日本で最も生まれが古いNPB選手は、1901年12月10日生まれの浜崎真二だ。1905年の巳年生まれの選手もいるはずだが、私の調べでは出てこない。そこでもう一回り下の1917年、大正6年生まれの選手で、ベストナインを組みたい。歴史的な顔ぶれがそろう。

ベスト9に主要な選手を加えた。打順も考えた。存命なら本年96歳である。54人の選手がいた。

Sneak Year-1917


何といっても沢村栄治。伝説の大投手が生まれている。受ける捕手も多士済済だが、門前真佐人にした。

一塁には王貞治の前の巨人の背番号1、南村不可止。本来外野手だが、一塁の経験もあるのでここに入れた。

二塁は戦後、金星、投球、西日本、西鉄で活躍した清原初男。この人は存命か?本来三塁手だが、二塁の経験があるので起用した。

三塁は、慶應出身、「おとぼけのうーやん」と呼ばれた巨人の宇野光雄。国鉄の監督も務めた。

遊撃は、阪神黎明期の内野手伊賀上。なぜかこの世代は三塁のポジションが重なる。伊賀上を遊撃手にした。

外野は戦前に首位打者を獲得した鬼頭(戦死)、野口4兄弟の長男で投手、捕手としても活躍、戦前に打点王も取った野口明、そしてこれも投手としても活躍した小田野柏とした。

控えには巨人寮長を務めた内堀保、カープ初代主将の辻井弘、阪神の名二塁手奈良友夫らを配した。

澤村と対戦したりプレーしたことがあるのは門前、鬼頭、伊賀上、野口、小田野、内堀、奈良ら。戦後にプロ入りした選手も多い。この年は大豊作だったと言えよう。ただし戦火に散った人も数多い。