日給9000円、高齢者が多い「警備業の実態」…生き残る企業と廃業する企業の「決定的な差」
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?
なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に……
話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。
(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
労働集約産業の警備業界
建設工事の現場は危険が多く、作業員や周辺住民の安全管理のためには警備員による交通誘導が欠かせない。地方都市のある警備会社は、建設会社などの発注を受けてあらゆる現場の警備業務を請け負っている。
同社の警備業務は施設などを対象に常駐・巡回を行う施設警備業務、道路工事の現場などにおいて通行者の安全確保と車両誘導を行う交通誘導業務、そのほか雑踏警備業務、列車見張業務などで構成される。
この業界は高齢就業者が非常に多い業界である。同社は30人の従業員のうち55歳から70歳の従業員が4割強を占める。もともと高齢者が多い業界であったが、近年では同業他社も高齢の従業員が多くなっており、若い従業員は一昔前と比べて大きく減った。同社でも人員の確保・定着が経営上の最重要課題となっているなか、担当者の声を紹介したい。
「求人をかけていますが、いまでは若い人が応募してくることはほとんどありません。この十数年間は新卒の求人はかけても採れないので募集をかけること自体をやめています。
過去、私たちの業界も新卒で人材が採用できていた時期がありました。リーマンショック後の他社の求人が急減していた頃に、多くの若い方が警備業界に入ってきた時期があります。弊社でも当時10人くらい面接して5人採用しました。ただ、残念ながら彼らは給与水準の低さなどを理由にほとんどやめてしまいました。他社でもそのときに採った人材はほぼ全滅していると伝え聞いています」
建設業界では建設会社などから仕事を請け負うため、警備業務の対価は発注者である企業から支払われる。しかし、建設会社としても自社の利益確保のため、警備料金は労務単価を目安に厳しく抑制されている。警備員の報酬は業界の慣習として日給で支払われる。そして、警備員の日給水準は過去から現在に至るまで激しく変動してきた。
「この業界は人を集めないと仕事が始まりませんから、どうしても労働集約的にならざるを得ません。従業員の日給水準は時代に応じて大きく変動しています。現在の水準は9000円くらいです。ただ、今は従業員には社会保険にしっかりと加入させていますし、有休も整備して、賞与も支払っています。今はこうしたもろもろの福利厚生など賃金として見えない部分で企業が負担している額が相当あります。
2000年頃を振り返ると、当時はこのエリアですと日給が8000円くらいからというのが相場でした。ただ当時は、社会保険に加入できない人もたくさんいましたので、実質的な報酬水準は現在よりも全然低かったです。そもそも建設会社から支払われる報酬の額も低かったので、社会保険に加入させることが難しいのです。
ただ、当時は待遇が悪くても警備業界に入ってくる人材は十分にいました。仕事を求める人が世の中にたくさんいたからです。リーマンショック後には先述のとおり警備業界に多くの人材が流入してきました。当時、従業員の日給は一番低いときで5800円くらいにまで下がったと記憶しています」
豊富な人手が、過当競争とサービス価格低下を引き起こした
従業員の報酬水準は労働市場の需給に応じて変動する。需給が緩めば給与水準は下がり、逆にタイト化すれば給与水準は上がる。そういう意味で言えば、労働供給のプールが潤沢にあった2000年代は労働市場の需給が緩み、賃金が抑圧されていた時代にあったと位置付けることができる。
潤沢な労働供給が与える影響は、労働市場の内部のみにとどまらない。労働市場の需給変化があらゆる業界の競争環境を変動させ、財・サービス市場にも影響を与えていたとみられるのである。
担当者から提供いただいた資料をみると、この地方エリアの警備料金は2000年頃には1万5000円くらいであったが、リーマンショック後には8000円ほどまで低下し、そこから人手不足によって大きく回復し、足元では2万3000円くらいに上がっている。
警備料金と警備員の日給水準は連動する。そして、その因果は一方通行ではない。警備料金が安いから警備員の日給を十分に払えない事情があるのと同時に、安い日給で働く人がいくらでもいるから、それに伴って警備料金が下がるのである。
「現在、このエリアで警備業を営んでいる会社は13社ほどあります。そのうち2社は大手企業の営業所になります。そのほかは私たちみたいに小規模で事業を営んでいる会社です。弊社でも大きいほうですね。過去にはもっとたくさんの会社がありました。
2000年代には、警備会社に勤めている方が独立し、安さを売りに新規参入する会社が後を断ちませんでしたから。それもやはり人材が容易に確保できたからでしょう。この業界の仕事は極端に言えば人さえいれば成り立つ商売なのです。
それで何が起こったかというと、警備業を営むプレイヤーの数が増えて競争が激しくなるわけです。新しくできた会社は、うちではもっと安い料金でできますと建設会社に営業します。
こうした企業と戦うためには、既存の企業も安い料金で請け負わざるを得ません。豊富な人手が過当競争を引き起こし、建設会社からも厳しい価格交渉に遭います。結果的には、ダンピングとも言えるような事態が横行しました。それが受注単価の低下につながり、ひいては従業員の日給のさらなる低下にもつながったわけです」
過去、建設業界からの激しいダンピングに遭うなかで、警備業界は安い労働力を大量に活用し薄利多売で利益を上げることを選択してきた。ただ、担当者の話を聞けば、それが企業の自律的な意思であったというよりも、市場メカニズムが企業にそのような行動を強いたというほうが正確に思える。
しかし、ここ10年ほどで警備業界が直面する市場環境は大きく変わってきている。近年では人がどんどんいなくなるなか、過去と同じような賃金水準で人手を集めることは不可能になってきているからである。
「警備業界も今まで以上に高い給与水準や福利厚生がないと他業界に従業員が流れていきます。いまは募集をかけても、安い報酬では見向きもされません。逆に言えば、やっと警備員の方に仕事に見合うだけの報酬を支払うことができる業界になりつつあるのだとも言えます。
業界の市場構造も変わってきています。過去、安い警備料金でこのエリアを席巻してきたある会社は、全盛期に80名くらいの従業員を有していましたが、その後従業員が急速に減少して廃業しました。そのほかに従業員数が大幅に減っている会社も含めると、そういう会社がこのエリアでも4社ほどあります。これからは従業員にきちんとした待遇を用意できる企業だけが生き残っていく時代になるはずです。
地方公共団体など発注元の意識も変わってきています。限りある人材を有効に活用するためには、公共工事の平準化や工期の柔軟化など繁閑の波を抑える仕組みが必要不可欠です。私たち業界としても建設業界などと連携して、国や地方自治体に労働者が働きやすい環境を整えるよう、働きかけを強めていきたいと思っています」