ユナイテッドとアーセナルに連敗したリバプールは、これで事実上の終戦か。4位=CL出場権が遠のく……。 (C) Getty Images

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 各国のサッカー事情に通じたエキスパート2人を迎え、クロストークで掘り下げる連載企画。
 
 田邊雅之氏と山中忍氏(両氏のプロフィールは末尾に)によるプレミアリーグの大放談は、飛び込んできたビッグニュース、武藤とチェルシーの話から“熱戦”の火ぶたが切って落とされた。
 
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田邊雅之:お疲れさまです。いきなりFC東京の武藤の話が飛び込んできましたね。移籍先はなんとチェルシー。
 
山中忍:ええ、かなりビックリしました。しかも報道は、完全に日本が先行していた。もともと香川が移籍したケースでも、日本で噂が流れるタイミングの方が早かったわけですけど。
 
田邊:武藤本人は、まだ身の振り方について考えていると。でも僕たちのように、プレミアなんて見向きもされなかった頃から取材をしてきた人間にとっては、悪い話じゃない。午後のワイドショーで、チェルシーの名前が出た時にはのけぞりました(笑)。
 
山中:ワーキングパーミットから、ローンに出ている選手との競争まで含めて、いろいろクリアしなければならないハードルはありますけど、今後の展開は興味深いですね。まあじっくり推移を見守っていければと。
 
武藤へのオファーは本気? 山中氏が「チェルシーの思惑」に迫る

 その昔、稲本の時に宮本とごっちゃにされたり、今年の冬、岡崎のレスター入りの噂が長友の写真付きで報じられたような凡ミスはないので、こちらのメディアでの滑り出しは良好ですね。
 
田邊:一方、プレミアでは上位争いの明暗が分かれました。CL枠を狙っていた3チーム、リバプールとスパーズ、セインツが全部躓いている。
 
山中:リバプールは特に象徴的だった。ユナイテッド(30節/1-2)とアーセナル(31節/1-4)で2連敗でしたから。希望の光が最後に一気に消えたみたい。
 
田邊:新聞でもテレビでも、ロジャース監督の敗北宣言みたいな見出しばっかり。
 
山中:アーセナルとは1-4ですから。しかも10分足らずの間に3点立て続けに入れられている。ロジャースのリバプールは守備に不安を抱えていたけど、一番ネックになっていたところが、シーズンの一番大事な場面で露呈してしまった感じは否めない。
 
田邊:もともと彼はスペイン流の攻撃的なパスサッカーが大好きで、デル・ボスケ(元スペイン代表監督)に教えを請いに行ったこともある。
 
 でも番記者の間では、守備の練習に割く時間が少なすぎると言われていたのも事実。ただでさえバックラインが安定しないのに、ペップ時代のバルサのような5秒ルールや4秒ルールで、前からプレスに行くわけでもない。
 
山中:たしかに。いかにシュクルテルが怪我をしたといっても、ビッグマッチでコロ・トゥーレをCBで先発させなきゃならないというのは、相当きついですよ。
 
田邊:試合前に敵の選手と握手をしている時点から、すでに不安そうな表情をしている。
 
山中:むろんロジャースがやろうとしているサッカー自体は、リバプールのファンやサッカー関係者にも評価されているし、将来のイングランド代表監督候補にも名前が挙がっている。でもリバプールがもう一度タイトルを狙えるようになるためには、監督としてもう一皮剥けなければならないかなと。ロジャースは北アイルランド人だから、イングランド代表監督なんて絶対に嫌だと思いますけど(笑)。
 
田邊:ゲームマネジメントや守備の固め方に関しては、方法論を磨かなきゃならないところが多分にある。北アイルランドの監督になったりしたら、それこそ守備を固めるところから入らないと地獄を見る(笑)。
山中:それはイングランド代表監督になった場合も、まったく同じですよ(笑)。
 
 ただリバプールに関して言えば、セットプレーにおける守備の役割分担を徹底したりするだけでも大分違ってくると思う。スウォンジー時代やリバプールでの1シーズン目は、戦術がワンパターンの監督という印象が強かったけど、今シーズンも、3バックにシステムを変更した直後は調子が良くなったりしたし、試合の中で3バックから中盤がダイヤモンドの4-4-2、最後は3トップ気味で終わるような戦い方もできるようになった。
 
