ブラック教授という存在が明るみに……

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 大学や大学院という最高学府の教員たちの“ブラック化”が著しいようだ。

 東京郊外の中堅私立大学で法学部準教授を勤める芳川賢太郎氏(仮名・40歳)は、自らを“ブラック教授”だと語る。実際、芳川先生の勤務ぶりは一般のサラリーマンではおよそ認められることのない杜撰さが目立つ。

 講義はネットのコピペを配り、ただ読むだけ。学会発表と称し目いっぱい、休講する。学内の会議は何だかんだ理由をつけてすっぽかす。学生のレポートはすべて読むことなくゴミ箱行き。試験は行なわない。採点作業は労働時間が増えるだけだからだ。

可愛い女子学生は高評価、彼氏がいれば低評価

 だが教員として学生の単位認定は行なわなければならない。そんな芳川先生の講義での単位評価基準は非常勤講師時代から一貫している。

「可愛い女子学生なら無条件で高評価。ただし彼氏の存在が発覚したらその場で低評価。男子学生なら帰省時の手土産を持参したヤツは高評価。飲み会で可愛い女子学生を紹介した男子学生は高評価。自分が嫌いな学生は低評価──」

 ただし、単位はよほどのことがない限り与えるという。これで過去、学生や大学側からも文句を言われれば、「研究者としての自分の沽券に関わることなので訴訟も辞さない」といえば、大学側も言い返す人間はいなかった。

 そもそも大学教員とは狭い大学社会のなかではやりたい放題だ。アカハラ(註:アカデミックハラスメント)、パワハラ、セクハラ……と、ありとあらゆるハラスメントを行なっても、まず表に出ることはない。

 そんなハラスメントの数々を行なってきたと話す芳川先生が自戒を込めて、同僚にもいるブラック教授たちの実態を赤裸々に明かす。

コピペした資料を読むだけの講義、文句を言う学生は落とす

──研究職である大学教員にとって講義(授業)とはなんでしょうか?

芳川先生「苦痛だね。研究に割く時間が奪われるから。配ったレジュメ読んで、あとは司法試験に強い予備校の問題集を解かせて講義はおしまい。今、キャリア教育時代だから、そのほうが公務員志望の学生には喜ばれるしね」

──講義内容で学生から文句言われたことはありましたか?

芳川先生「あったね。『ただWikipediaからコピペした資料を読んでるだけだ』だとね。何人か文句を言ったきた学生のうち、キーパーソンは学生自治会で旗振ってるヤツだった。だからそいつについてはレポート内容がよくないという理由をつけて単位を落としてやった。キーパーソンのこいつの単位を落とせば、もうほかの学生も文句言わなくなった。誰しも自分の身が大切だよ。必修科目だと学生たちへの脅しは効くね」

研究室は“密室”でセクハラはやりたい放題!

──いくら気に入らないといっても学生に単位を渡さないというのはちょっと行きすぎではありませんか?

芳川先生「僕なんかまだマシだよ。じゃあ聞くが、『授業内容が悪い』と抗議に来た学生相手に竹刀で机をバンバン叩いて、学生脅して、逆に謝罪までさせた教授は問題ないのかね?」

──学生相手に机を竹刀で叩くことは、脅迫というか立派な犯罪では?

芳川先生「誰も証言する者はいないんだよ。密室だよ。研究室というのはどこもそうだね。だからセクハラもやりたい放題という現実がある」

──そういう懸念から今、研究室のドアもガラス張りにしたりもしていますよね?

芳川先生「それあまり意味ないんだよね。時間帯によっては誰も通らないし。見えないし。かえってセクハラ騒ぎを学生に起こされても、『ドアもガラス張りでそんなことするはずない』といえばそれで通るもんだよ」

──過去、芳川先生はセクハラを学生にしたことは?

芳川先生「僕はない。でも同僚教員にはいたよ。『院を目指す子や学内推薦での大手企業就職を考えている子だとやりやすい』と話していたな。研究室という密室で1対1なら、動画でも撮られない限り表には出ることはないしね」

──院生や学内推薦で大手企業を狙う学生相手にアカハラをしたことはありますか?

芳川先生「たとえば研究室の掃除、引越し、雑用、これを無償で長時間させるのもアカハラというならそうかもしれないね。僕は文系だからその程度だけど。理系だと教員の自宅の掃除とかもやらせると聞くよ。8時間以上、連日、無償で働いてもらうこともあると聞く。労働基準法とは関係ない範疇、しかも教員は単位や将来といった生殺与奪を教員が握ってるからね。やりたい放題といえばそうかもね」

 10年前、5年前に比べ、今、全国の大学では、学生がこうした「ハラスメントへの声を吸い上げる仕組み作り」(関西の私大職員)にようやく本腰を入れてきたという。

 しかし、まだまだ教員優位、学生不利の状況は変わることはない。今求められているのは、ハラスメントへの声を上げやすい仕組みを整えることではなく、これまでメスが入れられることのなかった大学教員の資質を問う仕組み作りではないだろうか。

(取材・文/川村洋)