風通しの良い企業をつくるための“修羅場”とは?――松井忠三氏に聞く(2)
洗練されたデザインの商品を次々と生み出し、世界中で高い評価を受けている無印良品。
その本部社員の離職率が、ここ5〜6年、5%以内を推移しているということを知っているだろうか。
その裏にあるのは、無印良品流の人材育成術。
株式会社良品計画会長の松井忠三氏は、無印良品V字回復の立役者として知られ、「MUJIGRAM」という無印良品に受け継がれる膨大なマニュアルを仕組みとして取り入れたことでも有名である。
そんな松井氏の新刊『無印良品の、人の育て方』(KADOKAWA/刊)でテーマとされているのは、まさに「人材育成」だ。
今回、新刊JPは本書の内容を軸に、無印良品で実践されている人材育成の仕組みについて話を聞いた。その後編だ。
(記事:金井元貴)
■風通しの良い企業をつくるための“修羅場”とは?
――優秀な社員を海外に送り込むというお話がありましたが、無印良品の海外研修制度はとてもユニークでありながら、過酷だとも思いました。海外に赴任した後にやることを、完全に本人に任せてしまうのはなぜなのでしょうか。
松井:無印良品には約100人の課長がいますが、日本で仕事をしているとどうしても日本ばかり見るようになってしまいます。それに売上の8割以上は国内ですから、海外からの要望に対してはどうしてもおざなりになってしまいます。でも、ご存知のように日本の常識は海外の非常識ですから、その場しのぎの対応では上手くいきません。海外赴任の経験というのはそういうときに活きてくるのです。
ただ、海外に行く際に何を勉強してきてもらうかということは、あらかじめ決めません。本人が何をしたいのかということが第一です。そうなると、彼らは今の自分の仕事と関連する分野で成果を出そうとするのですね。その土地の料理のレシピを探すもよし、出店の準備を進めるもよし、その土地で生活をして得たものを、月に一回、私たち役員の前で報告します。
――社員個人にその土地でやることを任せてしまうのは、よほど信頼をしていないとできないことのように思います。
松井:意外と自分の仕事と全く違うことをする人はいませんね。店舗の開発を担当していた人がいきなりワインの勉強をしたいから、とイタリアに行くといような話はあまりありませんよ(笑)
――海外研修を通して、どのようなことを期待されているのですか?
松井:課題を見つけて、それに対応する力を身につけることです。
ある社員はドイツに赴任したのですが、あまりドイツ語も分からないわけです。そんな中で街頭インタビューをするなどして支店を出すための準備を進めて、実際に支店を出す。そのときにはすでに、ドイツのマーケットについて詳しくなっていて、なおかつ無印良品がドイツに出店している店舗の業務にも好影響を与えています。
実際にこのような海外研修の制度を取り入れてみてからは、予想以上に業務効率が上がっていますね。
――本書の中で出てくる言葉で最も印象的だったのが、「はじめに」で出てくる「修羅場」でした。無印良品には「修羅場」を意図的につくって、社員の成長を促すような仕組みがあります。この「修羅場」とは具体的にどのような経験のことを指すのでしょうか。
松井:いわば「逆境」というべきものですが、自分の思い通りにいかないこと、自分の持っている経験や知識では乗り越えられそうにないことに対峙したときが、成長の大きなチャンスになります。
例えば販売部の課長でずっとトップを走ってきて、順風満帆に仕事をしてきた人が、急にロンドンに赴任することになった。これは一つの修羅場ですよね。英語も覚えなきゃいけないし、実際にロンドンに行っても、ロンドンは多国籍で構成される都市ですから、一人ひとり考え方や価値観も全然違います。日本の価値観をそのまま当てはめても通用しません。その中で、ロンドンで営業部長として事業を進めるにはどうすればいいのか。それまでになかった課題ばかりに向き合うわけです。
こうした体験を乗り越えると、知恵がつきますし、人間としても一皮、二皮もむけます。ずっと日本にいて同じ部署にいると、どうしても停滞してしまい、組織も人も成長しなくなりますし、風通しの良さは失われてしまいます。海外展開をしようとしても上手くいきません。
――確かに現在活躍されている経営者の方々は皆さん必ず逆境体験を持っていらっしゃいます。
松井:大病を患ったり、異国の地で苦労をしたりとか、皆さん必ずそういった体験をお持ちですよね。ただ、その瞬間が最も成長しているときだから、後々になって語られるのでしょう。
――松井さんの修羅場体験を教えていただけますか?
