「クラトム」、それは薬か麻薬か──規制をめぐる激論の行方

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米国では痛み止めや薬物中毒の治療などに使われてきた「クラトム」を、中毒性への懸念から規制する動きが起きている。痛みに苦しむ患者のために販売を許容するべきか、それとも厳格に規制するべきか、激論が巻き起こっている。

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アリアナ・カンペローネが育ったロードアイランド州のイーストグリニッジは、いかにもニューイングランドらしいチャーミングさを備えた小さくて豊かなコミュニティーだ。ヘロインをこの街で手に入れることは簡単で、それはカンペローネをかなりいい気分にさせてくれた。

15歳になるまでに、カンペローネはヘロインを毎日使うようになっていた。学校をドロップアウトしただけではない。彼女の毎日はドラッグを手に入れて使い、窃盗と盗品の売却を繰り返し、そしてまたドラッグを手に入れる、といったことの繰り返しだった。「これがニューイングランドにおけるヘロインのエピデミック(局地的な伝染)の始まりだった」とカンペローネは語る。「私の知り合いはみんな過剰服用しているか、そのために死んだか、人生を棒に振ったか、もしくは注射針の使い回しで病気を患っていた」

こうした現象は全米に広がっている。2014年、ヘロインまたは処方された鎮痛薬オピオイドの過剰服用による死者は30,000人。実に1999年の4倍に上った。そして今も、毎日新たに3,900人の人々が処方されたオピオイドを治療以外の目的で使い始めている。ヘロインでさえ、毎日約600人が新たに手を出しているという。全米で処方されたオピオイドの“被害”がもたらす医療費と社会保障費の総額は、実に550億ドル(約6.2兆円)にも達する。

カンペローネは19歳のとき、リハビリと治療薬、そして強靭な意志のおかげで中毒から抜け出し、サンフランシスコのベイエリアに移り住んだ。ここで彼女は、バークレーにある薬草のショップで働き始める。この店の上司や同僚が彼女に薦めた数多くの植物由来の製品のひとつが、クラトム(クラトン)と呼ばれる酸味の強い植物の葉であった。クラトムは服用した人にわずかな陶酔感をもたらす。これは体をぐるぐると回転させてから、めまいが去ったあとに残る感覚と似ている。痛み止めとしても十分な効果があったため、カンペローネは痛みを感じたときや、生理の際などに使うようになった。

またカンペローネは、ヘロインを再び使用して禁断症状に襲われた2度の機会においても、クラトムを服用している。「ヘロインの禁断症状に襲われるときは何を服用してもまったく効かず、本当につらく苦しいのです」と彼女は言う。だが、こんなときでもクラトムは効果を発揮した。

クラトムには処方箋が必要ないし、売人の元に行く必要もない。彼女は薬草の店で、4オンス(約113グラム)1パックのクラトムを約20ドルで手に入れている。これで1週間はもつ。多めに服用すると、カンペローネは腹痛を感じる。服用しない時は、ヘロインを使った時に感じるような渇望感には苛まれない。ほとんどの場合はクラトムのことを考えることはなく、単にキャビネットに眠っているだけである。このため麻薬取締局(DEA)が2016年の8月、クラトムに含まれる活性アルカロイドであるミトラギニンと7-ヒドロキシミトラジニンに関する「緊急スケジューリング」と呼ばれる規制を行うと発表したことは、彼女にとって驚きだった。カンペローネはこの時初めて、この植物の葉が「公共の安全に対する差し迫った危機」であると知った4〜500万人の米国人の1人だった。

クラトムに「ノー」を突きつけた麻薬取締局

生物学的に言ってクラトムは、DEAが公共の安全に対する危機とみなすオピオイドと似た働きをする。DEAは緊急スケジューリングによって、ヘロインやLSD、カンナビスと同じカテゴリーにクラトムを指定しようとしている。この「スケジュールI」と呼ばれるカテゴリーは、医学的な治療価値を見出すことができず、なおかつ乱用される可能性が高い最も危険なドラッグであるとDEAが認識している薬物のためのものだ。

DEAがこのスケジューリングを最終決定する前に、意外なことが起こった。非営利団体のアメリカン・クラトム・アソシエーション(略すとAKAになる)が熱意ある会員たちから40万ドルを募り、弁護士やロビイストを雇って議会を味方につけたのである。

