アイデア湧き出るアップル流「シンプル」オフィスレイアウト

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初めて使う人でも直感的に使えるシンプルなデザインが特徴のアップル社製品。最小限の操作ボタンから広がる無限の可能性。いまやアップルの象徴ともいえるシンプル志向が生まれた職場環境を探る。

■Q: 片付けで生産性が上がるのでしょうか?

人間のマインドは環境の影響を受けやすいので、職場環境は社員の士気や会社への貢献に直結します。スティーブ・ジョブズもCEOに就任後、最初に行ったことは職場環境やプロジェクトを整理して必要なものだけに絞り込んでいくことでした。

私がアップル社に入った1990年代は、市場シェアが急激に落ち、次々に出す製品もバグだらけでマックの返品率は10%を超えていた時期でした。一時期は300以上あった社内プロジェクトはあちこちで立ち上がったまま誰も行方を把握できず、機密事項は漏れっぱなし。離職率も非常に高かった。職場では床に機材が散乱し、試作機がなくなることも日常。こんな環境では効率的に仕事ができるわけがありません。

物も人も、必要な量、必要な場所がきちんと把握できていなければ、無駄なのです。整理整頓はその第一歩。現在あるものがいかに使われ、必要か否か見極められれば、省くものも自然と見えてきます。いまはやりの“断捨離”ですね。

実際、96年にCEOに就任したギルバート・アメリオが真っ先に手を付けたのは不採算部門の清算。2年で約7000人を解雇し、350のプロジェクトを50に減らしました。社内の整理整頓からスタートしたのです。そして、次のジョブズは、そのプロジェクトを10にまで絞ったことで、社内の組織も方向性も1つにまとまって行動でき、成功を収めたのです。

■Q: まずは何から整理整頓すればいいですか?

私がアップルの管理職に昇格してまず最初に行ったのは床に散乱した機材の整理整頓。番号を振り、配置する棚を作り、図書館のように借りる人、期間などを把握できるようにしたことです。すると、これまで「返すと他の人にとられる」と言って使用後も機材を抱え込んでいた人たちが、きちんと返すようになりました。

機材の取り合いから起こる社員同士のもめごとや、必要な機材確保に使われていた無駄な時間や労力が解消されたのです。また、借りられる頻度が高い機材や全く必要でないのにたくさん在庫のあった機材も把握できるようになりました。使われないものは最小限の数だけ残して処分、みんなが必要とするものは最初から全員分準備し配布できるようになったことで、機材にかけていた予算は大きくダウン。保管スペースも少なくて済むようになり、管理に必要な人数も減らせて、物と人、両方の無駄が省けました。同時に、仕事に取りかかるときに必要なものが確実に手に入り、効率アップにもつながったのです。

さらに最適な労働環境をつくりたいと、次に私が取り組んだのがオフィスレイアウトの改善でした。日本支社にいたときも取り組みましたが、規模の大きさで言えば米アップル本社移籍後のほうが大々的に取り組むことができ、最後は新しく購入したビル1つ全部のレイアウトも任されました。

■Q: 効率の悪いオフィスってどんなものですか?

当時のアメリカの一般的なオフィスといえば、個人のデスクが背の高い壁で仕切られたキューブ型。自分の作業に集中しやすい半面、さぼっていても誰の目にも留まらず仕事中にゲームやネットサーフィンをしている人が後を絶ちませんでした。個人のアウトプットのレベルも差が大きく、チーム内のコミュニケーションも悪くグループパフォーマンスも低かったのです。

そこで、今度はデスク間の壁を取って島のようにまとめ、チームごとに部屋をあてがいました。すると、お互いの顔が見えるので仲間意識が高まり、相互監視が働くようになった。コミュニケーションも作業効率もよくなり、連絡事項の伝達ミスや期限やぶりもなくなりました。しかし、チームパフォーマンスは一気に向上したものの、今度は別チームとのコミュニケーションがうまくいかなくなった。

そこで次は、約40人の部署全員を大きな1つの部屋に入れ、チームは島状態に、チーム間は低い棚で仕切りました。典型的な日本のオフィスに近い状態ですね。チーム間の連帯は向上し、部署全体のアウトプットは大きく向上しましたが、社員からは非常に不評なレイアウトでした。大人数いることでだらける人がでてきたり、大勢の声で非常に騒がしく仕事に集中できなくなったりしたのです。これはどれも私の失敗例ですが、現在のオフィスがこれらの状態と同じ人は、見直すと生産性が上がるかもしれませんよ。

■Q: 最大の成果を生み出すレイアウトを教えてください

様々な試行錯誤を繰り返した結果、アップルで私がたどり着いたベストパフォーマンスを生み出すレイアウトが図です。

チームごとに島に分け、それ以外に自由に使えるワークスペースも用意しました。1つの長いデスクを2人で斜め背中合わせに使うので相互監視できつつも、必要ならワークスペースに移動して1人で作業したり、数人で相談することも可能。

デスク間の壁は立ち上がればすぐにお互いの顔が見える程度に低くし、一部半透明のガラスにすることで他者の存在が感じられるようにしたのです。引き出し棚の上にはクッションを置き、仲間が気軽に立ち寄って相談できるようにしました。

また、コミュニケーションを図る一環として、部内で写真コンテストを何度か開きました。社員同士、仕事以外の趣味や才能を知る機会になったと同時に、優秀作品を飾ったことで内装インテリアのコストを削減することもでき、一石二鳥でした。

個人が仕事に集中しつつも、チーム間のコミュニケーションもスムーズにはかれるこのレイアウトは、ベストだと思っています。相互監視が働き、多くの人がいれば誰かが手を抜くという事態も発生しにくく、同僚とは競争意識と協力意識が共存する環境が整ったのです。

▼アップル式 オフィスのレイアウト方法

[BEFORE]効率の悪いキューブ型
以前は、個人のデスクが高い壁で仕切られていたため、業務中昼寝やゲームをする人もおり、チームとしての意識も薄かった。

[AFTER]チーム力&個人力も上がる開放型
何度か試行錯誤の末に行き着いたのは、個人が集中できる環境とチーム間のコミュニケーションを両立したレイアウト。デスクを2人セットにし、デスク間の仕切りも立てば互いの顔が見える高さ。マネジャー職もすぐ隣にガラス張りの個室を設置した。

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元・米アップル社シニアマネジャー
松井 博(まつい・ひろし)
1966年生まれ。沖電気工業、アップルジャパンを経て、2002年に米国アップル本社の開発本部に移籍。ハードウエア製品の品質保証部のシニアマネジャーとして09年まで勤務。

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(元・米アップル社シニアマネジャー 松井 博 構成=岩辺みどり)