 攻撃における戦術の引き出しが増えているだけに、守備の緩さがもったいない。
 
田邊:戦術論に関して言うと、「ディープ・プレーメーカー(ボランチが深い位置に下がってゲームメークを担当する方法)」をどう考えるのかも、焦点の一つになってくるのかなと。攻撃的なポジションにタレントが揃っているとはいえ、守備ラインは本質的に盤石じゃないわけだから、なおさらボランチは重要になるはずで。
 
山中:ベニテス監督の頃のように、カウンター一辺倒のサッカーをするようにはなったりしないにせよ、深いところで相手の攻撃の芽をきっちり摘み、ボールをさばいていく「盾」がひとりいるだけで、かなり安心感は出てくる。システムの違いにこだわらず、本当はロジャースも、そういう選手が欲しいでしょうね。
 
田邊:でも実際には、いまだにルーカスが重用されたりしている。
 
山中:今のリバプールではきちんと機能しているけど、プレミアのビッグクラブのレギュラー級と比べた場合には、かなり小粒な感は否めない。タックルやカバーリングに優れているわけでもないし、奪ったボールをすぐに展開できるわけでもない。攻撃でも守備でも「繋ぎ役」に留まっている。
 
田邊:ましてや来シーズンからは、ジェラードがいなくなってしまう。後継者の候補としてはヘンダーソンの名前も挙がってきているけど、やはりリバプールという名門の屋台骨、しかも一番肝になる「臍」を任せられるかというと……。
 
山中:微妙でしょうね。彼も中盤の底をきっちりカバーするというよりは、前に行かせてもらうことで力を発揮できるタイプですから。
 
 今のジェラードはお守り的な要素が強くなっているにしても、ゲームの展開があやしくなってきた時に、精神的に頼れる選手がいるのといないのとでは相当違う。
 
田邊:味方を周りに集めて円陣を組んで、檄を飛ばせるような選手も他にいないからね。
 
 それにプレースタイルに関して言えば、ジェラードは深いところから前に攻め上がれるし、いざとなれば中盤の底まで戻ってこようとする。ボックス・トゥ・ボックス型のMFは、4-4-2とセットでネガティブな意味で論じられたりもするけど、前と後ろが分業化しすぎると不具合が出てきてしまうのも事実で。これもまた、MFの役割やプレースタイルを、どう考えるかという議論に関連してくる。
山中:今のリバプールでピッチ上の役割を分業化していきたいなら、前の攻撃的な選手がもっとスキルアップしないとダメですよね。今シーズンだって、結局はスアレスが抜けた穴を埋められなかったという話になるわけでしょ?
 
田邊:そう。31ゴール・12アシストを決めた選手が抜けたわけだから。だからこそロジャースは、守備の緩さを解消したり、リードした後に試合をあえてペースダウンさせるようなスキルを磨かなければならなかった。
 
山中:データを見ればわかるように、実は昨シーズンのリバプールも守備はゆるゆるだったんですよ。リーグ戦では50失点しているし、スアレスがいなかったら優勝争いなんてまったく絡めていなかった。
 
 でも結局は、手つかずのままになっていた守備の問題がスアレスが抜けたことでさらに露呈したというのが、今シーズンのリバプールの読み解き方なのかなと。ロジャースは大量に選手をとって、スアレスが抜けた穴を“物量作戦”で埋めようとしたんだけど。
 
田邊:スターリッジは残ったけど、他のメンバーは即戦力になりきれなかった。
 
山中:そう。そのことはアーセナル戦の後の記者会見で、ロジャースが認めていました。
 
田邊:ララーナあたりは態度だけ見ると、「俺は名門リバプールの一員だぜ」みたいなオーラを全身に漲らせているけど(笑)。真面目な話をすると、物量作戦をとったが故に、余計にチームのバランスが煮詰まりきらなかった側面も否めない。
 