そして9月30日、オリン・ハッチからバーニー・サンダースまでを含む保守派とリベラル派の両代表がサインした手紙がDEAに送られた。そこには、こう書かれていた。「クラトムが使われてきたこの長い歴史と、これが処方オピオイドに代わる安全な薬物であるという一般の認識を鑑みた結果、この案件に関心を寄せる全ての人々が必要であると考える議論の場は、通常のレビュープロセスによって達成できると我々は信じる」

この作戦は功を奏した。DEAが緊急スケジューリングを取りやめ、12月1日までのパブリックコメント募集期間を設けたのである。最後にDEAが計画を撤回したのはいつのことだろうか。「これは非常に稀なことです」と、依存性の高いドラッグの治療を専門にするベイ・エリアの薬理学者ガント・ギャロウェイは語る。ギャロウェイは自らの記憶をたどる限り、DEAが国民の抗議に反応を示したことは未だかつてなかったと言う。

この記事の執筆時までに寄せられたパブリックコメントは、約11,000通に達した[編註:最終的に23,000通を超えている]。意見を寄せたのは、慢性的な痛みや子宮内膜症、痛風を和らげるためにクラトムを使用する人々。鬱病の治療に加えて、オピオイドやアルコール中毒からの回復のためにクラトムを使用する人々、そしてクラトムがなければ今の人生はあり得ないと語る人々だ。「自分が抱える問題から逃避するためのものではありません」と、AKA創設者のスーザン・アッシュは言う。アッシュも痛みの治療、そして処方オピオイドへの依存から回復するためにクラトムを使用している。「クラトムは脳を一切麻痺させないし、これを使うことで医療用のマリファナを使用した時のような酩酊状態にもならない。このため、自身の問題に真正面から立ち向かうことができる。痛みや不安、鬱といった症状に効果を発揮するのがクラトムなのです」

クラトムのこうした側面は、問題の一部だ。科学者は実際のところ、クラトムについてまだ何も理解できていない。その成分がお互いにどう反応し合って働くのか、何の治療に役立つのか、人々を依存させるものなのか、どれだけの服用量が安全といえるのか。もちろん、クラトムが人生を変えたと言う一般の人々や、我々がインタビューしたクラトム服用者たちの証言を裏付ける証拠も、科学は持ち合わせていない。十分な科学的裏付けと最低限の規制を欠いた結果、アッシュや数百万人にものぼるだろうユーザーは振り回されている。そして、もしDEAが予定通りクラトムの規制を行うのだとすれば、これらの人々は一夜にして犯罪者となってしまう。

アッシュにとっては、全く受け入れ難いことである。「これが次世代のコーヒーとして受け入れられるような未来になってほしい」とアッシュは語る。「スターバックスでも販売されるようになってほしい。私はこれを冗談で言っているんじゃないの」

「薬草」がオピオイド危機に飲み込まれる

厳密に言えば、クラトムはオピオイドではなく、コーヒー属に分類される。だが、その活性分子はヘロインやコデイン、オキシコドン、モルヒネなどのオピオイドが結合するのと同じニューロン受容体に結合する。一般的には、これらのドラッグは使用者に陶酔感を与え、痛みを麻痺させる効果がある。かつて全寮制の学校で教師を務めていたデイビッド(仮名)が、スキー中に負った傷による違和感を和らげるために処方オピオイドを使い始めたのは、こうした理由からだ。しかし、デイビッドはこれに依存するようになった。そして処方されたオピオイドを使い切った時、デイビッドはヘロインに乗り換えたのである。「僕は“高機能”なユーザーになったんだ」とデイビッドは語る。「自分の依存が職場の誰かに気付かれることはなかったけど、行動パターンはより変則的なものになっていったと思う」

その後デイビッドがリハビリを決意した際、医師はデイビッドのヘロイン依存を治療するために2つのドラッグの掛け合わせであるサボキソンを処方した。これは、部分的にオピオイドで薬物を欲する体の渇きを抑えるブプレノルフィン、そしてオピオイドが引き起こす一切の陶酔感をブロックするナルトレキソンからなる。だが、サボキソンは服用者に現実感の鈍化は言うまでもなく、禁断症状をも引き起こす。そしてデイビッドのようなユーザーであれば乱用することもできるのだ。「ヘロインに対する依存性とは異なるものだった。だからサボキソンの服用量がどんどん増えていき、しまいにはそれを売って再びヘロインを入手するようになってしまったんだ」とデイビッドは語る。

