静岡工区の着工にもめどがつき始めたリニア中央新幹線の総工費はどうなっているのか。ジャーナリストの小林一哉さんは「JR東海は当初5.5兆円としていたが、結局11兆円にまで膨れ上がった。この超巨大プロジェクトを可能にしたのは、国からの『異次元の3兆円融資』だった」という――。
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■総工費が5.5兆円→11兆円に膨れ上がったリニア

「『2037年』の約束を完全に反故にするとは呆れる。異次元とも言える超長期・超低金利の3兆円を借りたのは何のためだったのか?」

そんな岸田文雄元首相をはじめ政府関係者らの嘆きの声が聞こえてきそうだ。

リニア中央新幹線について、鉄道ファンで知られる石破茂前首相は一部メディアで3兆円の財政投融資に疑問を投げ掛けていた。それだけに、怒りの気持ちのほうが強いかもしれない――。

JR東海は10月29日、リニア中央新幹線の品川―名古屋間の総工費が当初の5.5兆円の2倍となる11兆円となる見通しを発表した。その中で、開業時期の見通しは立たないが、毎年の営業キャッシュフローに加え、約2.4兆円の資金調達を行えば、「健全経営と安定配当」を堅持できることを明らかにした。

JR東海は2021年に物価高騰、難工事への対応などで5.5兆円から7兆円へと修正している。ここからさらに約4兆円も工事費が膨らむことを認めて、新たな借り入れとなる約2.4兆円の数字を算出するために、仮置きと断ってはいるが、JR東海は「2035年」という開業時期を示した。

これまで「2027年以降」としていた開業時期について、JR東海が具体的な数字の開業年を出したのは初めてである。

つまり、「2035年」とは、品川―名古屋間のリニア部分開業がその頃になるのだというJR東海の現在の認識をはっきりと示した数字である。

■2037年開業を望んだ政府による「3兆円融資」

未着工の南アルプストンネル静岡工区の工事が着手後10年以上掛かると見込んでいるから、開業は「2035年以降」になるのは確実だろう。だから、JR東海も「2035年」と仮置きしたのである。

提供=JR東海
遅れるリニア新幹線の開業 - 提供=JR東海

ただ仮置きとしながらも「2035年」という品川―名古屋間の部分開業年をJR東海が示したことで、これまでの政府見解を公式に否定することになった。

政府はことし10月の高市早苗政権が誕生するまで、「2037年」を目標とする品川―大阪間の全線開業を堅持するよう求めていたのだ。

部分開業さえ「2035年」頃としているのに、「2037年」の全線開業などどう考えてもムリな要求だった。しかし、政府にはそうせざるを得ない大きな事情があった。それが冒頭で紹介した超長期・超低金利の「3兆円」の財政投融資である。

■2024年時点でも「37年全線開業」を求めていた

政府による投融資がいかに特別なものだったかを説明する前に、岸田元首相がどれほど「2037年」の全線開業にこだわっていたのかを紹介する。

昨年6月7日に都内で開かれたリニア沿線都府県知事らによる建設促進期成同盟会総会で、当時の岸田首相による「2037年」品川―大阪間の全線開業を堅持する方針が紹介された。

筆者撮影
2024年に開かれたリニア建設促進期成同盟会総会 - 筆者撮影

そのあと、期成同盟会の大村秀章・愛知県知事はじめ沿線知事らが官邸の岸田首相を訪問した際、岸田首相は「2037年」を目標とする品川―大阪間の全線開業の実現を堅持するようJR東海に求める考えを示した。

岸田首相は3兆円もの財政投融資による国の支援を踏まえて、「2037年全線開業の想定時期のもとリニアの整備が進むようにやっていく」などと話していた。

■JR東海は「37年全線開業」に難色

翌日の朝刊は、「首相、リニア37年開業堅持 同盟会に伝達 JRを指導、支援」という大見出しの静岡新聞1面トップ記事をはじめ、「リニア『37年開業』堅持 品川―大阪 首相、沿線首長に表明」(日経新聞)などと各紙とも大きく伝えた。

その直後に政府がまとめた「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)には「2037年」の目標を堅持する趣旨などを明記している。

「名古屋以西について、駅の整備に関する検討の深度化など整備効果が最大限発揮されるよう、沿線自治体と連携して駅周辺を含めたまちづくりを進める」などとあった。

さらに、岸田首相は同年8月、まだ決まってもいない三重県亀山市のリニア新駅の候補地を視察した際、名古屋以西の工事について「着実に整備を進めてもらいたい」などと述べて、JR東海の約束である「2037年」全線開業を念頭に、早期開業を支援する考えを示していた。

これらの動きに対して、丹羽俊介社長はこれまでの会見で、「民間企業として経営の自由と投資の自主性を踏まえ、リニア計画を進めている。まずは名古屋までの工事に全力を尽くしたい」などと述べて、政府の「2037年全線開業」には、首を大きく横に振っていた。

■なぜ「全線開業」が2037年になったのか

そもそも「2037年全線開業」はどこから出てきたのか?