 それとスアレスが抜けた影響に関しては、個人的には攻撃陣からアグレッシブさや泥臭さもなくなった気がする。これはシステムどうこうよりも影響が大きい。
 
山中:同感ですね。リーグ戦もそうだけど、先日ジェラードとキャラガーのために催されたチャリティーマッチなんかを見ていても、そのことを痛感しました。
 
田邊:豪華な試合だったよね。顔ぶれで言うとベルカンプの引退記念試合といい勝負。そのベルカンプの引退記念試合の時には、ファン・バステンが実はいまだに異様にうまいことが明らかになるというおまけがあったけど。
 
山中:リバプールのチャリティーマッチでは、アンリが気の利いたパスを出してみせたり、キャラガーがPKを与えるシーンもあったりして。
 
田邊:スカイの解説者になって、スーツを着てもっともらしいことを言うようになっても、君、本当はあんまり変わっていないだろうと(笑)。
 
山中:あの試合には当然、スアレスも出場したんだけど、たしかミドルシュートかなんかを外した後に、思いっきり悔しがってGKやCBにプレスをかけに行っていた。フレンドリーマッチなのに、ですよ。僕はあのシーンが一番強烈に印象に残った。得点力もそうだけど、勝利にこだわる姿勢の強さと言う点でも、ファンもこういう選手に残ってほしかったと、改めて思ったんじゃないですか。
 
田邊:今のリバプールはたしかにスマートで、うまいサッカーをするようになった印象はあるけど、勝負強さとか図太さは感じないですからね。個人的にはあそこから、一種のパフォーマンスで誰かに噛みついてほしかったけど(笑)。
 
山中:タイトルを取るには、一番前の所にものすごく点が取れるだけじゃなくて、がむしゃらにプレーするとか、ひたすら泥臭くプレーするとか「棘」や「毒」を持った選手が欲しい。チェルシーの場合は、ベンチから一番強烈な毒が出ているわけで(笑)。
田邊:いずれにしても、ロジャースが目指すチームが出来上がるまでには、もう少し時間がかかる。でも来シーズンに向けてのチーム作りも結構大変かなと。CLに出られないわけでしょ?
 
山中:ええ、ロジャース本人も、補強を進めるのがきつくなるかもしれないと認めてました。実際、去年の夏は、久々にCLに返り咲けることが決まっていたのに、アレクシス・サンチェスにそっぽを向かれたぐらいで。
 
田邊:スターリングが移籍するという話題も相変わらず流れているし。補強が難しくなってきているのに、流出を防がなければならない選手は逆に増えている。
 
山中:だからこそ今シーズンは変な欲をかかないで、トップ4キープを目標にしていたはずだった。ましてや蓋を開けてみれば、マンチェスター・シティだってそれほどよくなかったし、ユナイテッドも過渡期で状態が安定しないから、CL枠は現実的に狙えたと思う。
 
田邊:ファン・ハールあたりに「自分は実はリバプールの誘いを断っていたんだ」みたいなことを得意げに言われなくとも済んでいた(笑)。まあ、しばらくは腰を据えてチームを作っていくしかないですね。
 
山中:と思います。いくらCL出場枠を取り損ねたと言っても、この状況でロジャースをクビにしたりすれば、チーム作りのプロセス自体が、ダルグリッシュやホジソンを暫定監督に据えていた頃まで遡ってしまう。リバプールのファンは、自分たちのクラブがイングランドで一番伝統のあるクラブだとか言うけど、イングランド代表みたいな状況になることは望んでいないでしょ(笑)。
 
構成・文:田邊雅之
協力:山中忍
 
【識者プロフィール】
田邊雅之
1965年、新潟県生まれ。『Number』をはじめとして、学生時代から携わっていた様々な雑誌や書籍の分野でフリーランスとして活動を始める。2000年からNumber編集部に所属。プレミアリーグ担当として数々の記事を手がけた後、南アフリカW杯を最後に再びフリーランスとして独立。主な著書に『ファーガソンの薫陶』(幻冬舎)、翻訳書に『知られざるペップ・グアルディオラ』(朝日新聞出版)」等がある。最新の翻訳書は『ルイ・ファンハール 鋼鉄のチューリップ』(カンゼン)。
 
山中忍
1966年生まれ、青山学院大学卒。94年渡欧。イングランドのサッカー文化に魅せられ、ライター&通訳・翻訳家として、プレミアリーグとイングランド代表から下部リーグとユースまで、本場のサッカーシーンを追う。西ロンドン在住で、チェルシーのサポーター。