しかしながら、この記事の執筆時において、デイビッドが継続して薬物を使用しなかった期間は18ヶ月に達した。この成功はクラトムによるところが大きいとデイビッドは考える。クラトムはオピオイドと同じ受容体に結合するため、服用者は似たような陶酔感と痛み止めの効果を得ることができる。ただし、その威力はもっとソフトなものだ。12ステップ・プログラムを受講していたほかの依存者がデイビットにこの植物を紹介して以来、この植物はデイビットが人生をやり直す助けになった。その後、教職は失ったものの、そもそもオピオイド中毒に陥る原因となった身体的な痛みと真剣に向きあうところから再出発できるようなったのである。

クラトムはこれ以外にもオピオイドに似た働きを持つため、その中毒性が懸念されている。だが、やはりここでも科学的な裏付けは十分ではない。デイビッドや我々がインタビューしたその他の人々は、クラトムの使用はある程度の習慣性があると言う。東南アジアで行われた調査によると、オピオイド中毒から回復するためにクラトムを使う人が依存によって生活に支障をきたす可能性は、かなり低いことがわかっている。「クラトムを使うと自分の中の依存性が呼び覚まされて、これが習慣化する」と語るのは、もう1人の元オピオイド中毒者のジェフリー(仮名)である。「これが自分の人生をめちゃくちゃにすることはないけれど、誰かが『コーヒーよりも中毒にならない』と言うのを聞くと違和感を感じるし、こうした態度は規制を作る人間に対して良い印象を与えないと思う」

しかしながら、クラトムがオピオイドや、ひいてはサボキソンのような自宅で服用できる合成物質よりも害が少ないのは間違いないだろう。人がオピオイドの使用によって死亡するのは、それが呼吸機能を低下させる(呼吸が完全に停止するまでゆっくりと息を止めてゆく)からだ。だが、クラトムの化学的構造はこれと同じ効果をもたらさないようである。「クラトムに含まれる主要なアルカロイドであるミトラギニンと7-ヒドロキシミトラジニンが呼吸を抑制する効力は、それほど強力ではないようだ」と語るのは、ジョンズ・ホプキンズ大学医学部の薬学者であり、コンサルティング会社のピニー・アソシエイツとともにAKAにクラトムの規制に関するアドバイスをしているジャック・ヘニングフィールドである。「このため詳細に検証すると、純粋にクラトムに起因する死亡事例を見出すことは非常に困難である」

ここで注意したいのは、ヘニングフィールドが「純粋に」と言った点である。クラトムの緊急スケジューリングを発表した当初、DEAは2014年から2016年の間に起こった15件の死亡事故と、このドラッグを関連付けていた。だがこの見解は15人のうち1人を除き、全員の体内に他の薬物が見つけられたという事実を無視している。オピオイド中毒の治療にクラトムを使用している人々は、まだオピオイドを使用しているかもしれないのである。

そして何件かの死亡事例は、他の薬物の混入に起因するかもしれない。クラトムは厳重に規制されていないため、ならず者の手によってこれが本物のオピオイド、たとえば非常に強力な合成オピオイドのフェンタニルと混ぜられる可能性がある。「たとえば『痛みを感じる? じゃあ、いいクラトムがあるよ』なんていう会話を容易に想像できる」とヘニングフィールドは言う。「もしかするとフェンタニルが混入されているかもしれない。そう考えると恐ろしい」。明らかに、この植物に対しては何らかの規制が設けられるべきである。問題はDEAのスケジューリングが規制として適切なものであるか、という点だ。

終わらない規制議論

DEAによるクラトムの緊急スケジューリングという手段に対し、米食品医薬品局(FDA)がサプリメントとして厳しく規制すれば、他の薬物の混入に起因する死亡事故を防止することができるだろう。「FDAは、消費者が購入するものが本当にラベルに書かれている通りのものであることを確かめられ、そして安心できるようにする現実的なサポートを行える、かなりの権力を有している」とヘニングフィールドは言う。「一般の薬品並みの基準に近いとは言えないが、それでも不法に市場に出回るものよりは遥かに良いはずだ」

実のところ、DEAによるドラッグの規制において、FDAはアドヴァイザーとして中心的な役割を担っている。「いかなるドラッグに関しても、永久的な規制の決定はDEAが単独で行うものではない」と、DEAの広報担当であるスティーブ・ベルは言う。ここでサボキソンが規制されるまでにたどった道筋を考えてみよう。まず、2002年にFDAがこれを認可し、保健福祉省がこれを「スケジュールIII」に指定するように勧告した。そしてDEAは、この指示を受け入れる。この結果としてサボキソンは、コデインを含有する市販の解熱鎮痛薬「タイレノール」と同じカテゴリーに指定されることになったのだ。医師は麻薬中毒患者にこのドラッグを処方することができるが、それでも規制物質として指定されている。

