新物質「時間結晶」、2グループが生成に成功
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「新物質「時間結晶」、2グループが生成に成功」の写真・リンク付きの記事はこちら新たな物質の形態、「タイムクリスタル(時間結晶)」と呼ばれる規格外の物質が、このたび2つの研究グループにより、初めてラボで生成された。ひとつ言い添えておくと、時間結晶とは「時間に周期的なパターンをもつ物質」のことを指し、決して時間自体が結晶化した物質のことではない。
そもそも「結晶」とは何か
自然界で発生する塩、ダイヤモンド、水晶などの「結晶」は、原子の基本構造の繰り返しによって生成されている。つまり結晶とは、3次元空間のある軸に沿って周期的な構造パターンを繰り返す物質のことを指すわけだ。もっとも、だからといってこのパターンが全ての方向に等しく周期的なわけではない。
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物理の法則とは、空間のどの方向にも等しく対称に働くものだが、固体結晶に関してはこの並進対称性が自発的に“破れている”ことになる。六方晶系の結晶が円筒状に巻かれた構造をもつカーボンナノチューブを例にとると(上記画像の〈h〉)、原子のある場所とそうでない場所が明確であり、この結晶の中心部から見渡してみると全ての方向に全く同じパターンが配列しているとはいえない。そこには粒子がつくり出した“ムラ”があり、科学的にいうと、結晶とは「連続的な空間の対称性を自発的に破る物質」として定義できる。
では、それが「空間」ではなく「時間」ならどうなのか。空間と同様に、時間にも対称性がある。「並進対称性の破れ」という名の“ムラ”は、時間軸でも起こり得るのだろうか? そんな新たな物質を夢見て理論的に追求したのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)の物理学者であり、ノーベル賞受賞者でもあるフランク・ウィルチェックだ。
それは「永久機関」なのか?
ウィルチェックは2012年、通常の結晶が空間的に周期的であるように、平衡状態・最低エネルギー状態にある物質が、時間的に周期的である仮説構造をもつという時間結晶の構想を発表した[PDF]。
この理論によると、時間が一定方向に流れるという“自然な対称性”が、結晶内では破られてしまうことになる。これは、量子力学的効果のために、原子またはイオンが互いに離れていても相互作用することを想定しており、粒子は系に入力されるエネルギーなしにして、初期状態から次の状態へと移動し、一定の周期で初期状態へと戻るといった、時間に規則正しい振動を繰り返す。
しかしこの状態には、物理学的に問題がある。何のエネルギー入力もなしに系が振動を繰り返すとなると、それはまるで永久機関のように見えるはずだ。これはエネルギー保存の法則に反することになり、古典的にも量子的にも実現されるはずのない系だ。実際のところ、2015年には、東京大学教授の押川正毅と渡辺悠樹らに、平衡状態にある時間結晶の存在を否定されている。
時間の流れを壊す
2016年8月、フランク・ウィルチェックが構想した時間結晶を、研究室で生成するためのアイデアを具体的に発表したのは、カリフォルニア大学バークレー校の准教授ノーマン・ヤオだ。彼は、熱平衡に達することが決してできない周期的に駆動される系では、時間結晶が可能であるかもしれないと主張。ウイルチェックが提唱したような平衡状態にある「閉じた系」ではなく、非平衡状態にある「開かれた系」での時間結晶の作成を提案した。
「あなたがゼリーを揺さぶったとき、それが予想する揺れとは違う反応を示したとすれば、すごくおかしなことだと思いませんか?」と、ヤオはバークレー校のプレスリリースにて、時間結晶のふるまいをゼリーの振動にたとえて説明している。「それが時間結晶の真髄とも呼べるものなのです。駆動する力の周期をTとするならば、それに系は同調し、T以上の周期で振動するのが観測できるということなのです」
ウイルチェックが提案した時間結晶の“旧ヴァージョン”では、最低エネルギー状態になるまで冷やされたゼリーは、外から何の力も加えられずにひとりでに振動しはじめ、それが続くことになる。ヤオの主張はここまでぶっ飛んではいないものの、加えられた力の周期とは異なる周期で安定して振動し続けるゼリーというのも、十分に規格外な物質といえるのではないだろうか。
非平衡状態にある時間結晶の誕生
一方、メリーランド大学のクリス・モンロー率いる研究チームは、2016年9月、ヤオが提案した実験方法に基づいた時間結晶の生成に成功。彼らは、元素イッテルビウム(ytterbium)のイオン10個をリング状に並べ、これらの平衡状態を崩すために1つめのレーザーで磁場を形成。次に、1つのイオンのスピンを2つ目のレーザーパルスで反転させた。すると粒子の相互作用により、次のイオンのスピンが反転し、それがまた次のイオンへと反転が続いた。彼らは一定のリズムでスピンを反転させ、その2倍の周期で反転を繰り返す系をつくり出した。
その1カ月後の10月には、ハーヴァード大学教授のミハイル・ルーキン率いる研究グループが、中心部に窒素原子が存在する特殊なダイヤモンド結晶を使用して時間結晶を生成した。彼らは強い相互作用と不規則性をもつ約100万個の量子電子のスピンを、マイクロ波パルスで反転させると、系はマイクロ波パルスの3倍の周期でスピン反転を繰り返した。
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これらの実験では、2つの系は確かに時間の並進対称性を破っていることが認められた。さらに、一度生成された時間結晶に対し、駆動するパルスの周期や強さを変えたりしても、結晶内の振動は堅固に変わらないままだった。これは通常の結晶と同様、時間結晶にも安定性や耐性といったものがあることを示唆しているという。
「これは物質の新しい形態であり、そして非平衡物質の最初の例となった、じつに素晴らしい実験です。半世紀もの間、われわれは金属や絶縁体のような平衡物質を探求してきました。われわれは現在、非平衡物質という全く新しい分野を模索し始めているのです」(ヤオ)
興味深いのは、ヤオのモデルを参考にはしていても、まるで違うアプローチを取った2つの研究グループのどちらもが、時間結晶の生成に成功したことである。これらの成果は、これまでよりもずっと温度の高い状態で、安定した量子コンピューターの開発に応用できるとのことだ。
時間結晶のブレイクスルーとなった、2つの実験結果(論文1、論文2)は、どちらも『Nature』で発表されている。