松井:これはですね、西友時代の「幹部研修」ですね(笑)当時、総合スーパー業界そのものの業績が大きく下降している時期でして、西友も他の会社の例に漏れず、経営の立て直しが急務になっていました。そのとき、私は人事部にいたのですが、「社員の意識改革は人事部の仕事だから」ということで、それを一手に引き受けることになったんです。
そこで私は研修会社で実践されている教育プログラムを見て、一番ハードなものを取り入れようと思いました。「センシティブ・トレーニング」というもので、一時間ほどの性格診断テストを行って、それぞれが会社の現状を分析し、どのようにすべきかの提言をするというものです。そして、二泊三日の研修ではチームを組んで、その人の分析や提言を好き放題に指摘するんです。本人はその意見を受け取って反省をしていく、と。
このトレーニングを部長クラス以上のマネージャー全員を対象に行いました。これは嫌な研修ですよ、自分の欠点をひたすら指摘されて、説教されるのですから。
ただ、結論からいうと、意識改革はできなかったんです。「なんでこんなことをやったんだ」と怒られましたし、その後もいろいろなプログラムを実践しましたけど、成果が出なかった。当時の社長からは「ここまで頑張ったからいいだろう」とねぎらいの言葉をいただきましたが、そのときは修羅場でしたね。そんなことをたくさん経験しました。そこで私は、教育で経営改革はできないことを理解しました。
――松井さんが影響を受けた本を一冊、ご紹介いただけますか?
松井:『経営は「実行」』(日本経済新聞社/刊)ですね。2003年に日本でも出版されましたが、もともとはアメリカのベストセラーでした。
リーダーの仕事は実行することだということが書かれていて、計画することではないんです。自分の経験に落とし込みながら読んでいって、とても納得できた一冊でしたね、意外と実行を疎かにしている会社は多いのかもしれません。それはセゾンの文化とよく似ていて、セゾングループが解体したのも計画を実行に移せなかったからというところが一つの原因になっていると思います。
―最後に、『無印良品の、人の育て方』をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
松井:あげるならば、若いビジネスパーソン、管理職になりたての人には特に読んでほしいですね。壁にぶつかることもあると思いますが、それを乗り越えるためのヒントになると思います。また、経営者の方にもこの本に書かれていることは幅広く理解いただけるんじゃないかなと考えています。
(了)
その本部社員の離職率が、ここ5〜6年、5%以内を推移しているということを知っているだろうか。
その裏にあるのは、無印良品流の人材育成術。
株式会社良品計画会長の松井忠三氏は、無印良品V字回復の立役者として知られ、「MUJIGRAM」という無印良品に受け継がれる膨大なマニュアルを仕組みとして取り入れたことでも有名である。
今回、新刊JPは本書の内容を軸に、無印良品で実践されている人材育成の仕組みについて話を聞いた。その後編だ。
(記事:金井元貴)
■風通しの良い企業をつくるための“修羅場”とは?
――優秀な社員を海外に送り込むというお話がありましたが、無印良品の海外研修制度はとてもユニークでありながら、過酷だとも思いました。海外に赴任した後にやることを、完全に本人に任せてしまうのはなぜなのでしょうか。
松井:無印良品には約100人の課長がいますが、日本で仕事をしているとどうしても日本ばかり見るようになってしまいます。それに売上の8割以上は国内ですから、海外からの要望に対してはどうしてもおざなりになってしまいます。でも、ご存知のように日本の常識は海外の非常識ですから、その場しのぎの対応では上手くいきません。海外赴任の経験というのはそういうときに活きてくるのです。
ただ、海外に行く際に何を勉強してきてもらうかということは、あらかじめ決めません。本人が何をしたいのかということが第一です。そうなると、彼らは今の自分の仕事と関連する分野で成果を出そうとするのですね。その土地の料理のレシピを探すもよし、出店の準備を進めるもよし、その土地で生活をして得たものを、月に一回、私たち役員の前で報告します。
――社員個人にその土地でやることを任せてしまうのは、よほど信頼をしていないとできないことのように思います。
松井:意外と自分の仕事と全く違うことをする人はいませんね。店舗の開発を担当していた人がいきなりワインの勉強をしたいから、とイタリアに行くといような話はあまりありませんよ(笑)
――海外研修を通して、どのようなことを期待されているのですか?