だがスケジュールIに関しては、これとは全く異なる話である。もしDEAがクラトムをこのカテゴリーに指定すれば、誰もこれに触れることはできなくなるだろう。この薬を服用している人々が今後も継続して使いたいと思うなら、よりいかがわしい販売元に頼らざるを得なくなる。そして科学者にとっては、クラトムがどのように作用するのか解明することが困難になってしまう。ユーザーの証言をサポートしたり、確かなデータによって証明したりすることも難しくなる(スケジュールIに指定されているマリファナを考えてみよう。この薬物を研究する許可を取得することは、どうにもならない官僚制度とのやり取りが発生するため、科学的なデータがまったくもって欠如している)。

こうした研究には相当なコストがかかる。そしてこれが、クラトムをめぐる『キャッチ=22』[編註:矛盾の意味。同名の小説に由来]なのである。DEAは、国民の健康に危険をもたらす可能性があると考えているドラッグを規制したいが、DEAの懸念を確定(もしくは否定)する唯一の術は更なる研究の積み重ねである。だが、もしDEAが計画通りに規制を実行すれば、これはほぼ不可能になるだろう。

クラトムを研究する数少ない科学者の1人が、フロリダ大学のオリヴァー・グルンドマンである。グルンドマンは約10,000人のクラトム服用者を対象にしたオンライン調査をまとめているところだ。この調査の予備データは、クラトム服用者の属性が、一般に想像されるような“非合法”な麻薬の中毒者とは異なることを明らかにしている。

「服用者の年齢層は、もっと上の世代に偏っている」とグルンドマンは言う。「これらの年齢層の人々は、仕事による怪我を負っていたり、ほかの疾病による鋭い痛みや慢性の痛みを抱えていたりする可能性が高い」。半分以上の服用者が31〜50歳で、82パーセントは何らかの大学を卒業している。また、調査に応じた人々のうち30パーセント近くの世帯の年間所得は、75,000ドルを上回る。これは非合法麻薬のユーザー属性に該当するとは言えないだろう。さらに、DEAの規制に対するパブリックコメントの内容も、この統計を裏付けている。服用者の多くは処方オピオイド依存の治療のためにクラトムを使うか、もしくはクラトムだけで現在患っている痛みを治療しようとしているのである。

それでも、これが他の薬物も混入されたクラトムを使った自己治療であることは否定できない。「業界は互いに協力しなければならない」と、AKAのアッシュは語る。「業界が適切に対処する姿勢を見せないことで規制対象にならなければ、FDAが黙っているわけがない」。たとえば、適切なラベリングなどは、よい出発点となるだろう。

とはいえ、DEAの動機は理解できるとグルンドマンは語る。「いくつかのコミュニティが、すでに壊滅的なオピオイドエピデミックに陥っている。それをさらに悪化させる可能性が否定できない他のドラッグを、野放しにはできないだろう」。だがグルンドマンは、こうも指摘する。「クラトムが規制対象になることで、推定400〜500万人のクラトム服用者が健康危機に直面することも忘れてはならない」

体験談と証拠

アリアナ・カンペローネは、クラトムをココナッツミルクやプロテインと合わせて服用する。彼女はこれらの材料に水を加え、だまがなくなるまでかき混ぜて飲むのだ。クラトムそのものは、ティーバッグを浸し過ぎた紅茶や泥炭のようなひどい味がする。彼女はクラトムとコーヒーとの比較は、ちょっと大げさだと考えている。「コーヒーを飲んだ時は明らかに気分が高揚するし、逆に落ち着いてくるときもそれを体で感じることができる」と、カンペローネは語る。

DEAのパブリックコメント募集期間は明日までだ[編註:原文の掲載日は2016年11月30日]。DEAによると規制に入る前に、パブリックコメントとFDAの科学的また医学的な評価を合わせて検討するという。FDAからは記事に関するコメントは得られていない。

もしDEAが当初の予定通り規制を行うとしても、カンペローネはこれまでのようにクラトムを継続して使用するという。「大麻が違法とされても使い続けた人々のように」と彼女は語る。これが意味するところは、クラトムの購入にはより多くの費用がかかり、そして個人的なリスクがつきまとうということだ。こうした費用、リスク、そして手間をかけてまでクラトムを必要とはしない人々もいるだろう。だが、オピオイドの蔓延から回復中で、それほど規模が小さくはないコミュニティにとって、利用可能で良いであろう薬の喪失を意味する。

[編註:クラトムは日本国内においては、2016年3月に指定薬物として規制対象になった]

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