出版社がコンテストを開催する理由【わたしが本を出した理由】第5話
ひとりの成功体験をもとに、出版入門を読み解く連載企画「わたしが本を出した理由」も第5回目。
ブログ本出版が人生の転機になった聡美に、自分も出版してみたいと夢見る後輩のあおい。一方で、それを頑なに反対するタケシ。その真意がいよいよ明らかに!


これまでのあらすじ
聡美(29)・タケシ(28)・あおい(26)は、大学の演劇部時代の先輩・後輩で、ブログを軸に今でも頻繁に交流している仲良し3人組。聡美は自身のブログを書籍化し、それが人生の転記になったと告白。出版に踏み切った理由を、興味津々な二人に日本の出版事情を交えて丁寧に説明していく。一方で、「自己投資の最上級」と熱く語る聡美先輩に、ますます憧れを強めるあおいだが、なぜかタケシはあおいの出版構想に反発しはじめる…。



タケシ
いつになく深刻なタケシ(28)
「聡美先輩とあおいには内緒にしてきたんだけど、実は、自費出版をしようと思って、あきらめた過去があるんだ…」
重い口を開いて出てきたタケシの言葉は、さらに場の空気を重くしてしまった。
いつもお調子者のタケシだから、なおさら深刻なイメージが続く。
「ずっと小説を書いていたんだ。それで3年前、会心の出来映えだと思って、足早にある出版社に飛び込んでみたんだ。学生時代の栄光でもないけど、皆でやっていた演劇部をテーマにした恋愛小説でね…」

「そうだったんだぁ。 じゃあ、本を作るという意味では、タケシの方が先輩だね! だから、私の出版の話、熱心に聞いてたんだね」
聡美が場を照らそうとする。

「うん。でも、聡美さんの話、どれも新鮮だったなぁ。結局、僕は『出版できるハズ!』と浮かれてただけで、頓挫しちゃったから…」
自信作を世の中に出せなかったという後遺症は、聡美やあおいが思うよりずっと深いようだ。

「聡美先輩は出版する気がなかったのに出版できて、タケシは本を出す気マンマンだったのに出せなかった…。これはどういうことかしら…?」
あおいは、素朴な疑問を投げかけた。

原稿を持ち込んだ出版社の違いっていうのが、大きいと思う。この前(連載 第3回「日本でブログが世界一書かれる理由』)も話したけど、自費出版って自己投資の最新型として、ブームになってきているのよ。自費出版から大ヒットした『B型自分の説明書』のブームも手伝って、表現の手段として好意的に認知されてきているようね。ただ、それに合わせて、自費出版を請け負う会社も多くなってきている気がする。それこそ、超有名な大手出版社から、出版社じゃない会社まで…」
聡美の冷静な見方に、2人とも真剣に耳を傾けている。
「本を作るだけならそんなに難しいことじゃない、とは先日、話した通りね。だから、多かれ少なかれ印刷会社は自費出版をサービスとして掲げているし、ちょっとした知識さえあれば、そういった会社に印刷や製本を外注すればいい、ってことで、出版業以外の参入も簡単なわけね。一口に“自費出版”といっても、玉石混合なのが、出版への門を狭くしているんだと思うわ…」

タケシが大きく相槌を打つ。
「まさに僕が自費出版を断念した理由もそうなんだ。
 “編集”というポジションの担当者がつかなかったから、自分ひとりぼっちで作っているような孤独感が痛かったなぁ…。それに、元々、提示している部数が本当に刷られているか、とか、書店に一切並ばないで結局世の中に知られずに消えていくんじゃないか、といった不安が重くのしかかってきてね…。極めつけは、莫大な費用の割に、その会社の経営が危ういなんていう噂を知っちゃって…」

あおいも自分のことのように重苦しい表情を浮かべる。
「確かに、本を出すって凄い勇気のいる決断だと思うけど、その分、知らない世界だから不安だらけですよね。そんな状況だったら、私も心が折れちゃうと思う…」

「その点、私は、良い編集担当の方に恵まれたんだと思うわ」
聡美は、遠い目をした。
「タケシが感じた懸念とまったく同じものを、思い切って私は編集担当者に打ち明けたわ。
 そうしたら、これでもかっていうぐらい丁寧に説明してくれて、一つひとつ解決してくれたのね。そのプロセスのおかげで精神的重圧から解放されて、それからは、執筆のスピードもグングン上がったもの(笑)。
 私はたぶん独りでは走れなかった。編集者という「伴走者」の存在がいなかったら、ここまで来れていなかったんだと思うな」

【コラム】『B型自分の説明書』の編集者に聞く

5話_B型自分の説明書コラムシリーズ累計500万部(2008年10月28日現在)を突破した2008年最大級のベストセラー『B型自分の説明書』の編集者 壁谷 氏に、著者Jamais Jamaisさんとの“伴走”そのものである編集作業について聞きました。

この作品に出会ったときの第一印象は?
タイトルに惹かれて原稿に目を通したのですが、非常にユニークな切り口に驚きました。ある種の「B型体験」といいますか、B型ゆえに誤解を受けたのだろうと思われる感情の動きや、あまのじゃくな思考回路が短い文章に凝縮されていて、それがおかしくて、切なくて、愛おしくなりました。結果的に私が担当したのですが、いずれにせよ担当編集者は、この原稿を実感として理解できるB型のスタッフがいいだろうと直感的に思いました。

編集者として最も苦労した点は?
カバーデザインについて著者と意見が食い違ったことでしょうか。「シンプルに」というのはいいのですが、「白地に黒い文字で小さなタイトルを」という希望に異を唱えました。B型のアクの強さというか、変わり者のイメージが表現できない気がしたからです。そこでシンプルにという意向を踏まえつつ、「カバーは黒地に白文字。帯には余計な文章は入れず、人のイラストに注釈をつける」という提案をしたところ、了承していただきました。

自費出版における“編集”とは、一言で言うと?
「著者希望」と「読者の目」の双方に配慮した本作りをすることだと思います。著者に一定の費用を負担していただくわけですから、その要望をできるだけ尊重することが前提となります。そのうえで、いかに市場価値を高める提案ができるかが腕の見せどころでしょうね。また、出版は初めてという方が多いので、他者の権利(著作権、プライバシー権など)を侵害していないかというチェックも、仕事の割合として大きいかもしれません。

『B型自分の説明書』公式サイト(文芸社)