松井:課題を見つけて、それに対応する力を身につけることです。
ある社員はドイツに赴任したのですが、あまりドイツ語も分からないわけです。そんな中で街頭インタビューをするなどして支店を出すための準備を進めて、実際に支店を出す。そのときにはすでに、ドイツのマーケットについて詳しくなっていて、なおかつ無印良品がドイツに出店している店舗の業務にも好影響を与えています。
実際にこのような海外研修の制度を取り入れてみてからは、予想以上に業務効率が上がっていますね。
――本書の中で出てくる言葉で最も印象的だったのが、「はじめに」で出てくる「修羅場」でした。無印良品には「修羅場」を意図的につくって、社員の成長を促すような仕組みがあります。この「修羅場」とは具体的にどのような経験のことを指すのでしょうか。
松井:いわば「逆境」というべきものですが、自分の思い通りにいかないこと、自分の持っている経験や知識では乗り越えられそうにないことに対峙したときが、成長の大きなチャンスになります。
例えば販売部の課長でずっとトップを走ってきて、順風満帆に仕事をしてきた人が、急にロンドンに赴任することになった。これは一つの修羅場ですよね。英語も覚えなきゃいけないし、実際にロンドンに行っても、ロンドンは多国籍で構成される都市ですから、一人ひとり考え方や価値観も全然違います。日本の価値観をそのまま当てはめても通用しません。その中で、ロンドンで営業部長として事業を進めるにはどうすればいいのか。それまでになかった課題ばかりに向き合うわけです。
こうした体験を乗り越えると、知恵がつきますし、人間としても一皮、二皮もむけます。ずっと日本にいて同じ部署にいると、どうしても停滞してしまい、組織も人も成長しなくなりますし、風通しの良さは失われてしまいます。海外展開をしようとしても上手くいきません。
――確かに現在活躍されている経営者の方々は皆さん必ず逆境体験を持っていらっしゃいます。
松井:大病を患ったり、異国の地で苦労をしたりとか、皆さん必ずそういった体験をお持ちですよね。ただ、その瞬間が最も成長しているときだから、後々になって語られるのでしょう。
――松井さんの修羅場体験を教えていただけますか?
松井:これはですね、西友時代の「幹部研修」ですね(笑)当時、総合スーパー業界そのものの業績が大きく下降している時期でして、西友も他の会社の例に漏れず、経営の立て直しが急務になっていました。そのとき、私は人事部にいたのですが、「社員の意識改革は人事部の仕事だから」ということで、それを一手に引き受けることになったんです。
そこで私は研修会社で実践されている教育プログラムを見て、一番ハードなものを取り入れようと思いました。「センシティブ・トレーニング」というもので、一時間ほどの性格診断テストを行って、それぞれが会社の現状を分析し、どのようにすべきかの提言をするというものです。そして、二泊三日の研修ではチームを組んで、その人の分析や提言を好き放題に指摘するんです。本人はその意見を受け取って反省をしていく、と。
このトレーニングを部長クラス以上のマネージャー全員を対象に行いました。これは嫌な研修ですよ、自分の欠点をひたすら指摘されて、説教されるのですから。
ただ、結論からいうと、意識改革はできなかったんです。「なんでこんなことをやったんだ」と怒られましたし、その後もいろいろなプログラムを実践しましたけど、成果が出なかった。当時の社長からは「ここまで頑張ったからいいだろう」とねぎらいの言葉をいただきましたが、そのときは修羅場でしたね。そんなことをたくさん経験しました。そこで私は、教育で経営改革はできないことを理解しました。
――松井さんが影響を受けた本を一冊、ご紹介いただけますか?
松井:『経営は「実行」』(日本経済新聞社/刊)ですね。2003年に日本でも出版されましたが、もともとはアメリカのベストセラーでした。
リーダーの仕事は実行することだということが書かれていて、計画することではないんです。自分の経験に落とし込みながら読んでいって、とても納得できた一冊でしたね、意外と実行を疎かにしている会社は多いのかもしれません。それはセゾンの文化とよく似ていて、セゾングループが解体したのも計画を実行に移せなかったからというところが一つの原因になっていると思います。
―最後に、『無印良品の、人の育て方』をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
松井:あげるならば、若いビジネスパーソン、管理職になりたての人には特に読んでほしいですね。壁にぶつかることもあると思いますが、それを乗り越えるためのヒントになると思います。また、経営者の方にもこの本に書かれていることは幅広く理解いただけるんじゃないかなと考えています。
(了)