金正恩氏

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今から15年前の2002年9月17日、北朝鮮は「日本人拉致」を事実であると認めた。

訪朝した小泉純一郎元首相と故金正日国防委員長の間で行われた首脳会談で、正日氏は「80年代初めまで特殊機関の一部が妄動主義に走って」と苦しい弁明をし、「日本人拉致」を認め謝罪したのだ。

拉致指令の証拠

北朝鮮の工作員が、海岸から侵入し誰にも悟られずに一般市民を拉致して北朝鮮へ連れて帰る。または、その市民になりすましてスパイ網を構築する──スパイ映画や小説に出てくるような話が真実であったことを知り、日本社会は衝撃を受けた。

その後、5人の拉致被害者が帰国するなど、一定の進展はあったが、いまだに解決の糸口は見えない。それどころか、北朝鮮は核・ミサイルの暴走を加速し、今では対日関係など眼中にないと言わんばかりの姿勢を見せている。

日本人に限らず、民間人の拉致工作が許されざる国家犯罪であることは言うまでもない。正日氏は、特殊機関の一部の妄動主義と述べたが、北朝鮮が国家ぐるみで「拉致」を行っていたことを示す資料もある。

一昨年、東京新聞は北朝鮮が工作員を養成する平壌の「金正日政治軍事大学」にて、スパイ教育に使用される内部資料を入手した。ここには「拉致」の方法などが具体的に記されているという。

(参考記事:抵抗したら殺せ…北朝鮮拉致指令の動かぬ証拠

拉致問題に対する日本社会、そしてメディアのとらえ方はどうだろうか。メディアは、被害者家族の「一日も早く拉致被害者を返してほしい」という切実な声を伝えている。とはいえ、解決するための具体的な手段となると、被害者の言葉や主張を借りて伝えるだけで、急に歯切れが悪くなる。

同じ事は政治家にも言える。被害者救出のメッセージを込めたブルーリボンを胸につけて、政府の拉致問題対策本部が主催する集会やイベントに参加し、啓蒙活動に勤しんではいる。しかし、拉致問題をめぐる状況が日増しに悪化しているこの状況をどのように捉えているのだろうか。

金正恩体制の視点から見た時、核ミサイル開発は一日も早く成し遂げなければなならない課題である。一方、拉致問題を解決することは緊急の課題ではない。「圧力を強めれば北朝鮮は日本に歩み寄ってくる」という都合のいい予想論は、既に破綻している。

被害者家族やこの問題に取り組む関係者からは、日本政府に「核問題と切り離して拉致を最重要課題として取り組んで欲しい」と求める声もある。被害者家族の切実な声は理解できるが、北朝鮮と独自に交渉するとなれば、国際的な足並みを乱していると見なされかねない。日本政府の立場は苦しい。

しかし日本政府は、北朝鮮の国家的な人権侵害を国連で告発し、国際的なイシューとしてきた。日本人拉致問題だけでなく政治犯収容所の問題など、総合的な人権問題の面から北朝鮮を告発する主導的な役割を果たしてきた。今さらほかの人権問題から目を逸らし、拉致問題だけに集中するのも道理に合わなくなっている。

だが、拉致被害者の命には限りがあり、被害者家族の高齢化も進んでいる。拉致問題解決のゴールをどこに定めるかによるが、少なくとも認定された拉致被害者の帰国、そして安否を確認するためには、水面下の交渉も必要だ。感情論を排除して現実的な判断、すなわち北朝鮮との「裏取引」も必要になってくるのかもしれない。

日本政府は拉致問題を最優先課題と訴える被害者たちの声を吸い上げながら、なおかつ国際的な人権包囲網のなかで、この問題の解決に向けて動くことが求められている。

そして、拉致問題を最終的に解決するためには、いずれ北朝鮮の体制変更に踏み込まなければならない時が来る。金正恩体制はあらゆる人権侵害の上に成り立っているからだ。もちろん、日本政府が他国の体制変更について、表立って軽々しく論じることはできないだろう。

しかし、北朝鮮の人権侵害を告発してきた事実は、日本がその進路の上に、既に金正恩体制の変更をひとつの目標として置いてしまったことを意味してもいる。政治家とメディアは、そのことをよくよく考え、論じ合わねばなるまい。