JR東海は2010年5月10日に「超電導リニアによる中央新幹線の実現について」とする発表を行った。

そこで、自己負担でプロジェクトを完遂するとして、「民間企業として、経営の自由、投資の自主性の確保の原則の貫徹が大原則であり、国に資金援助は求めない」と宣言した。

営業収入の約90%を東海道新幹線から得ているJR東海にとって、中央新幹線の建設・経営は悲願とも言えた。中央新幹線の経営に関与したいと考えていた旧運輸省やJR東日本、JR西日本を出し抜くための方策としてリニアの技術開発に着手し、「リニア中央新幹線」の建設を自己負担で行うことを決めたのだ。

こうした事情から、国は2011年5月にJR東海を建設・経営主体に指名した。

開業時期は品川―名古屋間を2027年とした。

当時の試算によると、品川―名古屋間の工事費は約5.5兆円で、そのうち、2.5兆円は自己資金を充当、残りの3兆円は金利3%で市場から調達するとして、2027年に名古屋まで開業した時点で累積債務は約5兆円になると見込んでいた。

健全経営を維持しながらリニア工事を進めるためには、品川―名古屋間の開業後はいったん工事を中断し、経営体力を回復した後に速やかに大阪までの開業に取り組む方針だった。名古屋まで開業してから8年後に工事を再開、その後10年掛けて2045年に大阪までの全線が開業する予定だった。

この計画に沿って、2014年12月に品川駅、名古屋駅の工事に着手した。

■「8年前倒し」を可能にした3兆円融資

その計画が大きく変わったのは2016年8月である。

当時の安倍晋三首相は「新たな貸付制度でリニア計画を前倒しする」と発表、経済活性化の一環としてJR東海に3兆円融資を指示した。

3兆円の貸付を発表した安倍首相〔写真=2013年4月、デンプシー米国統合参謀本部議長と会談をする安倍晋三首相(Fæ/PD US Military/Wikimedia Commons)〕

この3兆円で、8年間の債務削減期間を待たずに名古屋開業後にすぐに工事が進められることになり、大阪までの全線開業は8年前倒しされた。このときから「2037年」のリニア全線開業が決まったのである。

この新たな貸付制度はJR東海のリニア計画に限るものであり、これまでにない優遇金利を適用するなどあまりにも破格の内容だった。無担保で、30年間は3兆円の元本は返済を猶予され、しかも金利は平均約0.8%を適用した。弁済期限は55年から56年後となり、まさしく超長期・超低金利の融資だった。

■民間金融機関には到底不可能な「異次元融資」

独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構を通じて、安倍首相の発表直後の11月に第1回分の5000億円を皮切りに、初年度1.5兆円、翌年度1.5兆円ずつ合計3兆円の融資が行われた。

元本返済が始まる30年後の世界、その時代の貨幣価値がどうなっているのかは誰もわからない。現在のような物価高騰が続けば、貨幣価値は大きく下がり、JR東海の負担は非常に軽くなるだろう。

つまり、関係者が誰もいなくなってしまう30年後に元本返済が始まる融資など民間の金融機関では絶対にムリであり、「国に資金援助は求めない」としたJR東海の大原則はたった6年で破られたと言っていい。

この融資を主導した安倍首相と、当時代表権のあるJR東海名誉会長だった葛西敬之氏は昵懇の関係にあり、2人の密室での談合で決まったのではないかと見る向きが多かった。葛西氏は一部メディアのインタビューで「国から借りただけであり、金利を払って返すのだから、国から財政支援を受けたわけではない」などと話していた。

■国からの支援がなければ「工事の中断」もやむを得なかった

3兆円の政府融資などなかった2010年5月の段階では、JR東海は長期債務残高を「5兆円以内」とすることが適切かつ必要と考えていた。

現在の長期債務残高は約4兆8000億円であり、今回の発表で「2035年」開業と仮置きした場合、2031年に5兆円、2036年には7.1兆円になる計算だという。

この7.1兆円に政府融資の3兆円が含まれていなかったならば、いくら売上高が伸びているJR東海であっても、突出した借り入れとなり、健全経営を堅持することはできないのではないか。

何よりも「2035年」は仮置きであり、実際はさらに遅れることは確実である。遅れれば遅れるほど利息は膨らみ、借入額も増えるだろう。

となれば、超長期・超低金利の3兆円の融資がなかったならば、リニア工事を一時、中断しなければならなかった可能性が高い。

■「国家プロジェクト」への高市首相の動きやいかに

それだけの優遇策を受けているのだから、「2037年」全線開業を堅持すべきと岸田氏は考えたのだろう。地方創生を看板に掲げ、地方鉄道に造詣の深い石破氏は大都市圏を結ぶリニアには疑問を呈していて、3兆円の財政投融資についても疑念を抱いていた。

結局、3兆円がリニア全線開業の8年前倒しではなく、JR東海の「健全経営と安定配当」に資しただけだから、それを約束違反だと怒り出す人がいてもおかしくない。

筆者撮影
未着工の南アルプスリニアトンネル静岡工区工事現場 - 筆者撮影

3兆円の政府融資によって、リニア事業は自己負担の民間プロジェクトから“国家プロジェクト”に昇格した。政府は何としてもリニアの早期開業をさせなくてはならなくなった。

高市首相のお膝元はリニア新駅が建設される奈良だ〔写真=国会で所信表明演説を行う高市内閣総理大臣(首相官邸ホームページ/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)〕

リニア新駅が建設される奈良県出身で、早期開業を求める自民党議員連盟で幹部を務める高市早苗首相はこれまでのところ、リニアに対して具体的な方針を示していない。何よりも安倍氏の真の後継者を自認しているから、リニアの早期開業に向けて積極的な支援策を講じるかもしれない。

ただ高市首相でさえ、安倍氏のような異次元の財政支援策を再び、行うことはできないだろう。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)