晴らすため、ジョギングで頭をさっぱりとさせたかった。
無心で走っていると、いつものように「おはようございます」と恵が現れた。
「おはよう、こんな寒いのによく続くね。」
「それはお互い様ですよ。」
そう言って走る恵の姿は軽やかだ。
「この間はマドレーヌありがとう、美味しかった。あれ、手作りだよね?手作りとか久しぶりに食べたよ。」
「よかった、手作りなんて少しやりすぎかなって思ったんですが…。実はちょうど彼氏にあげる予定があったので、多めに作ったんです。」
“ついでだったのか”と思い、ホッとした。やはりいきなり自分のために手作りを渡されると、少し勘ぐってしまう。
「料理上手なんだね、彼氏も嬉しいだろうね。」
「そんなことないですけど…作ってくれる彼女とかいないんですか?」
一瞬里緒の顔が浮かんだ。昔はお金がなかったから、たまに一緒にご飯を作ったりしたことを思い出した。けれど、今は“彼女”ではない。まだ……。
「そうだね、今は残念ながら。」
「そうなんですね、意外!じゃぁ、この間一緒に歩いていた美人さんは…?」
恵の言う“美人さん”とは・・・?
恵の謎の発言
亮介は先日、麻布十番の『Cast78』で里緒と食事をした。 友人と一緒にいたという恵は、亮介達の帰りを偶然見かけたらしい。いつも思うが、港区は予想以上に狭い。
「すごくお似合いだったので、友だちと2人して目を奪われちゃったんです。ただ……。」
そして恵は、すごく言いにくそうに、綺麗にカールした睫毛を伏せた。
「一緒にいた友人がどうもあの女性のことを知っているようで…。亮介さん、あの美人さんには気をつけて下さいね。」
亮介が何かを返す間も無く、「じゃあ私はここで。」と言って、恵は違う道へと走り去ってしまった。
ーなんのことだ?何に気をつけるんだ…?
以前、片瀬が香奈を指して言った言葉が蘇った。
ー“あの子には、気をつけろよ。”
人の言葉に左右されるのは嫌だったが、香奈のこともある。しかも結婚を前提にやり直したい、と考えている女性のことなので、なおさら気になる。
結局、亮介は気を晴らすどころか、ますます思い悩むこととなった。
◆
恵の言葉が頭から離れなかった亮介は、健太を『晩鶏』に呼び出した。
『晩鶏』の、噛んだ瞬間に鶏の旨味が口一杯に広がる美味しい焼き鳥が食べたかった、というのもある。
「おう、亮介。この間は急に帰って悪かったな。ところで、話って?」
健太は亮介の話を聞くよりまずはと、店員を呼んでビールとつまみを頼んだ。
ゴクゴクゴクッとCMに出られそうなほどの良い音を立てながら、健太はビールを一気に飲み干した。これでやっと本題に入ることができる。
「健太、一ノ瀬さんについて何か知っているか?」
我ながら的を射ない質問だな、と思ったが、それ以外何と言えば良いのか分からなかった。しかし意外にも、健太には何か心当たりがあったらしい。
「なんだよ、お前もか?」
ーお前も?どういうことだ!?
「この間さ、翔と会ったんだ。あいつ今、俺たちがバイトしていたあの会社で正社員として働いているんだけど…」
翔は、亮介がバイトをしていた時のもう一人の仲間だ。健太と翔の3人でよくつるんでいた。
「昔バイトで来ていた、相田(あいだ)君が遊びに来たらしくて。亮介、覚えているか?」
彼は雑用係として雇われていた青年で、亮介達よりも4歳ほど年下だ。下の名前は確か“誠”だと思う。大人しくてあまり亮介との関わりはなかったので、はっきりとは覚えていないが。
「そいつがさ、一ノ瀬さんについて色々と尋ねて来たらしいんだ。会社を辞めた時の、あの事とか…。」
ーあの事?
健太の言う“あの事”とは?
里緒の噂
以前、里緒に会社を辞めた理由を聞いた時、“特にない”と言っていたが…
「あの事って?」
恐る恐る聞いてみると、健太は少し驚いたような顔をした。
「亮介、知らなかったのか?まぁ、そうか。亮介が辞めた後だもんな。なんか一ノ瀬さんが専務と不倫しているって社内中で噂になって…。」
「専務って、あの藤堂さん!?」
亮介には全く信じられなかった。藤堂は社内でも有名な愛妻家で、人望も厚く、亮介も慕っていた一人だった。
しかし健太が言うには、里緒はそのことが原因で会社に居辛くなり、自主退職したらしかった。
「まぁ俺はもともと、噂なんてあんまり信じないし、相手が好きな女性とかでなければ気にも留めないんだけど。」
健太が何気なく言った、“相手が彼女とかでなければ”という言葉が頭に響く。亮介には、大いに気になる噂だ。
そこで、健太に今までの全てを話すことにした。里緒と昔付き合っていたこと、今またやり直したいと考えていること、先日恵に「気をつけろ」と言われたこと。
「そうだったのかー、全然気がつかなかったわ。でもそれなら俺、二人の再会を導いたキューピッドだな。」
少し薄くなった頭にビール腹の健太は、キューピッドではなくキューピーのようだが、それが里緒と別れた後の長い年月を実感させた。
ー里緒が不倫?そもそも相田君が何で里緒のことを?
噂は本当ではないと思うが、それにしても謎だらけだ。 真剣にやり直すのであれば、少しでも疑いを残したくない。 まずは会ってみないと何も分からない。
ーまだ仕事忙しいかな?少し話したいことがあるので、時間ができたら連絡ください。
亮介は携帯を取り出し、里緒にLINEを送った。
里緒を信じたい気持ちがある一方で、また噂が本当だったら…という怖さもあり、亮介の心は霧で覆われたようだった。
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里緒に会うことにした亮介。里緒から真相を聞けるのか?恵の友人と里緒の関係とは?